第187話 女子会再び —じゃれ合いと、凛々華の懸念—
——日曜の午後。
心愛は、自室の時計を何度も見上げては、そわそわと落ち着かない様子だった。
「楽しみだな〜」
ベッドの上のぬいぐるみの位置を少しだけ調整してみる。
見慣れたはずの空間なのに、今日はなんだか特別で——自然と、胸が高鳴っていた。
すると、携帯が鳴った。「あと十分くらいで着くよー!」という、夏海からのメッセージだ。
心愛はリビングに降りてスタンバイし、チャイムが鳴るや、すぐに扉を開けた。
「心愛ちゃん、おはよー!」
「おはー」
「お邪魔するわね」
「うん。みんな、いらっしゃい〜」
三者三様の挨拶に、心愛は自然と笑みを浮かべた。
「わ〜、相変わらずかわいい部屋だね!」
夏海が部屋に入るなり、感嘆の声を上げた。
亜里沙と凛々華も、それぞれに視線を巡らせながらうなずいた。
「うん、まさに心愛ちゃん、って感じだよねー」
「そうね。初音さんらしくて落ち着くわ」
「えへへ〜。ありがと!」
ふわりと笑う心愛を囲み、四人はベッドやクッションに思い思いに腰を下ろした。
「あれ、このクッション、新しくした?」
「うん、ネットで一目惚れしちゃってさ〜。気がついたらポチってたよ」
「あるよねー! 私もポチり癖ヤバくて……」
そんな他愛もない話でひとしきり盛り上がったあと、ふと沈黙が訪れた。
夏海が、それまでとは打って変わって真剣な表情で口を開く。
「さて、心愛ちゃん」
「……なに?」
心愛は軽く微笑みながら、姿勢を正した。
夏海がわずかに視線を彷徨わせてから、意を決したように問いかける。
「結局さ……桐ヶ谷君とは、シたの?」
心愛は少しだけ目を伏せた。
この質問が来るのは予想していたし、どう答えるかも——もう決めていた。
(だって、このメンバーだもん)
彼女は顔を上げ、はにかみながら首を縦に振った。
「うん……ホワイトデーの、前日に」
「「っ——おぉー!」」
一つ間を空けて、夏海と亜里沙の歓声が響いた。凛々華も軽く目を見張っている。
夏海がずいっと身を乗り出し、
「えっ、どっちの家でっ?」
「えっとね、ここだよ〜」
心愛がそう答えた瞬間——
「えっ……」
ベッドに座っていた凛々華が、息を呑んだ。
じわじわ染まるその頬を見て、亜里沙がおそるおそるといったように尋ねる。
「……もしかして、柊さんたち、まだなの?」
「っ……!」
凛々華がさらに赤くなり、うつむいた。
——肯定しているのと、同じだった。
「えー、絶対済ませてると思ってた! だって、ちょいちょいスキンシップは取ってるんだよね?」
「ま、まあ……」
凛々華が小さくうなずくと、亜里沙がニヤリと笑って覗き込む。
「スキンシップは、どこまで進んでるの?」
「えっ、そ、それは……っ」
凛々華がオロオロと視線を泳がせる。
夏海が嬉しそうに両手を打った。
「よし、心愛ちゃんも正直に言ってくれたし、この際みんなでぶっちゃけようよ! 私は何もないけど!」
「あんたはその代わり、彼氏できたら三人で詰めるからね」
「覚悟の上じゃ!」
夏海がファイティングポーズを取ると、場の空気が一気に明るくなる。
「というわけで、柊さんっ」
「え、えっと……」
凛々華が困ったように視線を逸らしたところで、心愛がふっと口を挟む。
「じゃあ、まずは亜里沙ちゃんから発表するのは?」
「えっ……まあ、たしかに、こういうのは後輩からだよね」
照れたように頬を染めながら、亜里沙が腕を組む。
付き合ったのが後というだけで、もちろん彼女たちは同級生だが。
「ホワイトデーの後の反応的に、そこで進んだんじゃないかなーって思うんだけど、どう?」
「あ、相変わらず心愛ちゃんは鋭いな……。でも、うん……二人に比べればまだまだだけど、その……」
