第74話 球技大会⑧ —手の形—
スケジュールの都合上、蓮たち男子バスケの決勝は、一番最後に行われることになった。
「よっしゃ、みんなやってやろーぜ!」
蒼空がやる気満々の表情で拳を突き上げる。
ドッジボールは制したものの、バレーは準優勝に終わってしまったため、バスケこそはと燃えているのだろう。
(正直、ここまでの三試合は余裕あったけど……さすがに決勝は厳しい戦いになりそうだな)
蓮は気を引きしめた。
決勝の相手は、バスケ部が四人で陸上部が一人だが、その陸上部の生徒も中学まではバスケをやっていたらしい。つまりは全員が経験者ということだ。
蓮よりも一回りも二回りも大きい生徒がいたので、蒼空に尋ねてみると、案の定センターだという答えが返ってきた。
「前田って言うんだけど、あいつ背だけじゃなくて腕も長えから、抜いたと思ってもブロックしてくんだよなー。蓮も、ゴール下での勝負は避けたほうがいいぜ」
「わかった」
蓮と蒼空が小声で言葉を交わしていると、審判の上原が両チームの選手を集める。
「決勝だけど、熱くなりすぎずにフェアプレー精神で頼むぞ」
上原は『フェアプレー精神』のところでチラッと英一を見たが、当の本人に意に介した様子はない。
彼は準決勝で上原を故意に倒しているが、おそらく罪の意識がないのだろう。
ため息をこらえる相手チームを見て、蓮は妙な親近感を覚えた。
「ま、そういうことでよろしく。それじゃあ、始めるぞー」
上原が笛を鳴らし、決勝戦が開始した。
相手ボールで始まった試合は、一進一退の攻防を繰り返した。
地上戦では蓮と蒼空を中心に互角以上の戦いを繰り広げたが、前田の高さを中心とする攻撃には苦戦を強いられた。
そもそも止めるのが難しいし、前田を止めようと人数をかけると他を使われてしまうのだ。
未経験者の吉川もいる以上、守備で優位に立つのは難しかった。
お互いに守りで決め手を欠いたまま、大きく点差が開くこともなく時間が過ぎていき、残り一分を切ろうかというころ。
相手のシュートがリングに嫌われた。弾かれたボールは鋭い角度で跳ね、前田がジャンプしてもギリギリ届かなかった。
(よし、ツイてる!)
そう思ったのも束の間、
「蓮、囲まれるぞ!」
リバウンドを取って着地した蓮に、相手は好機と見て一気に三人が詰め寄った。
(これはっ……パスをする暇もないな)
蓮は体勢を低くしてボールを突くと、左右に細かくフェイントを入れてから、左から寄せてきた二人の間を一瞬の加速で切り裂いた。
「「「おおー!」」」
どよめきが広がる中、江口を経由してパスを受けた蒼空がしっかりとシュートを沈め、一点差に詰め寄った。
「あいつ、すげえ!」
「三人ぶち抜いたぞ!」
「今のやばくない⁉︎」
「ガチでエグいんだけど!」
蓮が称賛の嵐を浴びたことで、羨ましくなったのだろうか。
蒼空のパスカットのこぼれ球を拾った英一が、速攻のために走り出している江口にパスを出さず、自らドリブルを始めた。
「英一、江口に出せ!」
蒼空の指示も無視して、英一はドリブルを続けた。
しかし、一人目を抜けずに苦戦しているところにヘルプが来て、二人に挟まれる形で彼はボールを失った。
「何やってんだよ!」
「無駄にこねるな!」
一部から罵声が飛ぶ中、ボールが前田に渡る。
前田は落ち着いてゴール下のシュートを放つが、
「——させっか!」
全速力で戻った蒼空が、大きく跳び上がり、見事前田のシュートをブロックした。
「蒼空⁉︎」
「マジか!」
「高え!」
ボードに跳ね返ったボールを回収した蓮は、寄せてきた相手をボディフェイントで逆をついてかわし、一気にギアを上げた。
「ヘイ、パス!」
英一の呼ぶ声が聞こえるが、蓮に彼を使う気はなかった。
負けている時間帯にあり得ない自己満足のプレーをされて、さすがに腹を立てていたのだ。
視界の隅で蒼空が上がってくるのを認識しながら、蓮はゴールにアタックするようにドリブルを仕掛け、そのままレイアップをするように飛び上がった。
「させるか!」
「舐めんな!」
ディフェンダーの二人がブロックのために跳んだのを確認して、あくまで視線はゴールに固定したまま、自身の背中側を通して蒼空にパスを出した。
「あれ? ボールはどこに——あっ!」
「ビハインドパス……!」
フリーでボールを受けた蒼空が、追随する前田にブロックされる前に素早くシュートを打ち、見事逆転に成功した。
