第69話 球技大会③ —陽キャの幼馴染は大人気なようです—
校庭に響く笛の音とともに、女子のドッジボールの試合が始まった。
蓮は蒼空、樹とともにコート脇で観戦していた。
試合開始直後、相手チームの女子が勢いよくボールを投げる。初球を任されるだけあって、かなりの威力だった。
しかし、標的にされた凛々華は一歩も動かずにボールをキャッチした。
「っ……!」
相手の女子が息を呑む。
その直後——
——ヒュッ!
凛々華が流れるようなモーションでボールを投げた。
狙いは正確で、ボールは相手の足元に見事に直撃した。
「ナイス!」
「すげえ、無駄な動きがない……!」
男子たちからもどよめきが漏れる。
しかし、相手も負けていなかった。
凛々華が当てた直後、こぼれ球を拾った相手チームの女子が、すぐさま彼女を狙ってボールを投げる。
だが、わずかに低めに来たボールを、凛々華は身を屈めてしっかりと両手で確保した。
「うそ⁉︎」
相手が驚愕の表情を浮かべる中、凛々華は迷いなくボールを構え、今度は素早く外野へとパスを出した。
「ナイス、柊さん!」
外野の女子が、近くの相手選手に狙いを定めた。
見事にヒットしたボールは、コート内を転がった。
近くにいた凛々華が拾おうと近寄るが、相手の選手がギリギリ陣地内でキャッチした。
「このっ!」
仲間の仇とばかりに、至近距離から凛々華に狙いを定めた。
しかし——。
——パシュッ!
凛々華は表情を変えずに、三度キャッチした。
投げた相手が「え……」と固まるのをよそに、凛々華は無言でボールを振りかぶる。
淡々と放たれた一撃は、正確に相手の腰へと命中した。
「「「……っ!」」」
周囲の男子たちが息を飲む。
そして——。
「アサシンだ……」
「え、なんかもう、すごい……」
「これは想像以上だわ……」
「無表情で罵られたい……」
「冷たい目で『何やってるの?』って言ってほしい……」
「むしろ、ボールぶつけてほしい……」
「「っ……」」
隣で聞いていた蒼空と樹が、露骨に顔を引きつらせる。
蓮も思わず、こめかみに指を当てた。呆れたように息をついた。
「あいつら、大丈夫か……?」
「うーん、周囲に女子がいないタイミングで言ってるだけ、まだ理性はあるんじゃないかな……ま、考えても仕方ないし、僕らは応援に徹しようよ」
「「だな」」
三人は複雑な表情で、周囲に立ち上る狂気をスルーすることにした。
開始わずか一分で圧倒的な実力を見せつけた凛々華だったが、その後は自分でばかり当てるのではなく、味方にもボールが回るよう配慮していた。
凛々華のパスを受けて、心愛が腕を振りかぶる。
これも決して威力は低くなかったが、相手にキャッチされた。
仕返しとばかりに、心愛を狙う。
「わわっ!」
心愛は体を逸らし、なんとかボールを避けることに成功した。
——その拍子に、彼女の豊満な胸部が大きく揺れた。
「そう、それだ……!」
「みんな、初音を狙え……!」
再び邪念ダダ漏れの声が聞こえてくる。
蒼空と樹は、呆れたようにため息を吐いている。もはやツッコむ元気も残っていないのか、それとも先程よりはまだ共感できてしまうからなのかはわからないが、蓮はそこに言及しようとは思わなかった。
見せ場を作ったのは、彼女たちだけではない。
コートの中央で、結菜が自分に投げられたボールをガッチリとキャッチした。
「おおっ、ナイスキャッチ!」
チームメイトが声をかけると、結菜はニコッと笑い、ちょっとだけ肩をすくめてみせた。
「えへへ、今のはラッキーかな?」
——その仕草だけで、男子の何人かが撃沈する。
「かわいい……」
「なんかもう、仕草があざとい……」
「いや、でもあざといって思えないくらい自然……」
「わかる……」
そして、次の瞬間。
結菜がボールを振りかぶった。威力は凛々華には及ばない。心愛と同じくらいだろうか。
相手は果敢にキャッチを試みたが、ボールを取り損ねた。
「やった!」
