第99話 陽キャの幼馴染からの意味深なメッセージ
テスト返却最終日。
期末テストの全教科が返却され、ふわっとした解放感が漂っていた。
しかし、凛々華はどこか悔しげな表情だ。
「こう言うと失礼だけれど……副教科込みであなたに負けるとは思わなかったわ」
「安心しろ。正直、俺も勝てるとは思ってなかった」
蓮と凛々華の二回目の定期テスト対決は、五点差で蓮が勝利した。
蓮が頑張ったというよりは、凛々華の取りこぼしが目立った。その証拠に、蓮の学年順位は三位のままだが、彼女は四位に後退した。
ちなみに、トップは結菜、二位は他クラスの生徒だった。
「柊にしては、詰めが甘いところが多かったな」
「そうね……前回よりも集中できていなかったのは、認めるわ」
「まあ、それは仕方ねえだろ」
英一の襲撃未遂しかり、心愛のいじめしかり、テスト前は本当に色々あった。
それに、凛々華は今回がバイトをしながらの初めてのテストだったのだ。
「多分、今回はいろいろ俺のほうが有利だったし、罰ゲームはなしにしとくか?」
「いえ、ありでいいわ。前回は私のほうが明らかに優位だったもの」
「やけに前向きだな」
「っ……こういうのは、平等じゃないと面白くないもの」
蓮が揶揄うと、凛々華はふいっと視線を逸らした。
「柊さん——」
ほんのり耳の先を染める彼女に、結菜が声をかけた。
「これから、私たちのグループでちょっとした打ち上げするんだけど、よかったら一緒にどうかな? あんまりこういうのは経験ないかもだけど、意外と楽しいよ?」
「申し訳ないけど、遠慮しておくわ。今日は予定があるから」
凛々華はほんの少し首を傾けると、やんわりと断った。
「じゃあ仕方ないね! あ、黒鉄君はどう? 歓迎するよー」
結菜は間髪入れず、蓮に問いかけてきた。
蓮は首を振った。
「悪い。俺も今日は無理だ」
「そっかー、残念!」
そう返した結菜は、微笑みを崩さぬまま軽く手を振る。
「それじゃ、また今度遊ぼうねー!」
そう言い残して、玲奈や日菜子ら数人の女子とともに教室を出て行った。
蓮はその後ろ姿を目で追いながら、ふと首をひねる。
(……藤崎、なんも言ってこなかったな)
これまでなら、「もしかして二人きりで予定があるのかな?」などと軽口を叩いてきそうな場面だったが。
(そういや、最近はそうやって茶化してくることもなくなったな……)
どころか、数日前には、蓮と凛々華のコンビ扱いを諌めるような発言もしていた。
(クラス会長って立場的に、あんまりそういうのは良くないって気づいたのかもな)
そう結論づけた蓮の視界に、部活の準備をする蒼空の姿が映った。
「今回は藤崎たちと遊ばねえんだな」
何気なく声をかけると、蒼空はバッグのチャックを閉める手を止めて、蓮を見上げた。
「なんで?」
「いや、よく一緒に遊んでるイメージあるから」
「……別に。毎回ってわけでもねーし、そもそも特別仲いいわけじゃねーよ」
その言い方は素っ気なく、わざと距離を置こうとしているようだった。
蓮は蒼空らしくないその温度感に、少しだけ眉をひそめる。
(……なんか、よそよそしいな)
思い返せばここ数日、蒼空の態度がどこかぎこちない。
ちょうど、テストが終わったあたりからだ。
(藤崎がよく話しかけてくるようになったのと、関係しているのか?)