唇を噛みしめるようにして、ぽつりとこぼした。
「……キスは、したよ」
「おおー!」
「いいね〜」
夏海が歓声を上げ、心愛がふんわりと微笑んだ。
「それで、あんなに動揺していたのね……」
「う、うるさいっ。さぁ、柊さんの番だよ!」
「うっ……誰にも言わないでよ?」
「「「もちろん!」」」
三人が一斉にうなずくと、凛々華は観念したように小さくため息をついた。
「最近は、ハグとかもそうだけれど、お互いに触り合うことが増えてて……って、へ、変な場所じゃないわよ⁉︎ お腹とか、背中だからっ!」
「うんうん、わかってるよ〜」
真っ赤になって叫ぶ凛々華に、心愛が柔らかくうなずく。
亜里沙もフォローするように続いた。
「そこまでいってたら、もう一直線だもんね。あとは?」
「えっと、耳とかうなじに、キスされたりとかも……」
「わぉ……っ。えっ、それ、柊さんもやり返したりとかするの?」
「ま、まあ……それなりには。でも、その……」
凛々華が口ごもると、三人の視線が集中した。
彼女は顔を背けながら、消え入りそうな声で続けた。
「昨日、背中に……き、キスマーク、つけられて……」
しん……と一瞬、空気が止まったかと思うと——
「「「えぇーっ⁉︎」」」
揃った驚きの声が、部屋に響いた。
「——夏海っ」
「らじゃ!」
アイコンタクトを交わした夏海と亜里沙が、左右から凛々華を拘束する。
「ちょ、ちょっと……⁉︎」
二人の手で素早く布地がめくられ、お腹と背中があらわになった。
滑らかな肌に、ほんのり紅い跡がついている。
「ほんとだ、蚊に刺されたみたいになってる!」
「ね、初めて見た〜」
「み、水嶋さんっ、井上さん!」
凛々華が抗議の声を上げて服を戻そうとするが、夏海と亜里沙は力を緩めない。
「えっ、心愛ちゃんはつけられたことある?」
「ないよ〜」
心愛がゆるゆると首を振ると、亜里沙が感心したようにつぶやいた。
「さすが初代だ……」
「ねー。触り合いのみならず、まさかキスマとは……」
「い、言わないでよ……!」
凛々華が限界とばかりに、顔を両手で覆った。
その拍子に、シャツがさらにめくれておへそ、そしてくびれが露わになる。夏海が羨望の眼差しを向けた。
「……柊さんって、めちゃくちゃいい感じに引き締まってるよね」
「ねー、腹筋うっすら見えてるし」
亜里沙が思わずといったように手を伸ばし、触れる寸前で手を止めた。
凛々華は抵抗をあきらめたのか、体から力を抜いて、苦笑しながら夏海を見る。
「……水嶋さんのほうが、ずっと引き締まってると思うけれど」
「いやいや、私はただ細いだけだし。うらやましすぎるって」
「何より、夏海はおっぱいないから」
「うっ……他人に言われると、ちょっとムカつくけど……まあ、そういうこと」
「でも、スレンダーな子が好みの男の子もたくさんいると思うけれど」
凛々華が優しく微笑むと、夏海がペチペチとその二の腕を叩く。
「慰めるなら、おっぱい分けてよ〜」
「分けられるものじゃないでしょう……それに、私より初音さんのほうがよほど適任よ」
「たしかに! 真の敵は心愛ちゃんだったか!」
夏海に視線を向けられると、心愛は「そんなことないよ〜」とゆっくり首を振り、身を乗り出した。
「凛々華ちゃんが一番理想的だと思うな〜。私、こんなにくびれてないし」
「ひゃっ⁉︎」
脇腹をつつかれ、凛々華が甲高い悲鳴を上げた。
「ちょ、なに、かわいい声出すじゃん!」
「いつも黒鉄君とこんなことしてるのか〜?」
夏海と亜里沙が面白がるように笑い、次々と凛々華の脇腹をくすぐる。
「ちょ、や、やめなさいってばっ……!」
「私も〜」
心愛も加勢し、三人がかりの攻撃が凛々華を襲う。
「く、くすぐったいっ……! んっ……い、いい加減にしなさいっ!」
——ビシッ!