嬉しそうに小さくジャンプしながら、手を軽く握る結菜。
そのほんの少しの動きに、再び男子の心が撃ち抜かれた。
「え、なにあのガッツポーズ……」
「尊すぎる……」
「ナチュラルに男子を殺しにきてる……」
……平和だな、と蓮は思った。
試合が進む中で、内野と外野が忙しく入れ替わるが、凛々華はまだ一度も外野に出ていなかった。
一時は彼女を狙うのを控えていた相手チームも、やはりキーマンを潰さなければと思ったのか、終盤にかけて凛々華を重点的に狙い始めた。
前後左右から揺さぶられても、凛々華は涼しい表情を崩さない。
相手チームは何度かボール交換を繰り返した後、初球を投げた女子が振りかぶった。
さすがの凛々華も、あれだけ揺さぶられた後では厳しいか——。
そんな空気が流れるが、その心配は杞憂に終わった。
キャッチは難しいと判断したのか、凛々華は足を広げて軽やかに跳躍した。
足の間をボールが通り抜ける中、流麗な紫髪がふわっと宙を舞った。
「凛々華ちゃん、格好いい!」
その背後でワンバウンドしたボールをしっかりと回収した心愛が、思わずといった様子で声を上げた。
それを皮切りに、放心していた観客が盛り上がる。
「すげえ!」
「あれを避けるの⁉︎」
「飛びすぎだろ!」
「柊さん、格好良すぎる……!」
「嫁にしてください……!」
最後二つは、女子のものだった。
「……男子だけじゃなかったね」
「……あぁ、平和だな」
樹と蓮はヒソヒソと言葉を交わした。
すると、同じく潜められた声が聞こえてきた。
「今の、よかったな……」
「あぁ。初音しか注目してなかったけど、柊でも十分だ……」
何が十分なのかは、聞かずとも明らかだ。
(柊でもっていう言い方は、失礼だろ。いや、そもそも大前提として、会話自体が女子に失礼なんだが)
蓮はわずかに眉をひそめた。
その隣で腕を組んでいた蒼空が、ふとニヤリと笑った。
「蓮は柊を応援しなくていいのか?」
「は?」
蓮は目を瞬かせた。
「なんで俺が?」
「いや、ほら、やっぱ気合い入るじゃん? 知り合いからの応援ってさ」
「別に俺が言わなくても勝手に活躍するだろ。現に無双してるし」
「ま、そりゃそうだけど」
蒼空は楽しそうに肩をすくめた。
その横で、樹が小さく笑っている。
「蓮君が応援したら、柊さんの動きが鈍ったりしてね」
「意味わかんねえけど、とりあえず馬鹿にしてるのはわかるぞ」
「そんなつもりじゃ——いひゃいいひゃい!」
蓮が樹を制裁している間にも、試合終了の時間が迫っていた。
最後は凛々華が見事にヒットさせたところで、ホイッスルが鳴った。
その瞬間、クラスメイトたちはわっと歓喜の声を上げた。
「ナイスゲーム!」
「柊さん、マジで強かった!」
「めっちゃカッコよかったよ!」
女子たちの黄色い歓声が響く中、凛々華は特に喜ぶ様子も見せず、いつものように静かに髪を整えた。
だが、男子たちは——。
「柊さん……」
「次の試合、当てられるたびに罵ってくんねえかな……」
「負けたら『情けないわね』って言ってくれねえかな……」
「むしろ当てられにいこうかな……」
「つーか、シンプルに踏んでくんねえかな……」
小声でそんな願望を囁き合っていた。
それを聞いた蓮、蒼空、樹の三人は、なんとも言えない表情で顔を見合わせた。
「……なあ、ウチの学校、大丈夫か?」
「うーん……まあ、害はないから……?」
「むしろ柊に言ったら、マジで冷たく見られそうだけどな」
それはそれで、彼らにとっては「ご褒美」になりかねない。
「……もう何も考えねえほうがいいな」
蓮はそう結論づけ、自分たちの試合に集中することにした。
——なんだかんだ言っていた男子たちも、やはり女子の前で情けない姿は見せたくなかったのだろう。
しっかりと全員が勝つために戦い、無事に一回戦を突破した。
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