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White Hero  作者: 夢見無終(ムッシュ)
10/15

第五話 最大の敵、最難の敵、最強の……ミカタ? ―B part―

 翌早朝――。偶然にも昨日の朝と同じような時間に、コンビニの中でしょう子と会った。

「あ…おはよう」

「…おう。どうしたんだ? 朝練は?」

「今日は九時半から。食パン切れてたから買いに来たの」

 と言って、四枚切りをひょいとレジカウンターに乗せる。牧原家の朝食は普段は米、ときどきパン。いつがパンかはしょう子の気分次第。

「アンタこそどうしたの、その量」

 会計を済ませたしょう子のレジ袋の倍、それが二袋。全て食べ物だ。

「俺に言われてもな……頼まれものだし」

「ふうん…?」

 一緒にコンビニを出て、なんとなく並んで歩きだす。ほんの五分の距離だが、方向も同じだし、一緒に帰る。

「……何かあるんじゃないの?」

「は? 何が?」

「さっきからチラチラ見てるから」

「それは………あのな、一応なんだが」

 一度咳払いしたあと、真っ直ぐ前を―――しょう子のほうを見ずに、切り出した。

「いくら暑いっていっても、もう一枚羽織ってきたほうがいいんじゃないか?」

「…えぇ?」

 しょう子が素っ頓狂な声で返事する。あーしまった、言うべきじゃなかったか。しかし……

「何をお祖父ちゃんみたいなこと言ってんのよ。ちょっとそこまで出るだけだし、今時おかしな格好でもないでしょ」

「いや、でもな、その…」

「何なの? はっきり言えば!?」

 しょう子が前に回り込んで、上目遣いに覗きこんでくる。その効果は絶大だった。

 俺だってキャミソールくらいで口を挿むなんて時代錯誤なことはしない。だがしょう子は別だ。ナチュラルにエロい……いや、決して俺が意識してるからとかじゃなくて。しかもこのキャミ、デザインなのか生地なのか、やたら胸の生々しい丸みを強調して……いや、まさかこれは……!?

 …クソ。体育会系武道派のくせに、どうしてこんなに育ってんのこのコは!

「ちゃんとこっち見て話しなさいよ!」

 段々しょう子が不機嫌になる。こうなると白状しないかぎりパンチが飛んでくる。朝っぱらには御免被りたい展開だ。

「チッ……じゃあ言うけどな! お前っ………それ、ノーブラじゃねぇの…?」

 ああクソ! どうして俺が恥ずかしくなってボソボソ言わにゃならんのだ!

 しょう子は俺の言わんとしたことに気付いたらしい。一旦は身を引こうとしたのだが、

「さ…触る?」

「なっ……」

 何を言い出すんだコイツ!?

 ヤバい、言葉が出ない。俺はボリュームのある胸をまじまじと見つめ……

「…本気にしてんじゃない、バカ!」

「ぐぇっ!?」

 呆けていた俺のボディに一発食らわせてくる。油断していた上に、空きっ腹にはダメージが大きい…!

「こういうのはちゃんとカップが入ってんの!」

「あ……見たままの大きさじゃないんだ」

「何!?」

「いえ…」

「まったく、甘い声出されたらその気になって……この色欲野獣!」

 プライドに障る単語が飛び出してきた。

「…ちょっと待てよ。言い過ぎだぞ。お前が勝手に変なこと言いだして、一方的に殴ってきたんだろうが! その気になんてなってねぇよ!」

「二十美のときは手を出そうとしたくせに…!」

「出してないだろ、たぶん…! あれだって……え? お前、実は見てたの!?」

 絶妙のタイミングでドアを開けたと思ったら、覗いていたのか!? そして図星だったらしい、しょう子は口をパクパクさせた。

「ち、違うわよ! 別にっ…そんなつもり、私にはなかったし、アイツが…」

「何だよ!?」

「うるさい、変態―――!」

 と、脇の家からお爺さんが何事かと出てきた。俺らが幼稚園のころから「お爺さん」だったお爺さん、つまり十数年来の顔馴染みだ。うわあ……こんなご近所の往来で何やってるんだ俺たちは……。

 二人揃って真っ赤になりながら、愛想笑いしてそそくさとその場を去った。痴話ゲンカにしても情けない。

「ったく……お前が変なこと言うからだぞ」

「武人がやらしい目で見るからでしょ」

「幼馴染みとして注意してやってんだろ!? ……そういえば最近気になってたけど、五月さんが絡むとお前おかしくなるよな。どういう関係なんだ? 何かあったのか?」

「……別に」

「嘘つけ。声を聞けばわかる。何かあるんだろ?」

「武人こそどうなのよ? いつも悩んでるくせに、何一つ相談しようとしないじゃない」

「……悩んでなんかいない」

「嘘つき。何も聞かなくてもわかる」

「…………」

 勝手知ったる、か。幼馴染みとは、本当に厄介なものだな……。

「…部活、いつ終わる?」

「一時前くらいには……」

「榊神社に来てくれ。話がある」

「何の?」

「さあ…それはこれから決まる」

「?」

「そう首を傾げられてもなあ、バース」

『しょう子に話していないのは、今しばらく状況を整理する時間がほしいからだ。昼には必ず説明する』

 バースの仲介で、しょう子はいよいよ不思議そうな顔をした。




 しょう子が腑に落ちない顔をするのも当然だ。俺だってどうしようかと、昨晩からずっと唸っている。

 昨日、苦悩の淵に立っていた俺の前に突如現れたのは、バースの本国から現れた、たった一人の援軍だった。『未確認ヒーロー』を自力で倒してしまったせいで、バースが救援要請をしていたことをすっかり忘れてしまっていたから驚いた。

