疑心暗鬼
焦燥感が部屋に充満している。
時計も窓もない部屋では、どれだけの時間が過ぎたのかも、よく分からない。
それが更に、私達の不安を煽り立てていた。
「ねぇ。時間、どれ位経ったと思う?」
「さぁ…そんなに経ってないと思いたいな」
「考え事の片手間で数えてたんだけど、5400秒経ったよ」
「…1時間半も数えてたのか。暇かよ」
「暇だよ」
「だよなー……」
私達は、大きく溜め息を吐く。
1時間半もあれば、ゆっくり歩いても6kmかそこらは進めるじゃないか。
異常に時間を無駄にしている気がするし、この時間の空費に終わりが見えないというのも、また辛い。
「ところでさ、その『考え事』っていうのは、何なんだ?」
「あぁ。何で私達って、此処に連れて来られたんだろう、って思って」
「それか。私も疑問には思うけど…たまは何でだと思ったの?」
「……………………。」
私が問いかけると、たまは一瞬、何かを考え込むように沈黙する。
それから、不意に、真に迫った声でこう叫んだ。
「ァ、グゥ、ァあ……」
「ヴ、ぅヴァアぁグァアァ!!」
まあ、要するに、ゾンビの様子を真似た訳だ。
私は、何故、彼女が急にそんな真似をしたのかが分からず、きょとんとする。
「ガ、ァ、ヴぁ……」
「…え?」
それから、たまは、よろめきつつ私に掴みかかってくる。
彼女の結んだ黒髪は振り乱され、此方に向けられた目は血走っている。
私の肩を掴んだ手は冷たく、恐ろしい程に力強い。
そのまま、呆然とする私の首筋に、彼女は口を開けて噛みつこうと──
「──誰も見てないのかな。不用心だね」
──したかのように思われた。まあ、結局、そうはならなかった訳だけれど。
たまは私の耳元でこう囁くと、暫くじっとしてから、そっと私の側を離れた。
「狂言…」
「そうだよ。驚かせちゃったならごめんね」
たまはそう言って、小さく笑った。
私も、少し腰が抜けてしまったが、たまに釣られてはは、と笑う。
「…見られてたら、どうするつもりだったんだよ」
「どうするつもりだったんだろうね」
たまは、困ったように微笑む。
…はぐらかされたな。
「何にせよ、なるべくさきに害が及ばないようにはするつもりだったけど…」
「別に、私達を殺す事自体が目的じゃないみたいだしね」
だからって、あんな事したら、流石に殺されてもおかしくないだろう。
つーか、私に害が及ばないように、って何だよ。
「バカ」
「ごめんって」
「…謝る気ないだろ」
「バレちゃった?」
たまはそこで、心底愉快そうに笑った。
「というか、何でそんな事したんだ?」
「それは…向こうが見てるかどうか、いや、仮に見ていたとしても、どれ位の熱意で私達を警戒しているのか測るため、かな」
「そうか」
まあ、たまの狂言に反応しなかったからといって、此方を監視していないとも限らないからな。
そればかりはしょうがない。私達には、100%の確証は得られないだろう。
「…確認にも来ないね」
「そうだな。やっぱり、警戒されてないのか」
「茶番だって、バレバレだったのかな〜」
たまは、茶化すようにあはは、と笑う。
「いや、でも正直な話、本当に見てなかった可能性もあると思うぞ」
しかし、私がそう言った途端、たまは急に真面目な表情になる。
そして、私の直ぐ隣に移動して座る。
「どうして?」
彼女は、私の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
私は答える。
「私らを此処に連れて来る途中、何か、軍人同士で揉めてたみたいだしな」
「それに、荷物は没収されたけど、し …?」
「身体検査は、誰もしなかったしな」。
そう言いかけたところで、たまが、私の服の裾を強く引っ張ってくる。次いで、彼女の指先が私の手の甲に触れた。
一瞬、何事かと思ったが、どうやら伝えたい事があるようだ。
私は黙って、手の甲に神経を集中する。
『やめよう』
彼女の指先は、私にそう伝えてきた。
…ああ、「身体検査」という言葉を避けたかったんだな。
それはそうか。たまがゾンビウイルスに感染しているという事実は、私達の中で最大の秘密なのだから。
まあ、見られていない可能性もあるが、万が一、誰かにこの言葉を聞きつけられて、本当に身体検査でもされたら堪らない。
ちょっと軽率だったな。
謝ろうかとも思ったが、今の話の流れで、急に「ごめん」などと言うのも不自然だ。
私は、強引に話を続ける。
「…無秩序とまでは言わないにしろ、余り統率が取れていないんじゃないか?」
「そうだったんだ。私、そういうの見てなかったよ」
たまは、私の軌道修正に満足したのか、僅かに口の端を上げた。
「揉めてたって事は、私達の事も、ちゃんとした基準なしに連れてきたのかな?」
そしてそのまま、たまも軌道修正を続ける。
「さあ。どうだろうな。基準はあったんじゃないか?」
「へぇ。じゃあさきは、その基準って何だと思う?」
私は、また余計な事を口走りやしないかと一瞬躊躇い、それから、小声で答えた。
「クチナシシティに居る事」
「成る程。どうしてそう思ったの?」
「クチナシシティって、全然ゾンビ居なかっただろ」
「だから、彼処に居たのは実は人間だけで、此処の人達は、それを捕まえてるんじゃないかって思ったんだ」
「何で人間を捕まえてるのか、っていったら、それは分からないんだけどさ」
「確かに…居るだけでアウトになる理由って、分かんないよねー」
「実は、立ち入り禁止区画だったとかか?」
私も、さっきのたまのように、茶化して笑う。
「ふふ、そうかもね」
「たまはどう思ってるんだ?」
「それがね、考えても全然分からなくって」
「捕まってから、さきみたいに周りを見ていた訳でもないしね」
「あー確かに、たまは、何か考え込んでたりすると、余り周りを見ないよな」
「そうなんだよね」
それから私達は、この部屋で、余り深くものを考えていない振りをした。
これが果たして意味のある事なのかは、まだ分からないが。
そうして、取り留めのない話と共に、私達の時間はゆっくりと過ぎていった。
これ書いてて、多分、たまもさきも結構頭いいよな、と思いました。
…頭良く見えていれば幸いです。