「おお、すげえ!」
「あいつら速っ!」
「まさに速攻だ!」
「今のパス、やばくない⁉︎」
「青柳君のこと、見えてなかったよね⁉︎」
「蒼空のブロックもやばかったな!」
「どんだけ跳んでんだよ!」
会場が盛り上がる中、相手は土壇場で逆転されて焦ったのか、慌ててスリーポイントシュートを放った。
しかし、フォームもバラバラだったそのシュートはリングに弾かれ、リバウンドも江口が回収した。
「ヘイ!」
「——蒼空!」
江口もまた、パスを要求した英一ではなく、蒼空にパスを出した。
蒼空はスピードで一人を抜き去ると、もう一人を引きつけてから、並走する蓮にパスを出した。
少しだけ手前に出されたパスは、まるで「行ってこい!」というメッセージのように感じられた。
(せっかくだし、やるか)
胸の奥で熱い衝動が沸き上がるのを感じた蓮は、鋭いターンで一人をかわし、ゴール下へ切り込んだ。
「させんぞ!」
前田が立ちはだかる中、蓮はゴールから背を向けて跳び上がった。
「あいつ、どっちに飛んでんだ⁉︎」
「ゴールから離れてるぞ!」
ギャラリーから困惑の声が漏れる中、蓮は自身の頭上を越すようにボールを放った。
「——これなら、さすがにブロックされないだろ」
その言葉通り、前田ですらもブロックを諦めて見守る中——、
ボールは、リングをかすることなくネットを通過した。
◇ ◇ ◇
「ちょ、黒鉄マジでえげつないって!」
「それまでもすごかったけど、最後のは何? 後ろ向きながらとか、訳わからないんだけど」
蓮が蒼空たちと勝利の喜びを分かち合っていると、周囲を押し除けるようにして、亜美と莉央が近づいてきた。
バシバシと背中を叩いてくる亜美は元より、莉央もテンションが上がっているようだ。
「黒鉄君、本当にすごかったよ〜!」
「最後の三連続得点、全部絡んでたね!」
「黒鉄君にしては珍しく、熱くなってなかった?」
心愛、夏海の感想に続いて、亜里沙がイタズラっぽく問いかけてくる。
蓮は若干の気恥ずかしさを覚え、頭を掻いた。
「まあ、決勝だしな。どうせなら勝ちたかったし」
「やっぱりそうだよねー!」
亜美が間髪入れずに同意した。
そして、何かに気づいたようにハッとした表情になり、
「というかウチら、バスケ男女でアベック優勝じゃん!」
「私たちはシュート教えてもらったし、どっちも黒鉄のおかげ」
「だな! イェーイ!」
「それは言いすぎだと思うが……」
蓮は苦笑しつつ、求められるまま亜美と莉央とハイタッチを交わした。
「でも、そんなこと言ったらドッジボールも男女アベック優勝だよね!」
「確かに! 黒鉄君と柊さん、やばくない⁉︎」
夏海に続いて、亜里沙も興奮の声を上げた。
「二人とも中心選手だったしね〜! どっちもバレーは惜しいところで負けちゃったけど、二種目アベック優勝おめでとう!」
「わっ⁉︎」
心愛に背中を押され、後ろのほうにいた凛々華が蓮の前に躍り出た。
「ほら、健闘を称え合わないと!」
「あっ、その……」
心愛に催促され、凛々華はあたふたしながら視線を彷徨わせた後、やや上目遣いで蓮を見上げた。
「っ……」
蓮が息を呑む中、凛々華は「ん……」と手を差し出してから、思い直したように手を握りしめた。
(これは、ハイタッチじゃなくてグータッチってこと……だよな? なんで変えたんだ?)
蓮は凛々華の突然の心変わりを不思議に思いつつ、同時に妙な照れくささを覚えながらも拳を合わせた。
「蓮ー!」
そのとき、結菜たちに囲まれていた蒼空が近づいてきて、笑みを浮かべながら蓮の肩に腕を回した。
「やったな、俺たち!」
「そうだな」
「サンキューな! 三種目も出てくれたうえに、どれも真剣にやってくれて」
「ま、なんだかんだで楽しかったからな。いい思い出になったよ」
「そう言ってくれると嬉しいぜ! 柊も、三種目もサンキューな! 全部で活躍してたし!」
先程の蓮とのやり取りを見ていたのか、蒼空がニカっと笑って凛々華に拳を差し出した。
凛々華はチラリと蓮に視線を向けた後、
「私も、悪くない思い出になったわ」
と、拳ではなく手のひらを掲げた。
蒼空は軽く目を見張った後、再び笑みを浮かべて、拳を解いてハイタッチを交わした。
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