第64話 人間の最強の武器
蓮がバレーに続いてドッジボールへの参加を表明してからほどなくして、全ての競技のメンバーが決まった。
一度、全員が自分の席に戻った。
「ドンマイ、とでも言えばいいのかしら?」
凛々華が黒板に目を向け、おかしそうに言った。
「うるせえ……つーか、柊も三種目出るんじゃねえか」
凛々華の出場する種目はバスケ、バレー、ドッジボール——奇しくも、蓮と全く同じだった。
彼女は苦々しい表情になった。
「……バスケは元から出る予定だったのだけれど、バレーとドッジボールは後ろの人に誘われたのよ」
「後ろ? ……あぁ、初音か」
蓮がそちらを向くと、心愛が満面の笑みでピースをした。
「えへへ、凛々華ちゃんって運動得意だし、一緒に出たいなって思ってさ〜」
その無邪気な笑顔を見て、蓮は確信した。
「……結局、人間って素直さとか真っ直ぐさが最強の武器なんだろうな」
「……そうね」
蓮も凛々華も苦笑していたが、それは決してネガティヴなものではなかった。
それは伝わっているのだろう。心愛はニコニコと笑ったまま、
「黒鉄君も、青柳君と桐ヶ谷君に押し切られたもんね〜」
「まあな。あっ、そうだ」
心愛の言葉で思い出し、蓮は二つ後ろの席に座っている人物——樹の元へ歩み寄った。
「おい、樹」
「何、蓮君——ふぐっ」
問答無用で、その白い頬を摘む。
(おぉ、やわらけえ)
そのもちもち度合いに驚きつつも、蓮は容赦なく左右に引っ張った。
「よくも、俺がドッジボールに参加せざるを得ない流れを作ってくれたなぁ」
「い、いひゃいいひゃい!」
樹が涙目になりかけたところで手を離してやると、彼は頬を抑えながら唇を尖らせた。
「イタタ……なんで僕だけなの? 青柳君は?」
「蒼空は天然だからいいんだよ。お前は狙ってやっただろ」
「ギクッ」
「口で言うな」
蓮は樹の脳天にチョップを落とした。
「あはは、桐ヶ谷君って意外に策士なんだね〜」
「そんなことないよ。蓮君と一緒にやりたかったのは本当だもん」
「うるせえよ。つーか、初音とは普通にしゃべれるんだな」
「えっ? ……あっ、確かに」
樹は言われて初めて、自分が自然体で心愛と言葉を交わしていたことに気づいたようだ。
「確かに、いつもショートしかけてるもんね〜。女の子、苦手なんだ?」
「いや、まあ、苦手というかちょっと怖いって感じなんだけど……初音さんは雰囲気が柔らかいから、大丈夫なのかも」
「確かに、柊と初音じゃ圧力が違うもんな——いてぇ⁉︎」
蓮の言葉が終わらないうちに、凛々華が思い切り彼の脇腹をつねった。
「あはは。黒鉄君も黒鉄君だけど、凛々華ちゃんもそういうところだと思うよ〜」
「「っ……」」
心愛に楽しそうな笑顔で指摘され、蓮と凛々華は揃って頬を染めた。
ちょうどそのタイミングで、教卓の前で確認作業を行なっていた夏海と蒼空がパンパンと手を叩いた。
「みんな注目ー! 確認は取れたから、とりあえずはこのメンバーで行くよ! 明日から球技大会までは、体育とか昼休みは練習に充てるから、みんなできる限り参加してね!」
「頼むぞー。それじゃ、解散!」
蒼空が場を締めるように、パンっと手を鳴らした。
待ってましたとばかりに、数人の男子が教室を飛び出していった。テニス部の田辺たちだ。部活に行くのだろう。
蒼空もそちら側かと思いきや、蓮の元に歩いてきた。
蓮はヒョイっと手を上げて、ねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れ。実行委員も大変だな」
「おー。それよりサンキューな! 三つも出てくれて」
「ま、せっかくの機会だしな。やれるだけやってみるよ」
「おう、頼むぜ! 柊も、三個も出てくれてありがとな!」
蒼空が凛々華に笑みを向けた。
凛々華は軽く肩をすくめた。
「別に、私が決めたことだもの」
「でも、そのおかげで女子は早く終わったからね! 助かったよー」
結菜が会話に加わってきた。
蒼空がちらっと黒板に視線をやり、
「そういう藤崎も三つ出るんだろ?」
「うん! でも、三つ目はいろんな兼ね合いで、仕方なくって感じだけどねー」
結菜は困ったように微笑んだ。すぐに無邪気な笑みに戻り、
「青柳君は自分から三つもエントリーしたんでしょ? さすが実行委員だね!」
「ま、スポーツはなんでも好きだし、苦手なやつに二個も三個も出てもらうのは申し訳ねーからな」
「なるほど、優しいんだね!」
結菜の真っ直ぐな賛辞に、蒼空は照れたように頭を掻いた。
「そんなことねーよ。その分、頭使う作業とかは肩代わりしてもらうつもりだからな」
「あはは、勉強はちゃんとしないとダメだよ? 赤点はともかく、赤評取ったら会長権限で強制勉強合宿だからね!」
「うえ⁉︎ それは勘弁してくれ……」
蒼空の顔から血の気が失せた。
結菜はクスクス笑った後、イタズラっぽい表情で付け足した。
「特別講師で、柊さんと黒鉄君もついてくるよ?」
「えっ? それなら——いや、やっぱり勉強は嫌だ」
「えー、それ、私とは嫌だけど二人ならまだマシってこと?」
結菜が唇を尖らせ、小首をかしげた。
「そ、そういうわけじゃねーって」
「ふふ、わかってるよ!」
慌てる蒼空を見て、結菜は口元に手を当てて楽しげに笑った。
小悪魔的な振る舞いを嫌味なくできるのも、彼女がクラス会長として人気な要因だろう。事実、男子からの人気の大半は、結菜と凛々華が独占している状態だ。
(そう思うと、小悪魔どころか普通に素っ気ないのに藤崎と肩を並べてる柊って、やっぱりすげえんだな……)
蓮が感心したような目線を向けると、凛々華がわずかに眉を寄せた。
「……何?」
「いや、帰るか」
「ちょっと怪しいけれど……まあ、いいわ。そうしましょう」
蓮の視線がネガティヴなものではないことは察しているのか、凛々華に気を悪くした様子はなかった。
「二人とも、じゃあね!」
「また明日な!」
結菜と蒼空の挨拶に、凛々華は「えぇ」と淡々と返し、蓮は「また明日な」と軽く手を上げた。
翌日から、夏海の言葉通り、体育の授業と昼休みは球技大会の練習に充てられることになった。
とはいえ、全クラスが同じように動くため、昼休みの練習時間や場所は限られていたが。
放課後は基本的に練習しない。それぞれ部活があるため、そちらを優先すべきだし、そもそも練習場所もほとんどないからだ。
だから、実質昼休みに多少拘束される程度で、蓮と凛々華は授業が終わればすぐに帰宅できる——はずだったのだが。
メンバー決めの翌日、彼らは樹も加えた三人で空き教室に向かっていた。
呼び出されていたからだ。先生ではなく、クラスメイトに。
「なんの用事なのかしら?」
「さぁ、なんだろうな?」
「この三人の共通点なんて、あんまりないもんね」
「だよなぁ」
などと話しつつ、それでも行ってみればわかるだろうと指定された教室にたどり着くと、
「よかった。来てくれて」
「三人とも、急に呼び出しちゃってごめんね」
彼らを呼び出した張本人——夏海と亜里沙が待っていた。
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