 さて。やってきた異邦人だが、未確認ヒーローとはまた違ったスキンだった。全体的にスリムなのに、所々に鋭角的なラインがあったりとか、肩アーマーが出っ張ってたりとか、基本白地で金色のラインが入っていたりとか、いわゆる最強形態・ファイナルフォーム的な―――捻くれた見方をすれば、金をかけてそうな感じだった。

 どうしてそんな良くない印象を持ったかといえば、出会ったときのやり取りがあんまりだったからだ。

 窓から入ってきたその援軍は、スキンを装着したままバースと交信を始めた。

『彼の名はミタモ=ソ=レ=ダナ。多次元哨戒部隊に所属、異文化探求システムの回収を担当している』

 バースが通訳する。

「じゃあ、今度こそ本当に助けに来てくれたのか!? 頼む、あのミサイル群をなんとかしてくれ!」

『現在の状況を伝える』

 ブレスレットのバースのコアが光り、『ミタモ』のジャケットのデュアルアイとサブアイが忙しなく点滅する。

 しばらくたった後、ミタモはおもむろに腰を下ろし、そのまま横になった。

「え……ん? バース?」

『事情は了解した、とりあえず疲れたので寝る……だそうだ』

「はあぁ!?」

 しょう子じゃないが、思わず蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。

「なんなんだよコイツ…!」

『君も昨日の今日だろう、休んで回復したまえ……とのことだ』

「…おい、それはお前が勝手にフォロー入れたんじゃないよな?」

「……断じて違う」

 妙な間があったぞ、間が。

 寝返りもできなさそうなカチカチ肩アーマーのスキンを着たまま、よくも器用に寝られるものだ。もうバカらしくなり、ある意味安心し、俺もフテ寝する。しかし、やはりぐっすりとはいかなかった……。

 そして朝だ。日が昇ったかどうかの時間に起こされた俺は、

『できるだけ多様な種類の食べ物を要求する……だそうだ』

 ブチ殺してやろうかと、その瞬間は本気で思った。だが「要求する」というからには交渉材料なのかもと無理やり己を納得させ、コンビニに出向いてパン・おにぎり・麺・サラダからデザートまで……アルコールは買えないが、代わりに生わさびを購入した。現地の人間はあらゆるものにわさびを付けるとホラふいて口にねじ込んでやろう、その上で領収証を叩きつけてやる―――そういきり立っていたところで、ラフ過ぎて目のやり場に困るしょう子に出会い、一気に毒気を抜かれたわけだ。



 で、現在……。玄関を上がってアイスをしまいに台所へ向かおうとした俺は、いよいよ混迷の事態に遭遇していた。

 ダイニングテーブルを囲むいつもの朝の風景……父さん、母さん、そして……

「ん、おかえり」

「誰だお前は―――!」

 長髪でやたらぴっちりした服を着た長身痩身の男。もう予想するのも無意味だが……

『ミタモ=ソ=レ=ダナだ』

「………!」

 どうしよう……どこからツッこんだらいいんだろう、この状況?

「お母さん、お茶をどうもありがとう。食事の準備や後片付けは自分らでできますので、お構いなく。さあ武人くん、部屋に行こうか」

「………」

 ニッコリ笑顔で押し切られ、二階へ上がっていく。もう理性は吹っ飛ぶ寸前だ。

 早速買ってきた食糧を物色し始めるミタモに、とりあえず率直な疑問をぶつけることにした。

「どうして言葉を喋れるんだ?」

「催眠学習装置だよ。眠っている時でも外部の情報を得られるようにね」

「え、マジで…?」

「ハハハ、驚いたかい? 君も学習して作りたまえ」

 …なんだこの野郎。

「……どうして俺の親と一緒にお茶飲んでたんだよ。自分のことをどう説明した?」

「何も。記憶を少し調整させてもらっただけだ。僕は今、君と旧知の仲の心優しいお兄さんだ」

 コイツ……いい加減プッツンするぞ。

「どうして食い物を買ってこいと――?」

 こめかみの震えをどうにか堪えつつ問うと、ミタモは一転、シリアスな顔になる。

「食糧が現地調達になることはままある。でも体質が違うから、現地の主食でアレルギーになることがあったりするんだよ。だから食べられるものと食べられないものは入念にチェックしておかないと」

「ああ、そういう……」

「でもこの地の食品は成分表示があるから、データを照合すればわかるんだけどね」

「金返せよ!」

 投げつけた領収証は力なくペラリと舞う。

「怒らないで。無駄ってわけじゃないよ。ほら、僕って味にうるさいから」

「―――バースっ! スキン装着!! コイツ全力で殴る!!」

『…落ち着けタケト』

「そうだよ。ほら、座って座って」

 俺は大きく肩を落として、文字通り膝を折った。大丈夫か? こんな奴で、あのミサイル群を……そうだ、ニュース!

