第59話 陽キャの幼馴染とツーショットを撮った
「つ、ツーショット……? ——っ!」
うわごとのようにつぶやいた後、じわじわと顔を赤らめる凛々華の反応を見て、蓮は自分の言葉が少し足りなかったことに気がついた。
「あ、いや。これは恵さんからのミッションでさ。ツーショットを撮ってこいって言われたんだ」
「……あっ、な、なんだ。そういうことね……」
慌てて説明すると、凛々華は一瞬きょとんとした後、ふっと小さく息を吐いた。
(やっぱり恵さんの勘繰りすぎなんじゃねえか?)
どこか安堵したような表情を見せる凛々華を見てそんなことを思いつつ、蓮は海がバックになるように携帯を構えた。
遥香と遊んだときに、ツーショットを撮ったことは何度もあるが……
(……なんか、恥ずいな)
むず痒さを覚えているのは凛々華も同じようで、蓮の隣に並んだはいいものの、緊張した面持ちを浮かべていた。
「えっと……ど、どういうふうにすればいいのかしら?」
「と、とりあえず二人で並んでればいいんじゃないか?」
「そ、そうね……」
ぎこちない会話を交わしながら、蓮がシャッターを押そうとした、その瞬間——。
「Excuse me! よかったら写真、撮りまショウカ?」
不意に、どこかイントネーションの怪しい日本語が飛んできた。
「その代わり、ワタシたちのモ撮ってもらっていいデスカ?」
そこには、陽気そうな外国人のカップルが立っていた。
屈託のない笑顔を浮かべ、スマホを片手にこちらを見つめている。
対価のように言われては断りづらく、蓮と凛々華はお互いに視線を交わした後、小さくうなずいた。
「じゃ、お願いします」
「Thank you! さぁ、もっと近づいて!」
「へ……?」
蓮のスマホを受け取った外国人男性が、無邪気な笑顔で言う。女性のほうも楽しげに、
「日本人はシャイね! そんなに離れちゃダメヨ! もっとくっついて、くっついて〜!」
手をひらひらと振りながら促してくる。
「い、いや、俺たちは——」
蓮が否定しかけたその瞬間——凛々華がスッと距離を詰めてきた。
「ひ、柊⁉︎」
驚きで思わず声を上げると、凛々華はわずかに顔を赤らめつつ、顔を逸らしながら視線だけで蓮を見上げ、小声で言った。
「あ、ああいう人たちは何を言っても聞かないわ。早く終わらせましょう。それに……恵さんのおかげで無料で水族館を楽しめたんだもの。多少は彼女の望むような写真にするべきだわ」
「ま、まあ確かに……」
妙に真面目な凛々華の言い分に、蓮が感心半分、呆れ半分で納得していると、
「Very good! その見つめ合う感じ、イイねー!」
「「っ……!」」
カメラを構えていた外国人男性の一言に、二人の顔が一瞬にして赤く染まった。
「オーケー!とってもナイスな写真撮れたヨ!」
「あ、ありがとうございます」
蓮はどこか気疲れを感じながらスマホを受け取り、今度は撮影側へと回る。
外国人カップルは羞恥心などなんのその、男性は女性の肩に、女性は男性の腰に手を回し、密着していた。
「す、すごいわね……」
凛々華が圧倒されたようにつぶやいた。
「そうだな……これが文化の違いか」
蓮も苦笑しながら同意しつつ、シャッターを切っていった。
◇ ◇ ◇
「疲れたな……」
「そうね……」
最後まで陽気だった外国人カップルと別れ、蓮と凛々華は帰りの電車に揺られていた。
蓮は座席に身を預けた。ウトウトと眠気に襲われた。
(まぁ、朝から結構歩き回ったしな……)
そう思った矢先——。
——こてん。
微かな重みを感じ、蓮はハッと目を開ける。
(え……?)
隣を見ると、凛々華が蓮の肩にもたれかかっていた。
口からはすぅ、すぅ、と規則正しく空気が漏れていた。
(……寝てるのか)
その無防備な横顔は、いつもの凛とした表情とはまるで違い、どこかあどけなさを感じさせる。
長いまつげが静かに伏せられ、アメジスト色の瞳はそっと閉じられていた。
普段は気の強い彼女が、こんなにも無防備な姿を晒しているのが新鮮で、蓮はなんだか落ち着かない気分になった。
(……いや、まあ、これは仕方ねえよな)
同級生の女の子がもたれかかってきていて、甘い匂いに鼻先をくすぐられているのだ。
健全な男子高校生であれば、意識しないほうがおかしいというものだろう。
無警戒すぎるのではないかとも思うが、わざわざ起こすのも悪い気がして、蓮は結局そのまま動かずにいた。
驚きが吹き飛ばした眠気は、二度とやってくることはなかった。
最寄りの駅に着き、二人は並んで歩き出した。
「……」
「……」
珍しく、ほとんど会話はなかった。
凛々華がいつになく静かだったからだ。
(俺の肩にもたれて寝ちゃったのが、恥ずかしいんだろうな)
原因はわかっているため、蓮も無理に言葉を交わそうとはしなかった。
——それに、多少意識してしまっているのは彼も同じだった。
結局、ほとんど言葉を交わさないまま、柊家の前に到着した。
「それじゃ、また明日——」
「そ、そのっ」
蓮が別れの挨拶を切り出したところで、凛々華が意を決したように声を出した。
そして、少し恥ずかしそうに視線をそらしながらも、ゆっくりと口を開いた。
「今日は……楽しかったわ」
そう言って一瞬だけ蓮に視線を向けて、凛々華は柔らかく微笑んだ。
「っ……!」
蓮は息を呑んだ。
白い街灯の元に照らされたその笑顔は、水族館で見た幻想的な光景が全て霞んでしまうほど、神秘的なものだった。
「そ、それじゃあ、また明日!」
蓮が反応する間もなく、彼女は玄関の扉を開け、逃げるように家の中へ消えていった。
——バタン。
「——はっ」
扉が閉まる音で、蓮はようやく我に返った。
「……ふぅー」
ガシガシと後頭部を掻きながら、いつの間にか頬に集まっていた熱を逃すように長く息を吐き、踵を返して帰路についた。
「兄貴、お帰り! 楽しかった?」
「あぁ、まあな」
「ちょっとは進展なされましたかい?」
「だから、そういうのじゃねえっつーの」
ニマニマと笑う遥香の追求を交わし、蓮がリビングでゆっくりしていると、凛々華からメッセージが送られてきた。
——一応、写真を送ってもらってもいいかしら。
「あっ、そういえば」
共有していなかったな、と思い出し、蓮は写真を選択した。
しかし、彼はすぐに、その作業を自室で行わなかったことを後悔することになる。
「——えっ、何その写真!」
(……やべっ)
蓮が失態を悟りつつ振り返ると、案の定、覗き込むように身を乗り出していた遥香が、キラキラと瞳を輝かせていた。
「恋人みたい! ねえねえ、やっぱり付き合ってたの⁉︎」
「だから、そういうんじゃねえって。ちょっとノリのいい外国人のカップルがいてさ、その人たちのテンションに押されて——」
蓮は必死に写真が出来上がった経緯を説明したが、遥香はニヤニヤと笑うばかりだった。
腹が立ったので、ゲンコツを落としておいた。
翌日、ミッション達成の報告ついでに恵にも同じ説明をすると、彼女も遥香と同様のリアクションをした。
妹ならいざ知らず、バイトの先輩——しかも女性——にゲンコツを落とすわけにはいかなかったので、恨めしげに睨みつけることしかできなかったが。
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