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第63話 球技大会のメンバー決めでイモりたかった

 (れん)蒼空(そら)と昼休みに一対一の激闘を演じた日の放課後、クラスの空気はいつもより活気づいていた。

 彼らの対決動画で盛り上がっていた——わけではない。いよいよ迫ってきた球技大会の選手決めが行われるのだ。


「よーし、じゃあ順番に決めていこう!」


 体育祭実行委員の蒼空と夏海(なつみ)が、ホワイトボードの前に立ち、クラスの面々に呼びかけた。


「競技はサッカー、バスケ、ドッジボール、バレー、野球の五つ。一人最低一種目には出てもらうからね!」


 夏海がハキハキとした口調でそう言うと、クラスのあちこちで軽いざわめきが起こった。

 運動の得意な生徒は瞳を輝かせ、苦手な者は「なるべく楽そうなものを……」と頭を悩ませている。


 競技は男女別のため、男子は教室の右半分に集まる。


「ま、とりあえず希望制で埋めていこうぜ。被りすぎたら調整ってことで! まずバスケやりてーやつは? はいっ!」


 蒼空が楽しげに手を上げた。続いてバスケ部の英一(えいいち)江口(えぐち)などが手を挙げる。

 当然、蓮も立候補した。バスケ以外でエントリーする気もなかった。


 蓮のように複数種目への参加に消極的な生徒も多く、一人一種目ずつ決めるまでは順調だったが、その後の調整が難航した。

 蒼空のような運動好きは進んで三種目にエントリーしていたが、まだ多くの競技に空きがあった。


「うーん、どうすっかなー……」

「こっちは終わったよー。男子はどう?」


 蒼空が困ったように唸っていると、夏海が軽く手を振りながらやってきた。

 クラス会長の結菜(ゆいな)、そして彼女といつも一緒にいる玲奈(れいな)日菜子(ひなこ)も一緒だ。


「あれ、黒鉄(くろがね)君は一種目しか出ないの?」


 黒板を見て、玲奈が首を傾げた。


「あぁ。バスケ以外はほとんどやったこともねえからな」

「それは結構みんなそうじゃない? あれだけの身体能力あるなら、絶対に他の競技でも活躍できると思うんだけど」

「私もそう思う!」


 玲奈の言葉に、日菜子が勢いよく同意した。

 蓮が口を開く前に、さらに畳みかけた。


「バレーとかいいんじゃない? 背も高いし、ジャンプ力もあるからアタックもブロックもできそうじゃん!」

「あぁ!」

「確かに!」


 その提案に、周囲が一気に盛り上がる。


「黒鉄、バレーも出ろよ!」

「絶対強いって!」


 流れに乗っかるようにクラスメイトが次々と声を上げる中、蒼空が蓮に目を向けた。


「蓮、嫌じゃなきゃ一緒にやろうぜ!」

「……」


 無邪気な笑みを向けられ、蓮は喉まで出かかった断りの言葉をグッと飲み込んだ。


「……わかった。バレーも出るよ」

「「「おぉー!」」」


 蓮の返答に、どよめきと歓声が上がった。


(イモってるつもりだったんだけどな……)


 一つ息を吐き、黒板の男子バレーの欄に名前を書こうと、チョークに手を伸ばした——その瞬間。


「「あっ」」


 同じタイミングで夏海も手を伸ばしていたらしく、指先がふっと触れ合った。


「あっ、ご、ごめん!」

「いや、こっちこそ悪いな。自分で書くよ」

「う、うん。じゃあ、お願い」


 夏海は告白以降も表面上はそれまで通り接してくれていたが、今回ばかりは取りつくろえなかったようだ。

 平静を装っていたが、笑顔の端がかすかに引きつっていた。


 幸いにも、盛り上がっているクラスメイトたちは、近くで起きていたちょっとしたハプニングに気づかなかったようだ。


「バレー部に加えて、青柳(あおやぎ)君と黒鉄君がいるとかもう最強じゃん!」

「バレー、めっちゃ期待できそう!」

「そんな期待されても困るけどな……残り一人だけど、誰かバレー出てくれるやつ、いねーか?」


 蒼空が苦笑いを浮かべつつ、男子の顔を見回す。

 英一がサッと手を上げた。どことなく得意げな表情で、


「じゃあ、僕がやるよ」

「あっ、マジ? サンキュー!」


 蒼空がバレーの最後の一枠に、英一の名前を書き込んだ。


(……ま、二種目くらいは仕方ないか。さすがにもう声はかからないだろ)


 そんな蓮の淡い——というには現実的な——期待を壊したのは、またしても日菜子だった。


「それで言うとさ、黒鉄君ってドッジボールもできそうじゃない?」

「——えっ?」


 油断していた蓮は、一瞬言葉に詰まった。


「確かに! 避けるのとかちょーうまそう!」

「投げるのも得意そうだよね! 片腕でシュートしてたし」

「あっ、そうじゃん!」

「ここでも青柳君とのコンビが見られるんじゃない?」

「それ激アツ!」


 蓮の返事を待たず、クラスメイトはワイワイ盛り上がった。

 我に返った蓮は慌てて、上流から下流に流れる川のように滑らかに進んでいく話の流れをせき止めにかかった。


「おい、ちょっと待て。俺はまだやるとは——」

「えー、蓮君がドッジボール出てくれると助かるんだけどなぁ」


 わざとらしい口調で蓮の言葉を遮ったのは、(いつき)だった。


「いや、なんでだよ」

「だって、ドッジボールって基本的に、僕みたいな運動苦手な人が立候補するからさ。青柳君と黒鉄君っていう運動神経お化けコンビがいてくれたら、心強いと思ったんだけど」

「うんうん、そうだよね桐ヶ谷(きりがや)!」

「いいこと言うじゃん!」

「あえっ? あっ、え、えっと……!」


 玲奈と日菜子に距離を詰められ、樹がうわずった声を出した。

 相変わらず、女の子への苦手意識は克服されていないらしい。


 もっとも、その反応はクラスメイトからすれば慣れたものだ。

 童顔である樹のそんな反応は母性をくすぐるのか、女子たちは「かわいい!」と黄色い声を上げている。


「蓮、どうする? もう二つ出てもらってるわけだし、無理にとは言わねーけど」


 蒼空が申し訳なさそうな表情で尋ねてくる。

 ここで彼が乗り気で誘ってきていたなら、蓮にも断るチャンスはあっただろう。


 しかし、気遣うような素振りを見せられては、逆に断りづらくなるのが人情というものだ。

 ——蒼空の瞳の奥に、まるで「一緒にやろーぜ!」とでも言いたげな期待の光が宿っていたのならば、なおさらだ。


「……わかったよ。ドッジボールも出る」

「マジ? 助かる!」


 蒼空がノリノリで蓮の名前を書き込む。

 再びクラスが沸いた。


「おっ、ここでも運動神経お化けコンビ爆誕か!」

「運動神経お化けコンビが三種目で揃ってるとか、俺ら優勝したんじゃね?」

「頑張ってねっ、運動神経お化けコンビ!」

「「その呼び方やめろ」」


 蓮と蒼空が同時にツッコみ、クラスは笑いに包まれた。

 ——こうして、彼ら運動神経お化けコンビの対決は、バスケこそ蓮が辛勝したものの、球技大会のメンバー決めは蒼空の圧勝で幕を下ろした。

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