 テレビを付ける。ミサイル群はというと、未だ停滞したままらしい。

「あのミサイルの群れがいつ動き出すのか不安なんだろう?」

 ミタモがおにぎりに齧り付きながらテレビ画面を指す。

「今のところは安心していいと思うね」

「…? その根拠は?」

「異文化探求システムは形を変えても、擬態した対象の原理原則・行動パターンを変えない。元になったミサイルの存在理由は何だい?」

「……敵を攻撃する兵器?」

『…そうか!』

 バースが閃きを声に上げる。

『敵とはつまり、人間の敵―――人間そのものか、人工物だ。しかし出てきた先の太平洋は周囲が一面海、攻撃対象がない!』

「そういうこと。そして当然この星のマップもないからどこに向かっていいのかもわからない。迷子で立ち尽くしている状態なのさ」

「…ウソだろ? そんな、それだけの理由?」

 確かに盲点だった。文明を滅ぼしたミサイルというイメージが先行しすぎていて、異文化探求システムが何たるかということを忘れていた。そしてこの男はおそらく、バースからデータをもらったその場で見抜いていたのだ。

「あらためまして、ミタモ=ソ=レ=ダナだ。ミタモでいいよ、この日本でも違和感ない響きだしね。よろしく」

 俺は差し出された飯粒のついた手を、素直に握り返していたのだった。




 榊神社で待ち合わせだが、部活上がりで腹を空かせているであろうしょう子に何のフォローもなしというわけにはいかない。一昨日にはお手製のおにぎりも貰ったわけだし。そういうことで途中ハンバーガーをテイクアウトしたのだが……なぜにミタモの分まで買わねばならんのか。

 本人は寿司に興味津々だったようだが、夏場に外で食べるわけだから生モノは避けるべし。それならとりあえずメジャーなものということでハンバーガーをチョイスしたのだが、他国由来の食品を外国人に勧めるようで、少々情けない。うどんやそばはなかなかテイクアウトできるものじゃないからしょうがないのだが、もっと他に何かあっただろう……あ、冷やし中華がよかったかな?

「…つーか、アンタは俺が朝に買ってきたやつを食べろよ!」

「あれらはほとんどが保存食だろう? できたての料理を味わってみたいんだ」

 ハンバーガーは早くて美味いけど、そこまで期待するほど手の込んだ料理ではないぞ…。

 そうこうしている内に、しょう子が到着した。

「や、君がマキハラショウコちゃん?」

「え? え??」

 しょう子がこいつは誰なのかと目で問いかけてくる。ミタモのほうはすでにバースから情報取得、催眠学習を経て、知った顔になっている。

「あー……バースの国からやってきた人で、ミタモ=ソ=レ=ダダさんだ」

「ダダじゃなくてダナだよ。よろしく。その服、古風だけどカワイイねー」

 握手を求められて反射的に出した手を握られるしょう子。あまりにフレンドリー…というか馴れ馴れしさに、いよいよ不信感が募ったらしい。あからさまに眉根を寄せた。

「武人…これ、なんの冗談?」

「さあな…」

 目も髪も黒いし、日本語ペラペラだし、こじゃれたシャツにビンテージ風ジーンズ(ACシステムで俺の古着を元に勝手に作った)を着た男を異星人だと信じろってほうが無理だよな。

 その後、最も信用のあるバースを介して、しょう子は一応納得したらしい。囲んで昼食タイムとなった。

「それじゃ、ミタモ…さん?は、あのミサイルを処理するために来て下さったんですか?」

「んー? ううん?」

 ミタモは一番高いトリプルビッグバーガーを頬張りながら首を横に振る。

「タケトくんのパックからの要請は、覚醒していない結晶核の有無を調べてほしいということだったから。来てみてビックリだよ」

 その割に、聞いたその場で寝こけやがったが。

「パックって?」

「んあ? ああ、君らがバースと呼んでるそのシステムの名称だよ」

 そう言いながら右耳のピアスを指す。特に何とも思ってなかったが、そこに嵌まってる小さい宝石はコアか!

「バースは個人装備型なんたら武装システムって…」

『個人装備型驚異排除武装システムだ』

「意味はそれで合ってる。パックって言ってるけど、本来はこの地域の言語では使わない発音が混じっているんだよ。聞こえ方によってはパックをファックと誤解されかねない」

 それはイヤだな…。

「で、そのパックのバースからの援助要請を受けてやってきた僕は、あれらに対する有効な装備を持っていないわけだ」

「そうなのか? あんな上等そうなスキンなのに……確か、山を吹き飛ばすようなビームキャノンとかあるんだろ?」

「山を吹き飛ばす? ああ、理論上の最大出力ではそういうのができるのもあるけど、今回持ってきているそのテのものは………ピルステンしかないなぁ」

「何だそれ?」

『重粒子砲だ。主に小惑星を破壊するのに使う』

 星を砕く…!?

