第45話 クラスの女子のノート運びを手伝った
「蓮——」
「どうした?」
背後から声をかけられ、蓮は振り向いた。
バスケ部の青柳蒼空だった。同じくバスケ部の江口、サッカー部の宇佐美も一緒だ。
「お前、この後予定ある? みんなでカラオケでも行かねえかって話になってんだけど」
遊びのお誘いだった。
蒼空とは入学してからしばらくはあまり面識もなかったが、ひょんなことから体育の準備を一緒にすることになり、そこから話すようになった。
その人となりを簡潔に現すのならば、陽気な天然だ。
大翔と芽衣にレイプ疑惑をふっかけられそうになった一件で、クラスメイトから事情を聞いたらしい彼から「大翔ってそんなやつだったんだな。大変だったな」と慰められたときは、さすがに驚いた。
心愛と同じギリギリ登校常習犯で、昼休みも江口や宇佐美とともに他クラスで食べている彼は、蓮が大翔にいじめられていることに気づいていなかったのだ。
そんな蒼空と行動をともにしている江口と宇佐美は、本来ならイケイケでもおかしくない部活に所属していながら、良くも悪くも穏やかな性格だった。
だからこそ、入学当初は大翔が幅を利かせることができていたし、今だってテニス部の田辺たちがでかい顔をできているのだ。
蒼空を除く二人の中には蓮への罪悪感もあるのだろうが、話のテンポも合うし、いい関係を築けていると思っている。
「俺らの他には、佐藤と上原も来る予定だけど、どうだ?」
佐藤と上原は、蒼空たちが昼食をともにしている他クラス生徒だ。蓮も面識があった。
大人数は苦手だが、彼らとなら楽しめそうな気がした。
しかし、直前の凛々華の発言が引っかかっていた。
勘違いだったら恥ずかしいが、テストの反省会と言っていたからには、この後どこかに行こうという話になるはずだ。
「悪い。ちょっと今日は無理なんだ」
「そりゃ残念だな……もしかしてあの人か?」
蒼空の視線の先には、穏やかな表情で心愛と言葉をかわす凛々華がいた。
どうやら、英一への不満は彼女なりに消化したようだ。
「さぁな」
蓮は肩をすくめた。まだ確定していない以上、そう答えるしかなかった。
しかし、蒼空たちはさもありなんとばかりにイタズラっぽい笑顔でうなずいた。
「ま、そういうことならしゃーねーな。進展があったかどうかは、次遊ぶときに聞かせてもらうぜ」
「なんであいつとって確定してるんだ? 否定も肯定もしてないぞ」
蒼空が得意げに、自らの頭を指さした。
「俺の第ゼロ感だ」
「第六感だろ。スラムダンクか」
「要チェックや」
「そこ選ぶやつあんまいねえだろ」
ペンとメモ帳を取り出した江口に蓮がツッコミを入れると、蒼空と宇佐美が吹き出した。
蓮も口元に笑みを浮かべたまま、蒼空に視線を向けた。
「そのボケしたからには、今日のカラオケで第ゼロ感歌えよ」
「えー、あれちょっと高くね?」
「いや、いけるって。諦めたらそこで試合終了ですよ」
蓮はスラムダンク随一の名言を引用した。
「楽しんでこーぜ」
「それ黒バスじゃね?」
蒼空の肩をたたく江口に、宇佐美がすかさずツッコミを入れた。
「あれ、そうだったっけ? 要チェックやわ」
「なんで弥生なんだよ」
蓮はわずかに語尾を変化させた江口に、笑いながらツッコんだ。
「せめて彦一で止めとけ——間を取ってさ」
「相田彦一か、うめえ!」
「黒バスの女監督も相田リコだしな!」
「うお、マジじゃん!」
蒼空と江口、宇佐美がワッと盛り上がった。
蒼空がキリッとした表情で、蓮の肩を叩いた。
「蓮、お前漫才師になれよ」
「なんでだよ。あと俺、相田リコのほうは全く考えてなかったし」
「おいおい、ちゃんと見とけよ。あれ作画いいんだから」
「音楽もかっけえよな。あっ、黒バスって言えばZEROあるじゃん。第ゼロ感と点数勝負しねぇ」
「おっ、受けて立つぜ!」
「じゃあ、蒼空の第ゼロ感と江口のZERO、試合決定で」
「ブレイキングダウンみたいに言うな」
などと盛り上がっていると、輪の外から声が聞こえた。
「——何、この後カラオケ行くの?」
「「「……」」」
声をかけてきたのは英一だった。
一瞬シーンとした後、蒼空が「そう。テストお疲れ様会でな」と返答した。
「じゃあ、僕が店予約しておくよ。誰が来るの?」
「えっ? あっ、いや、蓮は来れないから、俺と江口と宇佐美と、あと佐藤と上原の予定だけど」
