第46話 お誘い
凛々華は蓮の元を去っていく夏海に鋭い視線を向けた後、腕を組みながらツカツカと歩いてきた。
(柊のやつ、どうしたんだ?)
何やら不機嫌そうな様子に、蓮は混乱した。
「黒鉄君」
「どうした?」
「水嶋さんと何を話していたのかしら? 私の名前が聞こえたのだけれど」
(あっ、そういうことか)
蓮は一人納得した。
確かに自分のいないところで自分の話をされていたら、不快感を覚えても不思議ではない。
「仲良いよなって言われたから、友達だって話しただけだぞ」
「……そう」
凛々華は腕を組み、小さくつぶやいた。一応は納得してくれたみたいだが、あまり機嫌は治っていないようにも見える。
蓮は慌てて話題を変えた。
「それより、ホームルームの前に言いかけてたことってなんだ?」
「あぁ……あなたの働いてるカフェでテストの反省会でもしないかと思ったのよ。ほら、お互い得意教科が違うでしょう? 一人でやるより、効率がいいと思うし」
「なるほど、やっぱりそういうことか。よかった」
蓮は安堵の息を吐いた。
凛々華が訝しげに眉を寄せた。
「どういうことかしら?」
「柊の言葉からそうなんじゃないかって予想して、蒼空たちとか水嶋からの誘い断ってたからさ。俺の勘違いだったらめっちゃ滑稽になるところだった」
「あぁ、そういうこと」
凛々華が片眉を上げた。
どこか落ち着かない様子で、制服の袖口をそっと摘まんだ。指先を軽く動しながら、視線をだけを蓮に向けて問いかけた。
「それぞれどんなお誘いだったの?」
「蒼空たちからはカラオケで、水嶋からはお茶でもしねえかって。進撃談義がしたいらしくてさ」
筆箱のキーホルダー見せると、凛々華はわずかに顔をしかめながらうなずいた。
「あのグロいアニメね」
一度好きなアニメの話になり、おすすめしてみたのだが、小説と違って漫画やアニメの趣味は合わないようだ。
「国民的作品だし、私とは合わなかっただけだけれど、悪いことは言わないから、女の子に一作目として勧めるのはやめなさい。おそらく水嶋さんが特殊なだけだから」
「確かにそうだな。遥香も好きだから、ちょっと感覚バグってたわ」
「それは間違いなくあなたの影響でしょう。遥香ちゃんの将来が心配だわ」
「おい」
蓮がじっとりとした目を向けると、凛々華はクスッと小さな笑い声を漏らした。
すぐにハッと気づいたのか、咳払いを一つして澄ました表情に戻る。だが、口元にはまだわずかに笑みの名残が見え隠れしていた。
(……よくわからんけど、機嫌は治ったみたいだな)
蓮は凛々華の様子を横目で見ながら、内心で小さく息を吐いた。
「それじゃあ——」
行くか。
そう蓮が言いかけたとき、凛々華を呼ぶ声がした。
「柊さん——」
結菜が教室の中から手を振っていた。
「っ……」
凛々華は小さく息を呑んだ。
しかし、すぐに変わらぬ淡々とした表情へと戻る。
「何かしら?」
「みんなで打ち上げをやるんだけど、一緒に遊ばない? せっかくテストも終わったし、こういう機会に息抜きするのもいいと思うんだ。柊さんってあんまりこういう場に顔を出さないし、もしかしたら大人数とか好きじゃないのかもしれないけど……どうかな?」
結菜は柔らかい微笑を浮かべ、軽く首をかしげた。
凛々華は、軽く息を吐くようにしながら、そっけなく答えた。
「遠慮しておくわ」
「そっかー。残念だけど、無理に誘うのも悪いもんね」
結菜はちらりと蓮へと視線を送り、意味ありげに微笑んだ。そして、明るい声で付け加えた。
「じゃあ、またの機会ってことで! お話の邪魔しちゃってごめんねー」
結菜はウインクをしながら両手を合わせ、みんなとの会話に戻っていった。
「……行きましょう」
短くそう告げ、凛々華はやや早足で歩き出した。
蓮は一度だけ結菜に視線をやり、凛々華の背中を見て苦笑いを浮かべてから、その後に続いた。
◇ ◇ ◇
——翌日。
「そう。蒼空とか、他クラスも含めた男子六人でね」
蓮が休み時間に飲み物を買いに行ってから戻ってくると、英一が心愛相手に鼻息荒く語っていた。
どうやら、昨日のカラオケについて話しているようだ。
「他クラスの人も? すごいね〜」
「まあ、そんな大したことじゃないけどね。店も僕が予約したんだ。駅の近くにここら辺では一番安いところがあるからね」
「そうなんだ。よく知ってるね〜」
