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A国から逃げ隊  作者: 瓜
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ゾンビの目的と、その謎

情景描写と心情描写のバランスって、難しいですね。

「そろそろ日が沈むね」

「そうだな。まあ、何とか着きそうで良かったよ」


 地図と実際の道とを交互に見ながら、私はさきと言葉を交わす。

 その間にも、思い出したように私達の前に現れる死人を斃す事は忘れない。


 あの後、裏路地の煤けた室外機の上で昼食と休憩を取った私達は、再び都市郊外に向けて歩き出していた。


「なるべく細い道を通っていこう」


 これが、今日以降の私達のスローガンだ。


 そろそろ、本格的に主要道路が合流する地点へと近づいていく。その付近には、やはり多くのゾンビ達がいる事だろう。

 彼ら全てを殺し直すなんて、現実問題不可能である。何せ、今から私達が向かおうとしているのは、人口80万の大都市なのだから。

 ならば、可能な限り避けて通るしかない。


 そのために私達は、交番から拝借した地図帳と睨めっこをし、慎重に道を選んでいった。


 本当なら、大都市なんて通りたくないのだ。

 しかし、此処を通らなければ天原港には辿り着けない。だから、止むを得ず通過するのである。

 だが、それでも無用なリスクを取る必要はない。


「そこ。二本行った道を右ね」


 こんな所で死なせて堪るか。

 私は、改めて地図帳のページの端を握り締める。


「あのさ、たま」

「私達って道を変えて行く位しかやってないけどさ、これだけで本当に効果あるのか?」


 不意に、さきが不安気な顔で尋ねてくる。

 まあ、彼女の不安も尤もなものだろう。ゾンビ達に高度な「嗅覚」が備わっていたとしたら、人間であるさきには堪ったものじゃない。


「うーん…」


 私は少しの間黙りこくり、自分が完全に「ゾンビ」だった時の事を思い出してみる。


 どんな風だったか。

 …頭が熱に浮かされたようにぼーっとして、視界全部が歪んだモノクロ映像で、そして何より、自分自身の意思や目的というものがなかったように思う。

 私達が浮かれ出るのは、そこに地面があるからで、別に、何処かに行こうというのでもなく、何かをしようとしている訳でもないのだ。

 それに、生者を見つける能力も、然程高くはなかった。


「まあ…認識されなければ、大丈夫だと思うよ」

「具体的には、視界に入らなければ、多分大丈夫」


 そう言って、私はさきに微笑みかける。


「そうなのか?」

「うん」


「うーん…」


 さきは、少し訝る。


「あのね、ゾンビには、自我がないんだと思う」

「ただ、虚脱感と共に彷徨っているだけで、彼らは『何々をしよう』とか、そういう事は考えてない…ううん、考えられないんだよ」


「じゃあ、何で人間を襲うんだ?」


 さきは首を傾げる。

 彼女は、ゾンビに意思がないのなら「人間を襲おう」という気持ちにもならない筈だ、と言いたいのだろう。


「…何でだろう?ごめん、私にも分からないや」

「そっか…」


 しかし、残念ながら、私自身もこの問いに対する答えを知らない。

 今何を考えても、憶測にしかならないだろう。


 私がゾンビウイルスによって自我を持っていかれかけた時、そして、校舎を彷徨い歩いて、さきの籠っている教室を認識した時──私を突き動かした情動は「食べよう」でも「殺そう」でもなく、「助けなければ」だった。

 その点で、どうやら私は、他のゾンビ達とは決定的に何かが違うらしい。まあ、何が違うのか、と問われれば、それは答えに窮してしまうのだが。

 兎角そういう訳で、私は、ゾンビが人間を襲う目的が分からないのだ。


 多少申し訳ない気持ちになりつつ、私は友人に先立って、細い私道を右折した。


 *

 たまにも、ゾンビが人を襲う目的は分からないらしい。

 目的が分かれば少しは対処の仕様があるかも知れないと思ったが、分からないなら仕方ない。


 私は、きょろきょろと辺りを見回す。

 個人商店や何に使っているのか分からない建物が、雑然と立ち並んでいる。

 擦り切れた白線とアスファルトの境を、光の粒が転がっていく。何気なく動かした視線の先に、吐き捨てられたガムの溜まりが見える。きったねぇな。

 落暉が、私達の足下に長い影を作る。眩しくて、電柱に貼られたポスターだとか、互いの顔はよく見えない。所謂逢魔が時という奴だ。


「はぁ、喉が渇くな」

「水分はちゃんと摂った方がいいよ。熱中症になったりしたら、そっちの方が大変だもん」

「ああ。そうするよ」


 私は歩きながら、中途半端に中味が残ったペットボトルの蓋を捻る。荷物が多いので、少しやり辛い。

 それから、大口を開けて残りを流し込むと、私は空になったペットボトルを投げ捨てた。

 …幾らゴミを減らしていきたい状況とはいえ、やはり少々罪悪感はある。私は、自分が捨てたペットボトルをちらりと振り返る。ペットボトルの後ろに、濃く薄く影が広がっている。


「綺麗だなぁ」


 ぼんやりとそんな事を呟きつつ、私はたまの後ろに付いて、道路を右折しようとする。


 と、その時、何者かに足首を掴まれた。

 急に戦場に放り込まれたような心地がして、私は咄嗟に自分の足元を見る。


「ぁ、あ、あぁ……」


 そこに居たのは、一人のアンデッドだった。


「マジか」


 思わず阿呆みたいな声が出てしまった。

 状況を把握した私は、努めて冷静に掴まれた足を振って、彼の拘束を振り解こうとする。


「ま、ま、まっ……」


 ゾンビの上半身が、私の足の動きに合わせてガタガタと揺れる。

 …中々振り解けないな。まだ、彼の筋肉は腐敗が進んでいないのだろう。厄介だ。


「あー…すみません」


 私は持っていたビニール袋を素早く地面に置くと、デッキブラシを握り直す。

 あまり良い気持ちはしないが、もうこうなったら仕方ない。噛まれるよりはマシだ。

 彼がノロノロとしている内に、殺してしまおう。


 ブラシを振り上げ、ゾンビの手首の辺りに振り下ろす。

 ゴッ、と固い感触がして、彼は私から手を離す。


「あ…ぁあ、た……」


「すみません」


 私は、謝罪と共に、彼の後頭部を二、三発強打する。

 そういえば、以前何処かで、「人間を殺す時には、一人目が大変なんだ」といった話を聞いた事がある。本当らしい。それでも、全く罪悪感から自由になれる訳ではないみたいだが。


「ぁ…す……」

「……………………。」


 彼は沈黙する。

 そのまま少しぼんやりしていると、角の向こうから、たまの声が聞こえてくる。


「? あれ、さきー?」

「あぁ悪い、今行くよ」


 彼女に返事をしつつ、私は駆け足で角を曲がる。


 私達が都市郊外のコンビニエンスストアに到着したのは、それから数刻後の事だった。

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