「ぐえっ!」
「あがっ!」
「うぐっ!」
凛々華の脇腹チョップが次々と炸裂し——
次の瞬間、三人はそれぞれベッドに転がっていた。
凛々華は顔を真っ赤に染めたまま、服を直して、ふうっと一息吐く。
「まったく、もう……」
そんな彼女に、心愛が苦笑しながら手を合わせる。
「ごめんね〜、ちょっと調子乗っちゃった」
「楽しくなっちゃって、つい」
「ごめん、柊さん」
夏海と亜里沙も、素直に頭を下げる。
凛々華は少しだけ眉をひそめていたが、やがてもう一度ため息を吐き、そっぽを向いた。
「……別に、怒ってはないわよ」
その一言で、場の空気がふんわりと和らいだ。
「でも、真面目な話さ。そこまでいっても、最後まではいかないんだね」
「ね。男の子って、もっとガッていっちゃうものかと思ってた。途中で切り上げるの?」
「昨日は、蓮君の妹さんが帰ってきたっていうのも、あったけれど……でも、やっぱり遅いわよね……」
視線を落とす彼女に、誰も口を挟まず、ただ聞き役に徹する。
「私が、時々ストップをかけてしまうこともあるし……蓮君に、我慢させてしまっているのかしら」
ぽつりとこぼしたその言葉に、最初に返したのは夏海だった。
「でもさ、それでうまくいってるなら、いいんじゃない?」
「そうそう。それぞれのペースがあるからさ。柊さんは、心愛ちゃんみたいに肉食系じゃないし」
「ちょっと、ビッチみたいに言わないでよ〜」
「そこまで言ってないよ」
亜里沙と心愛の掛け合いで、雰囲気が少し軽くなる。
心愛は口元に笑みを残したまま、凛々華に向き直った。
「でも、ほんとに、二人のペースでいいと思うよ? 黒鉄君も、我慢できなくなったら言うだろうし」
「……そうね」
凛々華は小さくうなずいた。
けれど、どこかまだ引っかかっているような、不安げな顔は拭いきれなかった。
少しだけ重くなった雰囲気を払うように、夏海が手を扇いで口を開く。
「それよりさ、なんかちょっと暑くない?」
「誰のせいよ……」
ジト目で睨みながら、凛々華が返す。
また、笑い声が部屋いっぱいに広がった。
◇ ◇ ◇
——夜。
お風呂から上がった心愛は、ふかふかのタオル地のパジャマに身を包み、ベッドにダイブした。
「楽しかったな〜……」
今日一日を思い出しながら、枕に頬を押しつけてゴロゴロと転がる。
笑ったり、照れたり、ちょっかいをかけあったり。なんだか、心がぽかぽかと温かい。
ふと、スマホの画面が光った。
「メール? ……凛々華ちゃんからだ」
少し意外に思いながらも、心愛がスマホを操作すると——
凛々華らしい几帳面な、しかしどこか迷いや戸惑いがにじんだ文面が表示された。
『急ぎではないのだけれど、いつか少し時間をもらえないかしら? 相談したいことがあるのだけれど』
心愛は少しだけ目を見開いたが、すぐに納得したようにうなずく。
「ふふ……これは、先輩が背中を押してあげないとかな〜」
どこか意味ありげに笑いながら、了承の返事を打ち込んだ。
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