表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/195

第98話 クラス会長は距離感がバグっているようです

「二人とも、他にわからないところはあるか?」

「ううん、大丈夫! ありがと〜」

「ぼ、僕も大丈夫だよ」


 (れん)の問いに、心愛(ここあ)が柔らかく微笑み、(いつき)も頬に赤みを残しつつうなずいた。


「——黒鉄(くろがね)君、ちょっといいかな?」


 すると、タイミングを見計らったかのように声がかかった。

 見上げると、結菜(ゆいな)がいつの間にか隣に立っていた。


藤崎(ふじさき)、どうした?」

「あのね、私もどうしてもわからない問題があって……よかったら黒鉄君に教えてほしいんだけど、いいかな?」

「おう……いいけど」

「ホント? ありがとう!」


 結菜は嬉しそうに手を合わせてから、持っていた答案用紙を差し出す。

 前屈みになった拍子にシャツの襟元がわずかに開き、どこか甘さを含んだ華やかな香りがふわりと漂ってきた。


 しかし、彼女は気にも留めず、ペンの先で問題を指す。


「ここなんだけど……式までは合ってると思ったんだよね。でも、答えがずれちゃってて」


 結菜が困ったように眉を下げた。


(……もともと、こういう距離感のやつなんだな)


 田辺(たなべ)たちにも似たような態度を取っていたことを思い出す。

 他意があるのかどうかもわかりにくい。しかし、蓮のやることは変わらない。


「たぶん、ここだな。符号の見落としで答えが逆転してる」

「あっ……本当だ!」


 目を丸くした結菜は、「もう一回やってみるね!」と、そのまま蓮の机でペンを走らせ始めた。

 視界の端に、淡いピンクとわずかな谷間の気配がちらついて、蓮がさりげなく周囲を見回すと、隣に並ぶ凛々華と蒼空(そら)が視界に入った。


 蒼空が何か質問をし、凛々華がうなずく。

 それに満足したのか、蒼空は嬉しそうに笑った。正解をもらった子供のような、無邪気な表情だ。


(……不思議な組み合わせだよな)


 結菜が凛々華を蒼空に回し、蓮を頼ったこと。

 流れとしては自然なのだが、どこか釈然としないものが残る。


(一番なさそうな組み合わせだよな。やっぱり藤崎は(ひいらぎ)を……いや、考えすぎか。今回はたまたまだろうし)


 蓮が考えを振り払ったそのとき、結菜が「できた!」と明るい声を上げた。


「ありがと、黒鉄君! バッチリだったよ。さすがだねー」

「数学は得意だからな」

「そんなこと言って、数学以外もできてるんでしょ? 今回は私も負けちゃうかもね! どうする? 負けたほうがジュース奢りとかしちゃう?」

「いや、負けそうだからやめておくよ」

「そっかー、残念!」


 結菜は冗談交じりに肩をすくめ、チロっと舌を出した。


「なんか悪いな」

「ううん、大丈夫! その代わり……もう一問だけ、お願いしてもいい?」


 結菜はイタズラっぽく笑い、答案をひらひらと持ち上げた。


「別にいいけど……どの問題だ?」

「ありがと! 最後の問題なんだけど——」


 結菜の指先を見ようとした瞬間、蓮はふと視線の気配を感じて振り向いた。


 しかし、ややざわついた教室の中で、蓮に目を向けている者はいなかった。

 凛々華は、蒼空に何かを問われて首を振っている。


 すると、蒼空がこちらを見た。

 ——何かに気づいたような表情だった。


 だが、蓮と目が合った瞬間、彼はハッとしたように視線を逸らし、解答用紙へと視線を落とした。


「——黒鉄君?」

「えっ? あぁ、悪い」

「大丈夫?」


 結菜が身を屈め、心配そうに顔を覗き込んできた。華やかな香りが強くなる。

 蓮は視線を下げ、その答案の一箇所を指差した。


「大丈夫……この問題だよな?」

「うん! よろしくー」


(さっきの、気のせいだったのか?)


 蓮は心に小さな引っかかりを覚えつつも、結菜の答案に意識を戻した。




 それから程なくして、結菜は正解までたどり着いた。


「助かったー、ホントにありがと!」

「おう」

「ね、教えてもらってばっかじゃ悪いし、逆に黒鉄君がわからないところとかあったら教えるよ? 数学は無理だけど、現代文とかは結構得意だし!」

「いや……ありがたいけど、今のとこ特には」


 蓮が苦笑混じりに首を振ると、結菜は一瞬だけ間を置いて笑顔を作った。


「そっか! なんか、私ばっかり頼っちゃってごめんね?」

「気にすんな。教えるのも勉強になるし」

「ホント? そう言ってくれると嬉しいな! ね、また困ったらお願いしてもいい? 黒鉄君、教えるのすごく上手だし、私に合ってる気がするんだー」

「あぁ……まあいいけど」

「やった!」


 結菜は小さく拳を握って微笑んだ。


「じゃあさ、今度——」


 そこで、彼女はふいに言葉を止め、蓮の背後にちらりと視線を投げた。

 その直後、


「マジで助かった〜。サンキュー、柊!」


 蒼空の快活な声が聞こえてきた。

 蓮は半ば無意識にそちらに目を向けてから、結菜に視線を戻した。


「藤崎、何か言ったか?」

「……ううん、なんでもないよ」


 そう静かに首を振る結菜の表情に、ほんの一瞬だけ影が差した——ような気がした。

 しかし、次の瞬間には、彼女は無邪気な笑みを浮かべて、胸の前で手を合わせた。


「教えてくれて、ホントにありがと! また頼らせてね!」

「えっ? おう……」


 蓮が戸惑うのをよそに、結菜は軽やかな足取りで去っていった。


(……なんだったんだ……)


 蓮は訝しげにその背中を見送ってから、結菜と入れ替わる形で戻ってきた凛々華に目を向けた。


「蒼空は大丈夫そうか?」

「一応、理解はしたみたいだけれど」


 どこか冷たく感じる口調だった。

 蓮はそれ以上掘り下げず、本題を切り替える。


「そうか……それで、さっき言ってた問題って、どれのことだ?


 その問いに、凛々華の視線がふと蓮の背後——友達としゃべっている結菜に向けられた。


「もう、藤崎さんはいいのかしら?」

「ん? 大丈夫だろ。全部終わったし」

「そう? そのわりには気にしていたようだけれど。なにかあったんじゃないの?」

「——なんもねえよ」

「っ……」


 凛々華が息を詰まらせた。アメジストの瞳がわずかに揺れた。


(俺、なんで……っ)


 自分でも気づかぬうちに声を荒らげてしまい、蓮自身も戸惑った。慌てて口を開いた。


「あ……悪い。ちょっと強く言いすぎた」

「いえ……私のほうこそしつこかったわ。ごめんなさい」


 凛々華が少しだけ目を伏せた。


「いや……でも、本当に、なんもねえから」

「っ……わかったわよ。何度も念を押さなくていいわ」


 凛々華は息を呑み、それから呆れたように肩をすくめた。


「あぁ、悪い……そういや、さっきの問題ってどれのことだ?」

「これなのだけれど——」


 凛々華はその一角をすっと指差した。

 その表情にわずかに柔らかさが戻ったのを見て、蓮もようやく肩の力を抜いた。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