第22話 芽衣からの謝罪
一緒に本屋やカフェを巡ったからと言って、蓮と凛々華の関係性に変化はなかった。
蓮が迎えに行く形で一緒に登校し、人目のつかない校庭の片隅で昼食を摂り、蓮が凛々華を自宅まで送り届けるのが定番の流れだ。
こうしてみると蓮がボディガードのような立ち位置に見えてくるが、彼は現状に満足していた。
必要なときだけ言葉を交わす凛々華との付き合いは気疲れがなく、意外にも日常会話が弾む時間は居心地が良かった。
しかし、二人の関係が変わらない一方で、彼らを取り巻く環境には一つ変化があった。
クラスメイトの島田芽衣が、ぱったりと話しかけてこなくなったのだ。
直近一週間ほどは、学校内で行動を共にしていた。
先日のお出かけで偶然顔を合わせた際には、彼女から声をかけてきた。そのときも特段変な様子は見られなかったが、週明けからピタリと接触が途絶えている。
ただ、全く関わりがなくなったわけではない。なぜか蓮に頻繁に視線を送ってきていた。
蓮が気づいて振り向いては彼女が逸らす、ということが何度か繰り返されていた。
「なぁ、柊。島田のやつ、なんか変じゃねえか?」
「そうかしら。彼女は私たちとは別のグループに所属していたのだし、元の環境のほうが居心地が良かったというだけの話でしょう」
凛々華の意見を求めてみると、突き放すような答えが返ってきた。
蓮ではなく、芽衣に対する拒絶だ。凛々華は最初から、あまり彼女に良い印象を抱いていなかった。
「そんなものか」
「私たちは何もしていないのだし、気にする必要はないと思うのだけれど。それとも、何か気にかけなければならない特別な事情でもあるのかしら?」
凛々華が深い紫色の目を細め、探るような視線を向けてきた。何か邪推しているようだ。
(相変わらず、意外と恋バナが好きみたいだな)
蓮は肩をすくめて、首を横に振った。
「いや、そういうわけじゃねえよ。あまりにも対応が極端だから、ちょっと違和感を覚えただけだ」
「……そうね」
凛々華は全面的に納得したわけではなかったようだが、それ以上は尋ねてこなかった。
蓮は心の中でひと息吐いた。凛々華の前では否定したが、気にかけなければならない特別な事情があったからだ。
とはいえ、彼女が想像しているような甘酸っぱい香りのする話ではない。むしろその逆だった。
蓮は、芽衣の自分に対する視線が鋭くなったように感じていたのだ。
ただ、凛々華の言う通り、自分たちは何もしてないのだから気にする必要はないし、気にしたところで何ができるわけでもない。
何か用があるのなら話しかけてくるだろう。蓮はそう自分に言い聞かせた。
——しかし、実際に芽衣からの接触を受けたのは凛々華だった。
◇ ◇ ◇
「柊さん。ちょっといい?」
男女別々で行われる体育の時間に、芽衣が人目をはばかるように小声で凛々華に話しかけた。
凛々華はちらっと視線だけを向けた。
「何かしら?」
「その、多分しつこいって感じると思うんだけど……黒鉄君とは本当に何もないの?」
「えぇ。何度も言っていると思うのだけれど。逆になぜ、あなたはそこまで彼と私の関係を気にするのかしら?」
凛々華が冷ややかに問い返すと、芽衣がさらに声をひそめた。
「えっとね。これは誰にも言わないでほしいんだけど……実はクラスに、密かに黒鉄君を狙っている子がいるんだ」
「っ……そう」
凛々華は瞳を揺らしたが、すぐに冷淡な表情に戻った。
「でも、私は柊さんと黒鉄君がお似合いだと思ってたから、二人は本当にただのお友達なのかなって気になっちゃったんだ。でも、本当に彼とは何もないんだよね?」
「えぇ。そうよ」
凛々華は間髪入れずに首肯した。
話の途中で、その問いが投げかけられることは察知していた。
芽衣の瞳が、真っ直ぐ凛々華を捉えた。奥に隠された本心を探ろうとしているような、鋭い眼差しだった。
数秒の後、彼女は視線を和らげた。
「うん、わかった……やっぱりそうだったんだね」
芽衣が悲しげに瞳を伏せた。
凛々華は訝しそうに眉を寄せた。
「どういう意味かしら?」
「ううん。何でもない」
芽衣は弱々しく首を振って、顔を上げた。
笑みを浮かべていたが、その頬は引きつっていて、どこか悲しげに見えた。
「それよりごめんね。最近、しつこく黒鉄君との仲を揶揄ったりして。私、柊さんの気持ちを全然わかってなかった。気を悪くさせちゃってごめん」
「……別に構わないけれど」
凛々華の歯切れは悪かった。
これまでとは打って変わってしおらしい芽衣に戸惑っているのだ。
「他にもそういうことを言ってくる人がいたら、教えて。お詫びじゃないけど、私がそれとなく注意しておくから」
「……ずいぶんな心変わりね」
「そりゃ、不審に思うよね」
芽衣の瞳が切なげに伏せられ、その長いまつげがかすかに震えた。演技には見えなかった。
でも、と彼女は顔を上げた。
「私は本心から、柊さんとは仲良くしたいと思ってるから。信用できないかもしれないけど、何か困ったことがあったら相談してよ」
芽衣は笑みを浮かべてそう言うと、凛々華の返事も待たずに続けた。
「いつまでもこうしてると先生に怒られちゃうし、戻ろう? せっかくの体育を楽しまないと損だしねっ」
「……えぇ」
凛々華は釈然としない表情を浮かべたが、早足でクラスメイトの元へ戻る彼女を呼び止めはしなかった。
ただ黙って、ジッと芽衣の背中を見つめていた。
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