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第171話 束の間の温もり

 (れん)凛々華(りりか)は、ファミレスの二人掛けのテーブルで、それぞれの答案用紙を交換していた。


「蓮君、またこのスペル間違えてるわよ」

「あっ……やべ。昨日何回も書いたのに……」


 蓮は頭を掻くが、ふと凛々華の答案を見て、にやりと笑った。


「って、凛々華も計算ミスってるぞ」

「……」


 凛々華の頬に、じわじわと赤みが差した。


「あっ、でも、この最後の苦戦してた問題は合ってんじゃん」

「本当?」


 凛々華は声をわずかに弾ませ、身を乗り出した。


「おう。俺ら二人が全く同じミスしてなければ、だけどな」

「それはないでしょう。ふと、記憶が蘇ったのよね」

「やったな。なんかデザート奢るぞ。このトリュフとか、前うまかったろ?」


 蓮が乗り気でメニューを指差すと、凛々華はなぜかジト目になった。

 

「……蓮君」

「ん?」

「まさか、私を太らせようとしていないわよね?」

「えっ、な、なんで?」


 予想外の言葉に、蓮は目を白黒させた。

 

「だって、ことあるごとに甘いものを勧めてくるじゃない。ぽっちゃりのほうが好みなの?」

「ち、違ぇよ! ……ただ、甘いの食べてる凛々華、可愛いなって思って」

「なっ……⁉︎」


 凛々華は一瞬で顔を真っ赤に染め、伏し目がちにうつむいた。

 ややあって、ぽつりとつぶやく。


「……もう、蓮君の前で甘いものは食べないから」


 ——その瞬間、タイミングよく店員がトレイを持って現れた。


「お待たせしました。トリュフが二つですね」

「あっ、ありがとうございます」


 蓮が咄嗟に受け取って、店員は丁寧に会釈して去っていった。

 凛々華の瞳がスッと細まる。


「——蓮君?」

「い、いやっ……俺のせいで、最近はあんまりゆっくりする時間取れてなかったからさ。元々、お詫び代わりに奢ろうとは思ってて」

「……食べないわけにはいかないじゃない」


 凛々華は小さくため息をつきながらも、やや乱暴に皿を蓮の手から奪い取った。

 その瞬間、指先にチョコがつく。


「っ……ほら」


 蓮が笑いを堪えながらナプキンを差し出すと、凛々華は目元を赤くしながら睨んでくる。


「……食べ終わるまで、あっち向いてなさい」

「無理だろ」


 そう答えながらも、蓮はできるだけ気配を消そうと努力した。

 けれども、うつむきながら、ちまちまとデザートを口に運ぶ凛々華の姿が視界に入るたび、どうしても頬が緩んでしまった。




 凛々華はファミレスを出てからも、しばらくぎこちなくなっていたが、柊家に到着するころには、いつもの落ち着いた雰囲気を取り戻していた。

 暖房の効いた彼女の部屋で、並んでベッドに座る。


「どこか、行きたいところあるか?」

「……猫カフェとか」

「本当に好きだな」


 蓮は思わず吹き出してしまった。


「べ、別にいいでしょ。蓮君だって、ファミレスで毎回同じものばかり頼むじゃない」

「同じ話か、それ」

「同じ話よ」


 凛々華が鋭い眼差しを向けてくる。蓮も黙って見つめ返した。

 やがて、堪えきれなくなったように、二人は同時に吹き出した。


「逆に、蓮君はどこに行きたいの?」


 凛々華が笑みを残したまま、尋ねてくる。

 

「ちょっと寒いかもだけど、遊園地とかもアリかなって」

「いいじゃない。コーヒーカップ以外なら」

「意外と酔いやすいもんな」

「そもそも、人がカップの中に入るなんて、正気の沙汰じゃないわ」

「そんなことはないだろ」


 軽口を叩き合いながら、今後の計画を立てていく。


「……こういう、決めてる時間も楽しいよな」


 蓮がふと、しみじみとした口調で言うと、凛々華も軽くうなずいた。


「そうね。ドーパミンって、報酬を手に入れたときよりも、報酬の予感がしたときに出るらしいから」

「じゃあ、凛々華はデートっていう報酬の予感で、ドーパミンが出てるわけだ?」


 蓮がニヤリと笑うと、凛々華が唇を尖らせた。


「……蓮君だって、そうじゃない」

「そりゃあな。悪い、だる絡みした」


 凛々華がイタズラっぽく瞳を細める。

 

「人のことを揶揄っておいて、自分のほうがテンション上がってるんじゃないの?」

「かもな」


 蓮はそう言って、隣に座る凛々華の肩にそっと腕を回した。


「だって、ここ二週間くらい、けっこう我慢してたから」


 そのまま引き寄せると、凛々華も驚くでもなく、自然に身を寄せてくる。


「……そうね」


 耳元で囁くような声。その響きに、蓮の胸がじんわりと温かくなる。

 そっと、髪を撫でた。


「ごめんな。寂しい思いさせて」

「別に……こうして一緒に過ごせるなら、いいわよ」


 凛々華の目がすっと上がり、蓮の視線と重なった。

 どちらともなく、ゆっくりと顔を近づけて——唇が重なる。


 ふわりと甘い香りがした。


「ん……」


 凛々華が喉を鳴らす。

 唇が離れても、しばらくの間、互いに視線を外せずに見つめ合った。

 

 吸い寄せられるように、再び口づけを交わそうした、そのとき——。

 蓮のスマホが震え、控えめな着信音が部屋に鳴り響いた。


「……ごめん」

「いいわよ」


 蓮が気まずそうに謝罪をすると、凛々華がくすっと笑った。

 部屋の空気が和らぐ中、蓮はスマホを手に取り——


「……俊之(としゆき)先輩?」


 目を見開いた。

 

「どなた?」

「中学時代の先輩だよ。今、高三なんだけど」


 中学のころに、蓮が大きく道を外さずにいられたのは、俊之の存在が大きかった。本格的にバスケを教えてくれたのも、彼だ。

 今も、たまにメールのやり取りをするなど気にかけてもらっているが、電話はいつぶりだろうか。


「ちょっと出ていいか?」

「もちろん」

「悪いな——もしもし、俊之先輩?」

『おう、蓮。久しぶりだな』


 電話口から聞こえてきたのは、変わらない快活な声。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」

『元気も元気だ。そっちはどうだ? 例の彼女さんとは、うまくやってるか?』

「はい。今も、隣にいますよ」

『そうか。何よりだ』


 その短い相槌に、安堵と喜びが滲み出ていた。

 中学時代の蓮を知っているから、心配してくれていたのだろう。


「それで、突然どうしたんですか?」

『おう、そうだそうだ。お前、こっから二週間くらい、時間取れるか? ちょうど、テスト終わったくらいだろ』

「えっ、何かあるんですか?」


 蓮は思わず、凛々華に視線を向けながら尋ねた。


『ほら、俺らもう三年だから、来年就職か進学するんだよ。だから、あのころのメンバーで思い出作ろうって、二週間後のストバスの大会に出ることになってさ』


 その時点で、蓮は俊之の言いたいことを察した。


『やるからには勝ちてえから、こっから毎日、放課後にいつもの場所で練習することになってんだ。みんなも会いたがってるし、蓮も来いよ』

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