「六人ね。この人数だったらなおさら、今のうちに予約しておいたほうがいいよ。近くで安いところあるから、そこでいい?」
「お、おう」
「わかった」
六人で予約しておくということは、英一は当然自分のことを頭数に入れているのだろう。
軽い足取りで去っていく彼とは対照的に、蒼空は困ったように笑い、江口と宇佐美に至っては、興醒めしたような渋い表情を浮かべていた。
「まあ、頑張れ」
蓮が近くにいた江口の肩を叩くと、ガシッと手首を掴まれた。
「蓮、やっぱりお前も来い」
「道連れだ」
反対側から宇佐美も脇の下に腕を差し込んでくる。
蓮は両腕を拘束されつつ、苦笑いを浮かべた。
「道連れって言ってやるなよ。次遊ぶときに話聞かせてくれ」
「くそ、一人だけ余裕そうな顔しやがって」
「リア充がよぉ」
「あっ、そうじゃん。なんか腹立ってきたな。一発デコピンさせろ」
「待て待て、理不尽だろ」
蓮は慌てて抗議の声を上げたが、結局その後、三人から一発ずつデコピンを受ける羽目になった。
◇ ◇ ◇
ホームルームが終わると、凛々華が教室の外へ出ていくのが見えた。トイレか何かだろう。
「ん……!」
力むような声が聞こえて蓮が振り返ると、夏海が大量のノートを抱えていた。
数学の教師が部活の顧問である彼女は、ワークノートの回収を命じられていた。
周囲には他にもクラスメイトがいたが、みんな我関せずとばかりにおしゃべりやゲームに興じている。
「水嶋、手伝うよ」
蓮は声をかけつつ、山になっていたノートの三分の二ほどを抱えた。
「えっ? あっ、ありがとう」
夏海は驚いたように目を見張った後、嬉しそうに頬をほころばせた。
「職員室までか?」
「うん。優しいんだね、黒鉄君」
「大したことじゃねえよ」
「そうやってサラッと言えるのが、すごいことだと思うよ」
夏海は屈託のない笑みを見せた。
純粋な賛辞を受けて、蓮はなんだか照れくさい気持ちになった。
「——ねぇ」
無事に職員室にノートを届けて、廊下に出たところで夏海が話しかけてきた。
「どうした?」
「黒鉄君ってさ、進撃好きなの?」
夏海が国民的作品である一方で、グロテスクな描写も多いダークファンタジーの名前を口にした。
「あぁ。なんで知ってるんだ?」
「筆箱にキャラのアクセがついてたからさ」
「なるほどな。水嶋も好きなのか?」
「そうなの!」
夏海が何やら嬉しそうにうなずいた。
「女子であれ好きって、ちょっと珍しいんじゃねえの? それなりにグロいし」
「そうなんだよ。見てる子は見てるんだろうけど、私の周りには全然いなくてさー」
快活にそう言った後、夏海は不意に足を止めた。
何かを言いかけては躊躇っていたが、やがて意を決したような表情で、蓮を見上げた。
「ね、ねぇ。せっかくならこの後、お茶しながら進撃談義でもしない? ほら、テストお疲れ様会ってことで!」
夏海が早口でそう言い、照れたように笑った。
蓮は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「悪い。この後ちょっと予定あるから、また今度でいいか?」
「あっ、そうなんだ……うん! 全然大丈夫だよー」
夏海は一瞬だけ瞳を伏せたが、すぐに朗らかに笑った。
どこかイタズラっぽい光を瞳に宿して、声をひそめて尋ねた。
「もしかして、柊さんと?」
「まあ、そんな感じだな」
蓮が曖昧な返事をすると、夏海は小さく息を呑んだ。
すぐに笑みを浮かべ、
「そっかそっか、二人って仲良いもんねー。ね、もしかして付き合ってたりするの?」
「いや、友達だよ」
「あっ、そうなんだ……」
夏海がどこか拍子抜けしたような表情になった。
何かを思案するように、あごに手を当てる。
「友達か、そっか……」
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ。それじゃ、ノート運んでくれてありがとう! また話そうねー」
「お、おう」
やや唐突感のある別れに、蓮は目を白黒させた。
何の気なしに夏海を目で追っていると、強烈な視線を感じた。
おそるおそるそちらに目を向けると、ハンカチを片手に自分を睨みつけている凛々華の姿があった。
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