『ピルステンは宇宙空間で小惑星群に囲まれてしまった際に強制的にルートを確保するための、いわば破砕機器だ』

「そうなんだよ。ミサイル群はやっつけられるかもしれないけどねぇ、上に向かって撃つと大気に穴が開く、下に撃つと星が削れる、横に撃つと島を消し飛ばしかねない。武器じゃないからあまり出力を絞る設計にはなってないんだよ。まあ、元々人やモノに向かって撃てないようにセーフティが付いているんだけどね」

「そうでなけりゃ困る」

「ハハハ。まあ何とかなるよ。そのために来たんだからね」

 と言いつつ、コーラを一気飲みしてゲップするし……緊張感の欠片もない。

「あの……具体的な作戦とかあるんですか?」

 さすがにしょう子も不安だろう。ミサイル群がすぐに飛び回るわけでないとしても、こちらから潰しに行くのは変わらないのだ。

 しかしミタモはどこ吹く風―――。

「作戦ねぇ…。ま、明日には何とかできるように考えようよ」

「ようよって……ないの!?」

「君たちさあ、いくら催眠学習装置で事情を知ったっていっても、昨晩来たばかりだよ? 今朝活動を始めたばかりだよ? 君たちより数十段上の文明レベルからやってきた身でも、そんなに都合良くはできないかなぁ?」

「あ…すみません」

 謝んなしょう子。コイツの厚かましさは尋常じゃないぞ。計画的なものをひしひしと感じる。

 …とはいえ、ふざけた奴だが実力はある―――そういう経歴の持ち主だとバースも証言している。昨日の俺の悩みもいつの間にか吹き飛んでいる。ミタモによって空気が変わったからだ。いつの間にか安心させられている。

 しかし―――。

 ミタモの星で造った異文化探求システムだ。コイツには俺達を助ける義務も責任もある。だが、ここは俺達の星だ。運命を丸投げしてどうする。俺たちが……俺が守らなくてどうする!




 

 昼食が終わり、『ミタモ』は一人で行動を始めた。街を散策するという名目だが、何か理由があるのか。

 しかし、足取りからは目的を持っているようには見えない。とにかくキョロキョロと見回し、珍しいものを見つければフラフラと近づき、物色してはまた彷徨うように歩き出す。商店街から住宅街、その先の川へ……

「―――!?」

 消えた…!? この開けた河川公園で?

「――君が、サツキハツミ?」

「…!」

 すぐ後ろに立っていたミタモを振りかえり―――二十美は一瞬息を止めてしまった。

「はじめまして。僕はミタモ=ソ=レ=ダナ。バースや君の結晶核を造った星からやってきたんだ。君のことは聞いているよ? 後をつけてくるくらいなら君もお食事会に参加すればよかったのに」

「……フ」

 最初からミタモにはバレていたらしい。そして、この男をはっきり敵だと認識した。

「私をどうするつもり…?」

「どう、と言われてもねぇ。僕らの仕事は異文化探求システムの除去、結晶核の破壊と回収だし」

「そう…!」

 二十美は敵意を顕わにするが、攻撃態勢はとらない。相手は武人やしょう子とは違う、本物のエキスパートだ。わざわざおびき寄せてこの余裕、必ず何かある。狙うなら殴り合いよりも暗殺………食べ物にバイオセルを仕込むことができれば、確実に始末できる。

 ところが、ミタモはおどけるように手を広げてみせる。

「そう身構えないで。僕としては君の方はまだ保留……観察中なんだから」

「観察…?」

「君は人間と結晶核の融合体なんだろう? 僕としてはまず、君が人間なのかシステムなのかを見極めたい。君はどっちなのかな?」

「……どちらでもないわ。生まれ変わったあの時から、私は『二十美』になった。それ以外の何者でもない」

「ふん? あの時がどの時なのかはわからないけど、とりあえず僕が重視していることを明かそう。まず君が人間かどうか。そしてもう一つは君の目的と現実的な脅威だ。何でも……クク、ショウコちゃんと結婚して、女だけの国をつくるんだって?」

 ミタモが肩をゆすって笑うのが癪に障った。二十美の美貌が静かに怒りに染まる。

「国じゃない。世界」

「いや、笑ってすまない、悪かったよ。真剣なんだね。さて…実際に君がそのためにどうしているかというと、なかなか頑張って活動しているね。性的趣向を同じくする団体に働きかけて人権擁護運動を展開したり、女性間での交配技術を研究する場と人材を取り込んだり、同性婚を合法化するために政界に人員を送り込んだり……張り切ってるねぇ」

「どうしてそのことを…!?」

「君がバイオセルとやらを仕込んでタケトくんやショウコちゃんを見張っている間、バースも調べていたのさ。オーナーに黙って自主的に働くなんて、ホント健気なA.Ⅰだよね」

 そういうことか―――二十美は奥歯を噛む。バースと交互に情報をやり取りしているうちに、いつの間にか油断していたのだ。あのクズブレスレット、ナメた真似をする…!

