第65話 夏海と亜里沙の用事
夏海と亜里沙は、まるで先生からの説教を待つように、頬をこわばらせていた。
「水嶋と井上。俺たち三人を呼び出して、どうしたんだ?」
蓮が代表して尋ねると、夏海と亜里沙は緊張した様子で唇を湿らせた。
目を見合わせ、亜里沙が口を開く。
「実は今日、三人を呼んだのは、謝りたいことがあったからなんだ」
「謝りたいこと?」
「うん……金城君のことだよ」
「金城……大翔のことか?」
彼が退学処分になってから、もう一ヶ月以上が経過している。思い出すまでに少し時間がかかった。
樹も凛々華も、意外そうに目を見張っている。
「今さら虫のいい話だっていうことはわかってるけど……でも、謝らせてほしいの。黒鉄君、桐ヶ谷。あのとき、見て見ぬふりをしちゃって本当にごめんなさい」
「私も、謝って許されることじゃないのはわかってるけど……本当にごめん」
亜里沙に続き、夏海も深々と頭を下げる。
蓮と凛々華はどこか納得したような表情を浮かべていたが、樹は混乱したような声を上げた。
「え、えっと……なんでいきなりそんな前のことを?」
「えと、それは……」
「私が、黒鉄君に告白したんだ」
言い淀む亜里沙に代わり、夏海が言った。
「えぇ、そうだったの⁉︎」
樹が大声を出してから、慌てて口をふさいだ。
確かめるように、蓮に視線を送ってくる。蓮はわずかに頬を緩めつつ、うなずいた。
「そのときに、やっと気付いたんだ。黒鉄君や桐ヶ谷君を見捨てた私に、彼女になる資格なんてないんだって。黒鉄君が直接そう言ったわけじゃないけどね。優しいから……でも、そういう側面はあったよね? もちろん、それがなければ成功していたなんて思ってないけど」
「まあ……そうだな」
蓮は少し迷ってから、素直に認めた。
「私ね——」
亜里沙がかすれた声を出した。
「最初は正直、男子の問題だし、どこか他人事みたいに思ってた。今後の身の振り方はきちんと考えたほうがいい。加担するのはもちろん、静観だって立場としては肯定と同じだ——。黒鉄君にそう言われたときは確かにそうだって思ったけど、その後は黒鉄君も桐ヶ谷君も普通に接してくれてたから、許されたんだと思ってた……ううん、きっと許してくれてるんだろうって、勝手に捉えてた。自分の非を認めたくなかったから」
最低だよね、と亜里沙が自嘲の笑みを浮かべた。
その顔が歪む。
「でも、夏海の話を聞いて、自分が黒鉄君や桐ヶ谷君の立場だったらどう感じるだろうって考えて、初めて自分がいかに醜くてひどいことをしていたかに気づいたんだ。あのときも、今までも、本当にごめんなさいっ……!」
「私もっ……自分の行動を棚に上げて、何にもなかったみたいに話しかけて、挙げ句の果てに黒鉄君には告白までして……本当にごめんっ……!」
そう言って深々と頭を下げる亜里沙と夏海の声は、わずかに震えていた。
顔を上げた彼女たちの瞳には、光るものがあった。しかし、それをこらえるように、二人は強く唇を噛みしめていた。
「……柊さんも、ごめんなさい」
亜里沙と夏海が、凛々華へと視線を向けた。
「あのとき、ちゃんと金城君に向かって反対の声を上げてたのは柊さんだけだった。いまさら普通に話しかけて何様のつもりだって、不快にさせてたよね」
「私たちにそんな権利、あるはずがないのにね……ごめんなさい」
凛々華は一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……私のはただのわがままよ。許すも許さないも、黒鉄君と桐ヶ谷君次第だわ」
そう言って、蓮と樹へ視線を向ける。
樹は蓮に譲るような仕草をした。蓮は静かにうなずくと、一歩前に出た。
