住宅街の二人
話が進まない…。
交番を後にして、私達は再び歩き出す。
拝借してきた地図を元に脇道へと逸れ、昨日までの住宅街に入る。
パンデミックの発生が正午頃(大概の人間は仕事か学校だ)というのもあって、然程ゾンビは多くないように見えた。
しかし時折、閉ざされたドアの向こうから、ドンドン、カリカリ、といった音が聞こえてくる。恐らく、ドアを叩く彼らには、鍵を開ける知能すら残っていないのだろう。
ペットか何かという可能性もあるが、それはそれで気の毒な話だ。きっともう、彼らの主人が戻って来る事はないのだから。行き着く先は餓死か、もしかしたらゾンビか?
「多分、ウイルスだと思うんだけどさ、原因って」
「うん」
「どうして一瞬でここまで広がったんだろうな…」
「…分かんない」
「分かんないよ…」
私が問いかけると、たまは額を押さえ、苦しげに答えた。
彼女はとても強い(私はここ一日でそれを知った)が、それでも全く平気という訳ではないようだ。自身の状況も勿論そうだし、家族の事だって心配だろう。
それなのに、まるでウイルスによってこの国が滅んでしまったかのように言うのは、少々無神経だったかも知れない。
「そう、だよな…」
「ごめん」
「別に、さきが謝る事じゃないよ」
「私の方こそごめんね。気、遣わせちゃったみたいで」
そう言って、たまは少し悲しそうに微笑む。
そうしてまた、二人連れ立って歩いていく。
「ねぇ、さき」
「何?」
「このペースで行くとさ、今日の夜くらいに都心の外れに着くと思うんだけど…」
たまは、少し言いづらそうに地図を指し、パラパラとページを捲って見せる。
「…ああ」
「ゾンビは多いだろうな」
「そうだよね…」
たまは小さく溜め息を吐く。
「…どうすればいいと思う?」
そして、私の顔を見上げてくる。
「どうすればいいと思う、って言われても…ちょっと漠然とし過ぎだな、どうすればいいんだ?」
「でも私、本当に選択肢すら思いつかないんだよ」
「そりゃそうだ。昨日の今日なんだから」
寧ろ、これで一から十まで行動指針が固まっていたら、そっちの方が驚きだ。
それよりも私は、彼女が此方を頼ってくれた事が嬉しかった。
「…一緒に考えよっか」
「うん」
まず考えるべきは、最悪の事態である。
「ゾンビがうじゃうじゃいて、都心の道路が通れそうになかったらどうする?」
「それなら、こっちの道から迂回出来そう」
「んー…これ、中心部から3kmぐらいか?なら多分いけるな」
「あとさ、今日泊まれそうな所ってあるのかな?」
「どうだろ…ちょっとまだ分かんない」
たまはページを捲りながら言う。
「ま、最悪コンビニとかでもいいか」
「そうだね、交代で見張りをすればそれでもいいかも」
「万が一の事があったらどうしよう?」
「そしたら相手を叩き起こして…さきはトイレにでも隠れててよ」
「それは…」
たま一人で何とかする、という事か?
「…大丈夫だよ。私は、攻撃さえしなければ、向こうに敵と認識される事もないみたいだし」
「さきの隠れ場所に向かってくる人だけ倒すから」
「…そっか」
*
ありがとう。
さきはそう言った。
「…えっと、どういたしまして?」
私は答えた。多分、かなり不自然な声になってしまっていたと思う。
…礼を言うのは、此方の方だ。
さきがいなければ、私の理性はとっくに失われていた。
それこそ、今こうして彼女と会話をする事さえ出来なかっただろう。
私は、曲がり角から現れた、両親と幼子のゾンビを殴り倒す。そして、ぽっかりと開いた彼らの口を、モップの柄で何度も突き、殺す。
なんて悲しい日なんだろう。
モップを振り下ろす、ゴッゴッという音を聞きながら、私は思った。
彼らと私自身は、何も違わない。
私達を隔てるものは、ただ、大切な人が生きているか、ゾンビになってしまったか、その違いでしかない。
彼らが動かなくなったのを見て、私はかぶりを振った。
守らなきゃ。私がさきを守らなきゃ。
私を人でいさせてくれるこの人を、絶対に守らなくては。
そして再び、私達は歩き始める。
「今日はさ」
「うん」
「行ける所まで行って、何処か適当な建物に泊まるって事でいいの?」
「そうだね」
「…行き当たりばったりかよ!」
「う、そうなる、ね」
「ま、しょうがないか。此処から都心まで、特に何もないしな」
さきは笑う。私も一緒に笑う。
「ねぇ、さき」
「…ありがとうね」
「ん」
「…どういたしまして?」