「カラオケは好きだからね。でも、やっぱり大人数のカラオケも楽しいけど、ちょっと気を遣う部分があるよね。好きな曲ばかりだと高得点で浮いちゃうから、みんなが知っているようなもので、しかもいい感じの点数が取れる選曲にもしないとだから」
「確かにね〜」
英一は話している最中も、チラチラと凛々華に視線を送っていた。
しかし、彼女は何も気にしていないように、いつも通りの手つきで一限で使った教科書やノートをカバンにしまっていた。
「へぇ、午後ティーじゃん!」
反対側から明るい声がかかり、蓮は振り返った。
夏海が机に頬杖をつきながら、蓮が机に置いたペットボトルに視線を向けていた。
「好きなの?」
「あぁ、まあ普通に」
「へぇー、なんか意外かも」
夏海がやや大袈裟に目を見開いた。
「何がだ?」
「てっきり、もっと苦いの飲んでるかと思った」
「そんなイメージか?」
「うん。黒鉄君ってその、大人っぽいし、ブラックコーヒーとか飲んでそうなイメージあるからさー」
「そんなことねえよ。逆にブラックとか、無糖系はちょっと苦手だ」
「あっ、そうなんだ! じゃあ、私と一緒だねっ」
夏海がカバンの脇のポケットから、カフェオレのペットボトルを取り出す。
「ほら、私これだもん」
ラベルを見せてくる。自販機などによく売っているものだ。
「あぁ、それうまいよな。俺もたまに飲むよ」
「本当? じゃあ、黒鉄君は結構甘いのも好きなんだね」
「人並みにな。水嶋も?」
「私は結構好きだねー。マックスコーヒーとかちょいちょい飲むし」
「マジか」
蓮は目を見張った。
一度飲んでみたことがあるが、さすがに甘すぎた記憶がある。
「黒鉄君は午後ティー以外には何飲むの?」
「そうだな。それこそカフェオレも飲むし、いちごオレも飲むし、あとはたまに売ってるバナナオレとか」
「オレばっかじゃん!」
夏海がぷっと吹き出した。
「……確かに、言われてみればそうだな」
「気づいてなかったの?」
「あぁ、全く」
蓮は若干の照れくささを覚えつつうなずいた。
「あー、おもしろっ……黒鉄君って、意外に抜けてるとこあるんだね」
「わりと言われるんだよな、それ」
蓮が不満そうにつぶやくと、夏海は口元に手を当て、おかしそうにクスクス笑った。
そのとき、背後から椅子を引く音がした。英一が席を離れていくところだった。
それが合図となり、蓮と夏海の会話は終了した。
「っはぁ〜……」
英一が教室から姿を消すと、心愛が思わずといった様子で息を吐いた。
「初音、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ〜」
心愛が指で丸を作りながら口元を緩めるが、いつものような無邪気なものではなく、どこか苦々しさが混じっている。うっすらと疲労がにじんでいるようだ。
どうやら、聞き上手も良いことばかりではないらしい。
「んー……」
心愛がうなりながら、前方に手を伸ばした。
凛々華の紫髪に触れ、「相変わらずサラサラだぁ」と笑う。
「……私の髪でリラックスされても困るのだけれど」
「いや、これは絶大な癒し効果があるよ〜」
ジト目にも動じず、心愛はほわほわと笑いながら、凛々華の髪を指にくるくると巻きつけた。
無邪気に楽しんでいる様子に、凛々華は微妙な表情を浮かべつつも、やめさせようとはしなかった。
(なんだかんだ、初音のことを心配してるんだろうな)
蓮が笑みをこぼすと、凛々華の鋭い視線が突き刺さる。
「何?」
「っ……」
蓮はわずかに息を呑んだ。いつもより、そして一限が終了した直後よりも声色が冷たい。
心愛に対して密かに怒っている、というわけではなさそうだ。
いつものように軽く流せる雰囲気ではなかった。
自分がまた何かしてしまったのか、と蓮は不安になりつつ、正直に言った。
「やっぱり柊ってなんだかんだで思いやりあるよなって、思っただけだ」
「っ……!」
凛々華は驚いたように、そのアメジスト色の瞳を丸くさせた。
視線を逸らして小さく「そう」と、言った。
唇が尖っていたため、さらに機嫌を損ねてしまったのかと蓮は内心でヒヤヒヤしたが、幸いにも二限が終わるころにはいつもの凛々華に戻っていた。
女の子って難しいな、と蓮は思った。
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