「二人とも、まずはありがとう」
「「……えっ?」」
思ってもみなかったのだろう。亜里沙と夏海は戸惑いの表情を浮かべた。
そんな二人に、蓮は微笑みかけ、
「自分からこういう話をするのって、すげえ勇気のいることだし、時間が経ってる分、なおさら難しいと思う。ちゃんと言葉にして伝えてくれて、嬉しかった」
「「……!」」
二人の目が見開かれ、透明な雫が頬を伝い、床にシミを作った。
凛々華は呆れたようにため息を吐き、樹も苦笑しながら口を開いた。
「蓮君って、そういう人だよね……でも、僕も誰かから強制されるわけでもなく、そういうふうに言ってくれたのは、すごく嬉しかったよ。クラス全員は無理だけど、二人のことはもう許してる——というか、そもそもそれが普通の反応だと思うしね。蓮君と柊さんがすごいだけなんだよ」
そう言って、樹は呆れたように蓮と凛々華を見た。
蓮は苦笑しつつ、肩をすくめた。
「それはわかんねえけど、水嶋と井上は大翔と島田が俺を陥れようとしたときに、こっちに味方してくれたしな。だからこそ普通に接してたし、あんまり気を遣いすぎないでくれると嬉しい」
「僕も同じだよ」
蓮の言葉に、樹もうなずく。
しかし、夏海は申し訳なさそうに口を開いた。
「でも、それじゃ申し訳ないよ。何か償いをさせて」
「えぇ。これもまた、わがままなのはわかっているけど……」
亜里沙も申し訳なさそうに同意した。
「償い? うーん……」
樹が唸り声を上げる隣で、蓮はサッと手をあげた。
「なら、俺からいいか?」
「何?」
亜里沙と夏海が身を乗り出す。
「一つ、俺たちと約束してくれ」
「約束?」
「もし今度、俺とか樹みたいな目に遭ってるやつがいたら、ほんの少しでもいいから気にかけてあげてほしいんだ。もちろん、自分のできる範囲でいいから」
「「「……ハァ」」」
蓮が言い終わると、一拍空けて、今度は四人の口から一斉にため息が漏れた。
「な、なんだよ」
蓮が動揺すると、樹がわざとらしくため息を吐いた。
「なんていうか、蓮君って、蓮君だよね」
「えぇ、言い得て妙だと思うわ」
凛々華が即座にうなずいた。
「どういう意味だよ⁉︎」
蓮がわざと大袈裟に反応すると、教室には和やかな笑い声が広がった。
「でも、僕もそれがいいな。謝ってもらった上に何かされても、逆にこっちが申し訳なくなっちゃうしね」
「二人がいいのなら、私から特に言うことはないわ。ただ、彼らの信頼は裏切らないでほしいけれど」
「うんっ……絶対に裏切ったりしないよ」
「約束する。もう二度と、見て見ぬふりはしないって」
夏海と亜里沙は、力強く言い切った。
二人の瞳には、強い決意が宿っていた。
(水嶋と井上のこういう一面を見れたんだと思えば、大翔にも少しくらいは感謝するべきかもしれないな)
蓮はほんの少し、皮肉めいた笑みを浮かべた。
別れ際、夏海はそっと凛々華のそばへ寄ると、小声で囁いた。
「こんなこと言える立場じゃないけど……応援してるから」
「っ……」
凛々華は一瞬、驚いたように目を瞬かせる。
彼女が何かを言う前に、夏海は笑って続けた。
「ふふ、大丈夫。ちゃんと自分の中で整理はついてるよ。でも——」
夏海がスッと瞳を細めた。
「もし二人の距離が離れたときに、私の中でまだ炎がくすぶってたら、遠慮なく狙わせてもらうけどね。最後まで走り切ったやつが勝つっていうのが、私の座右の銘なんだ」
そう言ってウインクし、夏海は凛々華のもとを離れた。
「……」
凛々華は黙ってその後ろ姿を見つめた後、ゆっくりと視線を外し、そっと息を吐いた。
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