「君の目的とそのための行動は、果たして人として? システムとして?」

「くどい。どちらでもないって言ってるわ…!」

「じゃあ君の言う〝愛〟は? 目的の社会をつくるための条件(・・)として愛が必要? それが人の愛と言えるかい? そもそも、社会の構築と感情は別物だ」

「…黙って!」

「その反応は、気付いていると判断していいのかな? 君は矛盾を抱えている。人間と融合したこと自体、結晶核に異常があることの証明だ。現在約一万と推定される結晶核の内、八割以上を確認しているが、人間そのものに擬態・融合した例はない。君は壊れているよ」

「………」

 ぽたり、ぽたりと赤い滴が落ちる。二十美は血が滴るほどに拳を握りしめていた。ミタモは小さく溜め息を吐いて続ける。

「とりあえず……君がシステムとしての内面を持っていることは理解できた。これはタケトくんらには内緒の機密事項だけど、パックからは特定の電波が常に出ていてね。早期発見・即時破壊を効率よくこなすために、異文化探求システムを引き寄せて覚醒を促す性質があるんだよ」

「だったら何……私が盾林くんに近づいたり、あなたを探っていることが結晶核のプログラムだっていうの!? バカにしないで!」

「信じる信じないの問題じゃない。検証の結果だよ。君の白兵戦技能は決して高くない。パワーも再生能力も、スタートアップモデルのパックにすら劣る。そこにもう一人敵が現れれば敗北は必至。論理的に考えれば逃げるべきだろう。でも君は逃げられない。君の結晶核が逃げることを拒む―――」

「黙れっていってるのよっ!!」

 殴りかかった二十美の攻撃をミタモはひらりと避けていく。身代わりのように二十美のキックを受けた桜が幹をえぐられて、それを遠くで見ていた人たちがどよめくのが聞こえてくる。

「一つ、疑問に思ったんだけどね……君が愛のある女だけの世界をつくって、ショウコちゃんと結ばれたとして――――男の子が生まれたら、どうするんだい? 愛せるのかな?」

「っ――!!?」

「ん? もしかして考えてなかった? それとも、考えないようにしてた?」

「く…!」

 二十美は愕然とする。

 全く想定していないわけではなかった。受精卵にバイオセルを注入し強制的に女性にすることも考えたが、それでは生まれてくる子供の全てが自分の子供になる。そして自分が手を下さなければ崩壊してしまう脆弱な世界しかできない。そこにある己の役割はまるで神………真っ当ではない。自分はただ、愛する人と愛し合って、それが許される世界を造りたいだけだ。

 しかし―――それは純粋な想いなのか? 女しか愛せないのが結晶核による制約だとしたら? だったら私は、しょう子のことを……!?

 彼方に置き去りにしたはずの疑心暗鬼が甦る。封印していた迷いを、守り続けていた秘密を、よくもこの男は抉りだして……!!!

「悪鬼に迫る形相だね……。しかし、僕はそんな君を救いたいとも考えている」

「何…!?」

「歪んでいることを知り、なお歪めることを止めない。僕も気の毒に思えてならないよ。君がシステムなら人の情に訴えることなどできない。思い悩む姿は、まさに人間そのものだ」

「ふざけているの!?」

「至って真面目な話だ」

 言う通り、ミタモの顔からは先ほどまでの嘲笑混じりの表情が消えていた。

「君を破壊しない代わりに、僕が持ちかけられる譲歩案は二つだよ。一つは君が僕の国へ出頭すること。君はレアケースだ。データを提供することを持ちかければ処分までは免れるだろう。ただし、地球へは帰れないだろうけどね」

「モルモットになれと…! そんな案、呑めるわけない――」

「その二。君の細胞からクローン体を生みだし、脳移植する。つまり心臓に融合した結晶核を回収し、君は真っ当な身体になれるわけだ。どうだろう?」

「……………」

 それは正しい。普通に考えればそうするべき、そうなるべきだ。しかし………。

「…わかるよ、悩みは。結晶核の能力を失えば、しょう子ちゃんとの間に子供を作ることができなくなる。いや、それだけじゃない。彼女への愛情のいくらかが結晶核の働きかけだったとしたら? 文字通り想い(ハート)を失うことになってしまうよね」

「…どうせあなた達に都合のいい話。どちらも受け入れるつもりはない」

「じゃあ第三の案になるよ?」

「第三…?」

「タケトくんにまかせる」

「それは――…!?」

 現状維持? いや、違う……そうじゃない。

「タケトくんが君の正体を知ればどうなるだろう? 聞き及ぶところの彼の性格では、おそらく君に手は出せない。しかし君がショウコちゃんに近づくことまで見逃すかな? 君の方も彼が邪魔だろう、いずれ争うことになるかもしれない。しかし勝敗がどちらに転んでもショウコちゃんを深く傷つけ、結局彼女は手に入らない――」

