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第180話 樹からのサプライズ

 (れん)のストバスの大会が終了した後——。

 (いつき)心愛(ここあ)は、街の一角にあるカフェを訪れていた。


「わっ、すごい……!」


 心愛が思わずといったように、感嘆の声を漏らす。

 木の温もりに包まれた店内では、桜色のカーテンが揺れ、落ち着いたクラシックが流れていた。


(ここは、リードしないと)


 樹は緊張しながら、店のスタッフに声をかけた。


「あ、あの……予約してた、桐ヶ谷(きりがや)です」

「桐ヶ谷様ですね。こちらへどうぞ」


 案内された席は、窓際の陽射しが柔らかく差し込む席だった。


「少々お待ちください」


 店員が一礼をして立ち去ると、心愛がヒソヒソと尋ねてくる。


「桐ヶ谷君、わざわざ予約してくれたの?」

「ま、まぁ……ちょっと気になってて」


 自然に振る舞おうとするが、どうしても照れがにじんでしまう。


「そっか。いいところだね〜」


 心愛が意味ありげにうなずいた。

 ただのカフェデートでないことは、察しているのだろう。


「なんか……やっぱりちょっと、落ち着かないね」

「うん。でも、すっごく素敵だよ」


 優しげに瞳を細める心愛の横顔に、樹の胸が少し熱くなる。

 勇気を出してここにした甲斐があった——そう思わせてくれる笑顔だった。


(でも、本番はここからだ)


 飲み物を注文し、少しすると店員が戻ってくる。

 紅茶の香りと一緒に運ばれてきた()()に、樹の鼓動が早まった。

 

 小さな白いケーキ。桜を模した飾りと、バレエシューズのチョコ。

 そして、「お疲れ様でした」と書かれたプレート。


「えっ——」


 心愛が目を見張り、そろそろと樹に視線を送る。


「こ、これ、もしかして……っ?」

「そうだよ。大会、本当にお疲れ様」


 樹が微笑むと、心愛の青い瞳に、じわじわと透明な雫が盛り上がった。


「ありがと、桐ヶ谷君っ……ホントに、嬉しい……!」


 心愛は涙を拭い、ふわっと笑みを浮かべた。

 その笑顔は、海に反射する太陽のように、キラキラと輝いていた。


(良かった……喜んでもらえて)


 樹はホッと肩の力を抜いた。

 しかし、満面の笑みでケーキを写真に収める心愛を前に、じわじわと羞恥心が込み上げてくる。


「あっ、えっと……切り分けちゃうね」

「私も手伝うよ〜。崩しちゃうの、ちょっともったいない気もするけど」

「本当だね」


 樹は笑いながら、切り分けたケーキを心愛のお皿に乗せた。

 彼女は豪快に頬張り、瞳を細めて頬に手を当てた。


「ん〜、あまくてふわふわ!」


 樹も一口食べて、思わず目を見開いた。


「わっ……美味しい」

「ね〜!」


 上品な甘さで、しつこくない。いくらでも食べられそうだ。

 心愛がふと思いついたように、手を止める。


「ホワイトデーのお返しも兼ねて、こんなに豪華にしてくれたんだ?」

「あっ、うん。それもあるけど……お返しは、また明日渡そうかなって思ってるよ」

「えっ、別に用意してくれてるの?」


 心愛の声が、一段と明るくなる。

 しかし、彼女はすぐに申し訳なさそうに手を合わせた。


「なんかごめんね、言わせちゃって」

「ううん、全然。そんな大したものじゃないから……でも、また少しだけ、時間もらってもいい?」

「もちろん!」


 心愛が勢いよくうなずき、はにかむように笑う。


「これからはまた、前みたいに遊べるね」

「うん。……僕、頑張るから」


 自然と、口から言葉が出ていた。

 心愛は驚いたように目を丸くさせ——嬉しそうに破顔した。


「ふふ、頼りにしてるよ? ——じゃあ、まずは明日の予定から決めよっか」

「うん……って、結局初音(はつね)さんがリードしてる……」

「あっ、ホントだ〜」


 心愛が軽やかに笑った。

 樹もつられて笑ってしまう。


 いつもの通りの、彼女のペース。

 それが、心地良かった。




 今後のことを話しながら、ケーキを食べすすめていると、ふと心愛がつぶやいた。


「でも……もう、かわいいなんて言えないね」

「えっ?」


 樹が目を丸くすると、心愛がほんのりと頬を染めて、上目遣いで見つめてきた。


「こんなに、素敵なことしてくれるんだもん……。今日の桐ヶ谷君、すっごくかっこいいよ」

「っ……!」


 心臓が一気に跳ねる。


「あっ、えっと……っ」


 そんなこと言われ慣れていないせいで、うまく言葉が出てこなかった。

 ——が、


「あはは、やっぱりかわいいな〜!」


 すぐに肩透かしを食らう。


「うぅ……」


 樹が肩を落とすと、心愛が覗き込んできて、

 

「桐ヶ谷君。女の子のかわいいって?」

「えっ? 好きの——って、なに言わせるつもり⁉︎」

「えへへ、惜しかった〜!」


 ちろっと舌を出す心愛に、もう反論する気力すらなくなる。


(ほんと、敵わないな……)


 でも、それでいい。

 幸せそうに笑う彼女が、何よりも大事だから。


(この笑顔を、曇らせたくない)


 心の底から、そう思った。


 ——しかし、帰り際。

 カフェを出て数歩歩いたところで、空気が変わった。


「……心愛?」

「えっ——」


 聞き慣れない低い声に、心愛がぴたりと足を止めた。

 その視線の先では、手を繋いだまま、驚きに表情を染めるひと組の男女がいた。


涼介(りょうすけ)君、ひまりちゃん……?」

「なっ……!」


 心愛のつぶやきに、樹は思わず息を呑み、前方を凝視してしまった。


(この二人が……⁉︎)

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