表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/195

第183話 懺悔と誓い

水嶋(みずしま)初音(はつね)井上(いのうえ)。ありがとな」


 (れん)は教室に入ると、夏海(なつみ)心愛(ここあ)亜里沙(ありさ)の三人にお返しを渡した。


「おぉ、ありがと!」

「やっぱり黒鉄(くろがね)君、ちゃんとしてるね〜」


 夏海が無邪気に、心愛が感心したように笑う中、亜里沙はなぜか腕を組み、重々しくうなずいた。


「うむ、合格だ」

「なんでちょっと偉そうなんだよ」

「なんとなくだよ」


 亜里沙はちろっと舌を出して、ご機嫌な様子だ。

 放課後に、デートの予定が入っているのだろう。


 ほどなくして、(いつき)も教室に戻ってきた。

 そこで、心愛が彼のことを「いっくん」と呼び、他の四人でいつの間に呼び方を変えたのか、と問い詰める一幕が発生した後。


「えっと、(ひいらぎ)さん、水嶋さん、井上さん。お返しで、これ……大したものじゃないけど」


 樹は頬に赤みを残したまま、手にしていた紙袋から、小さな包みを三つ取り出した。

 色や柄がそれぞれ異なっており、彼なりに気持ちを込めたことが伝わってくる。


「ありがとう、桐ヶ谷(きりがや)君」

「ラッピング、かわいいじゃん!」

「ねー、いいセンスしてる。けど、心愛ちゃ——こっちゃんには渡さないの?」

「っ……!」


 亜里沙がニヤリと笑うと、樹は真っ赤になって固まった。

 その横で、心愛がにこにこと微笑む。


「放課後、もらう予定なんだ〜。ね?」

「あっ、う、うん……っ」


 視線を向けられた樹は、ぎこちなくうなずいて、うつむいてしまう。


「えっ、ちょ、やっぱりなんかあったでしょ⁉︎ あだ名になってるし!」


 夏海が勢い込んで身を乗り出す。


「ふふ、どうだろうね〜?」


 心愛は微笑んだまま、意味深に目を細めた。


「な、なにその手強さ……!」


 夏海が地団駄を踏み、悔しそうに天を仰ぐ。


「柊さんなら、もっとわかりやすいのに——あっ」


 亜里沙がしまった、というように凛々華(りりか)を見て、脇腹を防御した。

 だが、チョップは飛んでこなかった。


「……えっ、なにかしら?」


 考え込むように下を向いていた凛々華は、視線に気づいたのか、ふと顔を上げた。


「いや、なんでもないよ」


 亜里沙がサラッと首を振る。

 そんな彼女を指差し、夏海がニヤリと笑った。

 