「止めて……もう止めてっ!!」

 二十美の甲高い声は震えていた。

「…君はショウコちゃんとは結ばれないよ。結ばれても、ほんの一瞬のことだ。君が矛盾を孕んでいる限りね。少しだけど、身の振り方を考える時間をあげよう。ミサイルを処理したら次は君だ。気持ちの整理をしておいてくれ……」

 ミタモは去っていく。その背中に小石を投げつけると、見えないバリアに弾かれた。

「く……うっ…!」

 嗚咽を噛み殺し、二十美は黙って泣いた。こんなに熱い涙を流したのは、もう何十年振りかわからない。

「しょう子への気持ちは嘘じゃない……そうでしょ!?」

 自分の胸を叩くが、何も答えはしない。結晶核は変わらず、音もなく動き続けている…。





 昼食の後、一体どういうことなのかとしょう子に詰め寄られたが、「いや、俺もよくわからない」としか言い様がなく、ミタモの説明はバースに丸投げした。

 俺にはやらなければならないことがある。いかにしてミサイル群を撃滅するかということだ。最初は勝負にもならなかったが、今は考える余裕がある。時間が無制限にあるというわけではないが、とにかくテレビのニュースで情勢を確認しつつ、足りない脳ミソから知恵を絞りだすように頭を捻った。一人出歩いていたミタモが帰ってきて、夕食を済ませ、俺はようやく一つのヒントに辿り着こうとしていた。

「なあバース。今のミサイル群の状況はかなり特殊だろ? 普通ならミサイルから都市を守るための防衛戦になるんじゃないか?」

『そう予測される』

「周りに人がいるそんな状況で大出力兵器ぶっ放すわけにはいかないだろ。必然的に個別に撃破ってことになるんじゃないか?」

「そうとも言えないんじゃないかな?」

 寝転がって国語の教科書を捲っていたミタモが口を挿んできた。

「敵の方が圧倒的に数が多いなら、各個撃破じゃ時間が掛かり過ぎて被害が増える。それなら多少の犠牲を払う覚悟でも一掃した方が、結果的には最小限の被害で済む」

「守る立場の人間があえて犠牲を出せるか! 間違ってるだろ」

「そうかなぁ。僕に言わせれば、守るために悪人になる覚悟がないだけじゃないかな。他人に蔑まれるのが怖い、自分の罪の意識に潰されるのが怖い―――結局、最後には自分可愛さがあるだけかもね」

「何だと…!」

 睨むが、ミタモは涼しい顔で笑って身を起こす。

「そうカッカしないでよ。君のような気持ちがなければ正しく戦えない。でも合理性がなければできることもできない、助かる命も助からない。常に二つのバランスを保ち、時には非情になる―――それがいわゆるヒーローなんだろう?」

「え……今のはどういう話だ?」

「ヒーロー談話?」

 なんだか、うまくはぐらかされたな……。

「で? 各個撃破がどうかしたのかい?」

「あ、いや……思い返してみれば、サライルはあのミサイル群の七割近くを落としたわけで、その秘密ってあの必殺技なんじゃないかなってさ」

「ふん?」

「一瞬だけDシステムで動きを抑えて、四本の腕で攻撃――。実際に自分でやったらって頭の中でシミュレートしてみた。ミサイルと交差する瞬間に時間遅延(ディレイ)する、二本のサブアームでミサイル基部の装甲をひっぺ返す、中の結晶核に波動衝を当てる―――慣れれば二~三秒でできんじゃねぇ? ガッ、ベリッ、バーンって感じで」

『…なるほど! あの戦闘スタイルは対ミサイル用だったというわけか!』

 というか、そういうのはバースが先に気付いてほしいなあ。

「ハドウショウって何? …ああ、ハイペレートのことか」

 ミタモが一人納得する。「波動衝」の正式名称は「ハイペレート」らしい。カッコイイ……今さらだけど、どうして無理に日本語訳しようとしたバース。

「ふむふむ、先人に学ぶというわけだね」

『しかしタケト、敵は多勢だ。連続使用できないDシステムの利用は現実的ではない。そして私が時間遅延のリバウンドに対応できない不安要素もある』

「あ、そっか…」

「ふむ……。パック、検証シミュレートを」

 ミタモの声に返事をするようにピアスがキラリと光る。

「アンタのそれって、全然喋んないよな」

「パックかい? 慣れればスキンを装着しなくても脳波コントロールができるからね。口に出さなくても意思の疎通ができる」

「そうなのか?」

『タケトも何も言わずにスキンを装着しているときがあるだろう』

「そういえばそうだ……つーかホントに今さらだな、あれもこれも。どうして言わなかったんだよ」

と、携帯電話が鳴った。メールだ。

「…………」

「あ、それがメールっていうもの? ショウコちゃんから? 夜中に密会かい? 感心しないなあ」

「見てもいないのに適当なこと言うな。ちょっと出てくるけど……」

「いいよ。僕のほうは君の案をベースにいろいろ検討してみよう。戦いの前なんだから、あまり励みすぎないように」

「何をだよ…」

 つまらないジョークまで吐けるとは、ミタモの順応能力恐るべし。でも案外、文明が発達してもこういうのは変わらないのかもな。





 榊神社の境内前に到着した。見通しのいい場所とはいえ、ここは明かりがない。まして、月が雲に隠れていたら尚更だ。

「五月さん?」

 呼ぶと――。

 雲間からこぼれ出た月の光から浮き上がるように、五月さんの姿が現れた。白いワンピースは透けてるんじゃないかと勘違いしてしまいそうな薄い生地で、太陽の下なら涼しげだが、月明かりを浴びると、なんというか………扇情的に感じてしまった。しかし表情は違う。まっすぐ見つめる真顔は青い影が縁取っていて、美しくも恐ろしい。

 ……怒っているのか?