そのことを、蒼空は快く思っていないのかもしれない。
(もしかしたら、藤崎と何かあったのかもしれないな……)
さまざまなパターンが考えられるが、どこかバツが悪そうな表情で支度を進める蒼空の様子からは、あまり詳しいことは読み取れなかった。
少なくとも、今は問い詰めるときではないと判断して、蓮は彼の元を離れた。
放課後、蓮と凛々華は例のごとく、並んで帰路についていた。
自然と、罰ゲームの話になる。
「それで、どうするの?」
そう問いかけてくる凛々華の口調は、どことなく柔らかい。
負けを引きずっているわけではなさそうだ。
「うーん、そうだな……」
蓮は答えを濁した。
実は以前、「負けたほうが一つだけ言うことを聞く」というルールを決めた時点で、何パターンかは考えていたのだが、
(せっかくの機会だし、適当に決めたらもったいないよな……)
蓮はしばし頭を悩ませたが、やはりしっくりくるものは思い浮かばない。
「悪いけど、ちょっと考えてもいいか?」
「構わないけれど……エッチなものはダメよ」
「っ——」
蓮は思わず言葉を詰まらせた。
「な、なんでそうなるんだよ?」
「どこまでなら許されるのか考えている可能性もあるから、釘を刺しておいただけよ」
「そこまで趣味悪くねえし、そもそもそんな線引きできねえよ」
蓮が呆れ混じりに返すと、凛々華は小さく肩を揺らして笑った。
「でも今は生成AIがあるもの」
「それ用のゲームじゃねえ限り、多分AIにそういうのは聞けないだろ」
「さすが、詳しいのね」
「『多分』の意味知らねえで、現代文クラスでトップだったのか?」
凛々華がクスッと笑った。
「でも、本当にそういうことにAIが簡単に活用できてしまったら、いくらでも悪用できそうね」
「あぁ。それこそセクハラとかにも悪用されるし、無料でエロゲみたいなのができちゃうからな。さすがにやばいだろ」
「そうね」
凛々華はあごを引いた後、ふふ、と笑い声を漏らした。
蓮は眉を寄せる。
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ。そういうシミュレーションゲームで、あなたが論理で突き詰めて見事に間違えていく姿を想像しただけよ」
「なに想像してんだ……否定はできねえけど」
「あら、意外と素直に認めるのね」
凛々華がおかしそうに口元を緩める。
蓮は肩をすくめて、
「鋭いほうじゃねえのは、自覚してるよ」
「まぁ、軽いよりはいいんじゃないかしら。けど、そうね——」
凛々華は足を止めて、真正面から蓮を見つめた。
「時には、論理じゃなくて、感情や直感に委ねるのも大事だと思うけれど」
「っ……!」
何かを見透かされたような気がして、蓮の胸がざわついた。
その言葉の真意を探ろうとしたが——
「それじゃ、また明日」
気がつけば、柊家の前に着いていた。
凛々華はひらりと手を振り、家の中へと消えていく。
蓮はしばし、その場に立ち尽くしていた。
——その夜、黒鉄家の夕食。
「……兄貴」
「ん?」
「全然まずいとかじゃないんだけどさ。今日のとろろ、なんか甘くない?」
「えっ?」
妹の遥香の指摘を受け、蓮はとろろを口に含んだ。なるほど、確かに妙に甘い。
「……悪い。味醂入れちゃったっぽい」
「もう、しっかりしてよ〜」
蓮が苦笑しながら頭をかくと、遥香はぷくっと頬をふくらませた。
唇を尖らせながらも、その目元には笑いが浮かんでいる。本気で怒っているわけではないらしい。
だから、蓮も反省はしつつ、軽い調子で言葉を返す。
「悪かったって。アイス好きな味選んでいいから」
「子供扱いしないでってば! ……イチゴ」
即答するその様子に、蓮は吹き出してしまった。
「選ぶのかよ」
「い、いいでしょ! 兄貴が言い出したんだから、当然の権利だもん!」
蓮が笑いながらツッコミを入れると、遥香がちょっと拗ねたように頬を赤らめて言い返した。
「はは、そうだな」
妹の素直な反応に、蓮は自然と口元をほころばせた。
論理ではなく、感情や直感に委ねてみるのも大事——。
別れ際の凛々華の言葉が、ふと頭をよぎった。
「……感情、か」
「えっ、なんか言った?」
「いや……なんでもねえよ」
訝しげに首をかしげる遥香に、蓮は曖昧に笑ってみせた。
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