「とりあえず、亜里沙にチョップしてあげてー」

「な、夏海⁉︎ 違うよ、柊さんっ! 夏海が、柊さんはすぐ顔に出るからわかりやすいって——」

「ちょ、それ亜里沙が言ったんでしょ!」


 わちゃわちゃとやり取りが続く中、凛々華がすっと立ち上がりながらつぶやいた。


「とりあえず、二人にやればいいのかしら?」

「「それは違う!」」


 夏海と亜里沙が声をそろえ、その場に笑いが広がる。

 ——そこへ、見慣れない男子生徒が教室にやってきた。


「水嶋。バレンタイン、ありがとな」


 夏海に差し出されたのは、丁寧にラッピングされたチョコレート。

 一目見て、安物ではないとわかる。


「先輩。わざわざすみません。ありがとうございます!」


 夏海が笑顔で受け取り、男子は軽くうなずいて去っていった。


「夏海ちゃん、今の人は?」


 心愛が興味津々といった様子で、瞳を輝かせる。


「陸上部の二年の先輩だよ」

「バレンタイン、渡してたんだ?」

「お世話になったから、一応ね」

「ふーん?」


 亜里沙が、ニヤニヤと意地悪そうに笑う。


「別に、何もないよ」


 夏海がそう肩をすくめたところで、蒼空(そら)が登校してきた。


「おっ、蒼空。今日は珍しく早えじゃん」

「うるせーよ」


 蓮の揶揄いに笑みを浮かべながら、近寄ってくる。

 そして、夏海が持っていたチョコに目を向けた。


「ん、水嶋のそれ……けっこういいやつじゃね? 蓮の?」

「いや、部活の先輩。お世話になったんだってさ」


 蓮がそう説明すると、蒼空は一瞬だけ動きを止めた。


「……そっか」


 その反応に、蓮はかすかな違和感を覚える。

 ——ほんのわずか、沈んだような気配があった。


「悪いな。俺のは、大したもんじゃなくて」


 蒼空がそう言いながら、お返しの定番とされている市販のチョコを差し出すと、夏海は明るく笑って応えた。


「ううん。こういうのって、気持ちが一番だよ。ありがと、青柳(あおやぎ)君!」


 その言葉に、蒼空はわずかに目を細めた。

 ——やはり、彼らしくない仕草だった。




 しかし、放課後を迎えるころには、蒼空はいつも通りの快活さを取り戻しているように見えた。


「じゃーな、蓮。決めろよ!」

「そっちも、部活頑張れよ」


 蒼空を見送ってから、視線を横に戻すと、凛々華が隣に並んでいた。


「——行くか」

「えぇ」


 校門を出ると、どちらからともなく、指先を絡めた。


 向かった先は、人通りの少ない自然公園。

 木々の葉が静かに揺れ、時折吹く風が頬をくすぐる。


「……こうやって過ごすの、久々だな」

「そうね……」


 言葉は少ない。けれど、その沈黙が心地よかった。

 ベンチに腰掛け、しばらく空を仰いでいた蓮は、鞄から紙袋を取り出す。


「あのさ、凛々華——これ」

「え?」


 中を覗いた凛々華が、目を丸くする。


「イヤーカフかしら? 綺麗……」

「よかったら、つけてみてくれ」


 その一言に、凛々華はほんのり頬を赤らめた。

 黙ってうなずいて、そっと耳元に装着する。


「ど、どうかしら?」


 髪の毛をかきあげる彼女の声は、わずかに上ずっていた。


「めっちゃ似合ってるよ……かわいい」


 蓮がまっすぐ褒めると、凛々華は思わず嬉しそうに笑った。

 手鏡で確かめながら、少し澄ましたような口調で言う。


「こういうの、初めてだけれど……悪くないわね」

「ピアスだと、ちょっと派手かなって思ってさ」

「ふふ、そうね。ありがとう。……でも、私はケーキを作っただけなのに」


 凛々華が申し訳なさそうに視線を下げる。


「いや、めっちゃ嬉しかったし、ちゃんと手間のかかることだろ。それにこれは、ホワイトデーのお返しっていうより、懺悔と誓いだから」

「えっ……?」


 凛々華がパチパチと瞬きをする。

 蓮は正面から向き直り、頭を下げた。


「凛々華との約束、ないがしろにして、ごめん。あのときのこと、本当に後悔してるし……これからは、何よりも凛々華を優先するって決めたから。これは、その証だ」


 蓮がそっとイヤーカフに触れると、凛々華が瞳を泳がせた。

 赤らんだ目元で、見上げてくる。


「……無理は、しなくていいのよ?」

「無理じゃない。俺が、そうしたいだけ。凛々華が、一番大切だから」


 その言葉に、凛々華の頬がさらに色づいた。

 そして、小さく、でもしっかりとつぶやく。


「私も……蓮君が、最優先だから」

「……えっ?」


 蓮が驚いてまじまじと見つめると、彼女は目を逸らしながら続けた。


「最近、私……甘えすぎていたと思うの。あのときも、蓮君なら全部察してくれるって思い込んでて……でも、そんなわけないわよね。私だって、蓮君の考えを全部わかるわけではないのだから」

「……まあ、それはそうだな」

「だから、私からもちゃんと言わなくちゃって思って。それに——」


 凛々華が一度言葉を切り、イタズラっぽく見上げてくる。


「スキンシップの多さに騙されて、あなたが鈍感なのを忘れていたわ」

「おい」


 蓮が思わずツッコミを入れると、彼女はくすりと笑った。

 その笑顔を見て、蓮も自然と口元が緩む。


「というか、最初にスキンシップしてきたのは凛々華だろ。もたれかかってきたり」

「うっ……でも、そこまでされても好意に気づかなかった鈍感男もいたわよ」

「参りました」

「ふふ、意外にあっさり降参するじゃない」


 凛々華が楽しげに肩を揺らす。

 蓮は後頭部に手をやり、肩をすくめた。


「男が尻に敷かれるのは、古今東西、変わらないからな」

「だからよく、私を膝の上に乗せたがるのね」

「違えって。……単純に、くっつけるからだよ」

「っ……じゃあ、今は不満かしら?」


 凛々華が、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。


「いや、全然。明日からまた、いくらでもくっつけるんだからな」

「っ……調子乗ったら一ヶ月禁止なの、忘れてないでしょうね?」

「もちろん。あっ、でも——」


 蓮は少しだけ身体を傾け、彼女を軽く抱きしめた。


「これくらいは、外でもいいだろ?」

「っ……」


 凛々華の肩がびくりと震えた。

 少し呆れたようなため息を吐き、静かに蓮の胸に顔を埋めてくる。


「やる前に聞きなさいよ……いいけれど」


 そのくぐもった小さな囁きが、胸にやさしく染み込んでいく。


 しばしの沈黙の後——蓮は、ふと思いついたように口を開いた。


「なぁ……凛々華」

「なに?」

「キス……しちゃ、ダメか?」

「だ、ダメに決まってるでしょう! こんなところで……っ」

「そっか……」


 蓮が思わず落胆の声を漏らすと、凛々華は視線をさまよわせ、少しだけ唇を噛んだ。


「その……他の人たちもしているところとか……家の前なら、いいから」

「っ……!」


 蓮は思わず息を呑み——凛々華に腕を伸ばした。


「ちょ、ちょっと……⁉︎」

「悪い。しばらくこうさせててくれ」


 蓮は早口でそう言って、彼女を腕の中に閉じ込めた。

 今、顔を見てしまったら、耐えられる気がしない。一ヶ月のスキンシップ禁止処分を喰らってしまうだろう。


(一ヶ月おあずけとか……マジで発狂するな)


 蓮は凛々華の頭を撫でながら、ひとり苦笑をこぼした。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