 メールの内容は「直接話したいことがあるから絶対に来て」だった。日が落ちた今時分に電話でもなく直接、しかもこんな人気のない場所を選ぶということは、よっぽど聞かれたくなく、しかし訴えたいことなのだろう。思えば、最近の五月さんは俺に対して結構辛辣だった。俺には理由がわからないが、そのことかもしれない。

 十メートルちょっとはあるだろうか。話すにはまだ遠い。だが、近づくのは躊躇われた。見合う瞬間が重なるにつれ、得体の知れない圧迫感を覚える。俺は緊張しているのか……それとも怖がっているのか……。

「――盾林くん」

 静かに、はっきりと聞こえた。

「私は、異文化探求システムなの」

 ……………………………は?

「六十五年前、私は結晶核と融合し、異文化探求システム『サツキハツミ』になった」

 え…ちょっと……

「目的は女だけの単一性社会を創ること。そのためにしょう子には私と結婚して、私の子供を産んでもらう」

「は? はあ!?」

 あまりの突拍子のなさに、困惑を一周して逆に冷静になった。

「あっと…五月さん、何の冗談? 異文化探求システムって…。そういうのはバースでわかるんだよ?」

「バース、はっきり言ってあげたら?」

 …バース?

『…本当のことだ』

「なっ……え!? ――って、待て待て、そんなバカな。それじゃお前、最初から知ってたことになるだろ。どこに隠す理由がある…」

「それは、盾林くんが弱いから」

 五月さんが歩み寄ってくる。サンダル履きのきれいな足で、一歩、一歩……。もうぶつかるかというところで止まって、初めて表情を柔らかくした。それは学校で見慣れていた、あの微笑――。

「こうしたら―――信じられる?」

 五月さんの手が、おもむろに俺の肩に触れて、

『…離れろタケト!』

 メキメキメキィッ…!

「あっ!? ぐアアああぁーっ!!」

 音を立てて握り潰されて、激痛で意識が飛びそうになる! 左肩を抑えて跪く俺を見下ろしながら、五月さんは囁くように訊ねてくる。

「盾林くんはしょう子のこと、好き?」

「ぐ…う、つっ…!」

「答えられない? 力を入れ過ぎたのかな」

 五月さんが俺の肩に手をかざすと……ウソのように痛みが引く。

「な、何だ、これ…」

「こうやって私の能力で治療されてたの。昨日も一昨日もその前も。それを自分は運がいいみたいに……まぬけよね」

 今度は俺の腕を引っ張り、投げ飛ばす。その場に転がせるなんてものじゃない、本当に数メートル宙を飛んだ。手足をかなり擦り剥いたが、満足に動く右腕だけでそれなりに着地できたのは奇跡的だった。

『タケト、プロテクトスキンを装着しろ!』

「バースっ……なんで今まで黙ってた!」

『サツキハツミとショウコの間で、タケトには手を出さないという協定があったからだ』

「何ぃ!? じゃあしょう子は知ってるのか!?」

「そうよ。しょう子にはすでにアプローチ済み」

 五月さんは冷めた顔で俺の疑問に答える。

「返事は保留だけど、私の気持ちは受け止めてくれた」

「!? どういうことだ!?」

「どうもこうもない。私はしょう子がほしい、しょう子もそれを了解した、それだけのこと」

 しょう子と五月さんの距離がいつの間にか近くなってて、でも様子がおかしくて―――それ以前にしょう子が告られたって、相手は、まさか……。

『タケト、すぐに装着しろ! 彼女は異文化探求システムとして私を破壊し、タケトを殺すつもりだ!』

「…………」

『タケト!』

「クスッ、ショックだった? ついでに教えてあげる。私はしょう子ともう何度もキスをしたわ」

 ……!

「しょう子、ファーストキスだったのよね。腰が砕けるほどのキスで奪っちゃった。証言がほしいならバースに聞いてみれば? 私と絡まって悶えてる一部始終を見ていたんだから」

 勝ち誇ったように愉悦を洩らしながら、五月さんは俺のシャツを掴んで引き上げる。

「でもね……まだ身体は許してくれないの。どうしてだと思う?」

「そりゃ……色々、決心がついてないからじゃねぇの…?」

「そう―――あなたがいるからね!!」

 胸にパンチを食らった。細腕なのに鉄拳、まるで未確認ヒーローにもらったときと同じ威力だ。そしてほぼ間違いなく、また肋骨が折れた。肺もヘコまされたのか、しばらくまともに息ができない……するとまた五月さんが回復させる。

「しょう子は盾林くんのことが気になるんだって……私のほうがしょう子を見て、私のほうが愛しているのに!!」

 今度は憎しみの籠った言葉を浴びせながら、御神木の杉の根元に俺を投げつける。強烈…しかし背中からは落ちなかったのが幸いだった。

「…………」

『タケト! いい加減にしろ! 状況がわかっているのか!? 我々はミサイル群を殲滅しなければならない! こんなところで嬲り殺しにされていいのか!? 君が人に手を上げられないことはわかる、しかし…!』

「………そういうことじゃねぇよバース。これは、ただ単に、俺に嫉妬してるだけだ」

 五月さんが……五月二十美がぎりっと奥歯を噛んだのがわかった。

 痛む身体を何とか立たせ、御神木にもたれかかりながら、ゆっくりと息を落ちつける。

「ようやくすっきりした……五月さんは俺が嫌いだったんだ」

「そうよ。幼馴染みというだけで当然のようにしょう子の気を惹くあなたが心底憎かった。大して気持ちも傾けていないくせに、いちいちしょう子の目を奪う。しょう子のあらゆる感情、そのほとんどがあなたに向けられたもの。それを見せつけられる私は………屈辱だった」

「…それはしょうがないな。だってしょう子は俺しか見ていない。しょう子は俺のものだ」

「………何て言ったの、今」

 毛が逆立ちそうなほど怒りを露わにさせるが、俺は退かなかった。

「五月さんが……アンタがどれだけ愛情を注いでいるつもりか知らないが、しょう子のことを一番考えているのも、理解しているのも俺だ」

「どの口でそんな戯言を言う…!」

「しょう子は……たぶん、アンタのことが本当に好きだ」

「え…!??」

「でも迷っている。それはアンタの言う通り、俺への気持ちがあるからだろうな」

 それを聞いて、五月二十美はくだらなさそうに冷笑する。

「わかっているのならしょう子から離れて。それで済む話じゃない?」

「それは無理だ。俺もしょう子も納得していない。それにアンタが異文化探求システムっていうんなら快く了解してやることもできない。システムの目的のためにしょう子を渡せるか!」

「………殺す、盾林武人」

 細身の五月二十美の身体がメキメキと―――スキンに似た有機質の装甲を纏い、歪なマスクが顔を覆い隠す。

「私の想いが嘘だと言ったわね! 愛が偽物だと言ったわね!! あなたみたいな能天気に何がわかるっていうの!!」

「そんな力を使って脅しをかけてくる時点で、アンタの愛なんてシステムの延長なんだよ! さっきから何なんだ!? しょう子は目的のためか!? しょう子が目的なのか!? わかんねぇよ!!」

「っ……!」

 五月二十美は言い返してこない…。

『脅し…!? どういうことだタケト』

「最初から俺をどうにかするつもりなんてない。さっきからこまめに俺を回復させてるし、急所は狙っていないだろ。俺を殺したら、確実にしょう子に嫌われるだろうからな」

 しょう子の俺に対する保護意識は少々行き過ぎているところがある。アイツは秘密のつもりだろうが、俺を守る力を得ようとして空手を始めたくらいだ。だから俺が異文化探求システムと戦うことを良しとしていなかった。そこで俺が五月二十美に殺されれば、アイツは彼女より自身を許せないだろう。

「しょう子のことはお構いなしっていうんだったら、こっちも相手になってやる! かかってこいよ」

「あなたの方はいいの…? しょう子が私を好きだって、あなたが言ったのよ。条件は同じじゃない!」

「違う。俺は人を殴れる根性は持ち合わせていないし、人に嫌われるのも耐えられない臆病者だ。でもしょう子だけは別だ。しょう子に危険が及ばないなら、俺は嫌われてもいい! 一生ゴミ虫のような扱いを受けたっていい!!」

 あらん限りの力で咆え、スキンを装着しようとしたその時、

「…………はぁ…」

 五月二十美のほうが武装を解いた。仮面を被っていた顔からは、嘘のように険が消えていた。

「…嘘つきね。本当はそんな覚悟ないくせに」

「ああ!?」

「私のバイオセルは常に盾林くんの体内データを取っている。脈拍や分泌物を計測すれば、嘘かどうかわかる」

「…………………」

 …バイオセルって何だろう? 体内データって、俺の身体の中に何か入っているのか? するともしかして……最初から勝負になっていなかったんじゃないのか?

「ミタモ、いるんでしょう」

 ぎょっとして見回す。すると境内の陰から音もなくミタモが出てきた。

 コイツ……後を付けてきて、ずっと見ていたのか!

「決めたわ。一つ目の案にする」

「いいのかい? 二度と戻れないが」

「だからいいの。察してよ」

 何だ? 何の話をしている?

「盾林くん――」

 五月さんは俺の胸をドンと押す。

「あなたに覚悟がなかろうが、吐いた言葉は呑めないわよ」

 この言葉の意味を知ったのは、帰ってミタモを問い詰めた後だ。そして俺にとって、一生忘れられない夜になったのだった―――。








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