第163話 冬休み明け
冬休み明け、新学期初日——。
まだ薄暗い空の下、蓮は自室を出て、隣の部屋の扉をノックした。
「遥香、入るぞ」
カーテンの隙間からわずかに差し込む光の中、遥香は毛布にくるまっていた。
「ほら、起きろ。朝練遅刻するぞ」
「んー、めんどくさい……」
むにゃむにゃと寝言のように呟くその声に、蓮はため息をひとつ吐いた。
「昨日も一昨日も部活行ってたんだから、今更だろ」
「部活と学校は別——んぐっ」
蓮はベッド脇に置いてあったクマのぬいぐるみを、小生意気な口にぐいっと押し当てた。
「ほら、凛々華も起きろって言ってるぞ」
「う〜、凛々華ちゃん、一緒に寝よ……って、それは兄貴の特権か」
ぬいぐるみを胸に抱きながら、遥香が片目を開けてニヤリと笑う。
蓮は肩をすくめ、踵を返して部屋を出る——と見せかけて、彼女の脇腹に手を伸ばした。
「バカなこと言ってねえで、いい加減起きろ」
「ひゃっ、ちょ、兄貴! まっ……!」
——そんないつも通りの一幕を終えたあと、蓮は柊家に向かった。
インターホンを鳴らしてから、ほどなくして凛々華が姿を見せる。
「おはよう」
「おう、おはよう」
蓮は軽く手を上げて挨拶し、じっと彼女を見つめた。
「……なによ」
「いや、やっぱり似合うなって思って」
首元のマフラーに触れると、凛々華がふいっと視線を逸らす。
「今さらでしょ。バイトに行くときだって、つけてたじゃない」
「そうだけどさ」
クリスマス当日のシフトの際には、恵や彩絵に揶揄われたものだ。
「でも、学校につけていってくれると思うと、ちょっと感慨深くて」
「また、男の夢ってやつかしら?」
「そういうこと。男子なら全員共感してくれるはずだ」
「別になんでもいいわよ。……特に水嶋さんと井上さんには、揶揄われそうだけれど」
——凛々華の予感は、もちろんというべきか、的中した。
すでに登校していた夏海と亜里沙は、「あけおめ」「ことよろ」の定番の挨拶を終えると、早速凛々華の首元に目をつけた。
「ねぇ、それって、黒鉄君からのクリスマスプレゼント?」
「まあ、そういうこと」
蓮が淡々と答えると、夏海と亜里沙がマフラーに手を伸ばし、「柔らかっ!」「ね。ってか、めっちゃいい色じゃん」「柊さんっぽいよねー」と談笑する。
凛々華は特に抵抗するでもなく、苦笑しながらされるがままになっていた。
「黒鉄君は、何もらったの?」
「これだ。ノイキャン付きのイヤホン」
蓮はポケットからケースを取り出した。
「おっ、ちょっと渋くて格好いいじゃん!」
「なんか、二人らしいねぇ」
「そうか?」
「うん。熟年夫婦感っていうか——柊さん、落ち着こう。新年第一号は、せめてあの二人が来てからにしようよ」
スッと手を上げた凛々華を、亜里沙が頬を引きつらせながら宥める。
すると、タイミングよくその二人——心愛と樹が登校してきた。
「みんな、あけおめ〜!」
「えっと、今年もよろしく」
心愛は元気に、樹は照れくさそうに挨拶をした。
「井上さん。来たわよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なになに、どうしたの?」
ニヤリと笑う凛々華と、あたふたする亜里沙を見比べて、心愛が楽しそうに問いかける。
「実は——」
蓮が事情を説明すると、心愛は「なるほど〜」とうなずき、ふと蓮に視線を向けてきた。
「どうした?」
「新年第一号は、もう黒鉄君がくらってるんじゃないの?」
「「っ……」」
心愛の一言に、蓮と凛々華がピクリと反応する。
一月三日。黒鉄家のリビングで、凛々華の背中にそっと手を滑り込ませたときのことだった。
『だ、段階を踏みなさいよ』
そうつぶやいた彼女の表情、そしてその後を思い出してしまい、蓮の顔に熱が集まる。
「えっ、ちょ、なにその反応⁉︎」
「まさか、そういうことじゃないよね?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
思わずといった様子で凛々華が叫び、クラス中の視線が集まる。
彼女はハッと息を吸い込み、唇を噛んでうつむいた。
「ま、二人が仲良しなのはいいとして——」
亜里沙が空気を変えるようにそう言って、心愛の手元を指差した。
「心愛ちゃん。さっきから気になってたんだけど、そのポーチ、もしかして?」
「うんっ。桐ヶ谷君がクリスマスにくれたんだ〜」
心愛が愛おしげにポーチを撫でる。
「なるほど。これはもう、忘れられないね」
「そうなんだよ。これに入れてから、まだ一回も探し物してないんだ〜」
「おお、すごっ!」
「やっぱり愛の力は偉大だねぇ」
夏海が無邪気に拍手をして、亜里沙が苦笑にも似た笑みを浮かべる。
その後、心愛が樹にお揃いのアロマ加湿器をあげたという話になった。
夏海と亜里沙に「おそろじゃーん!」と揶揄われ、樹が首元まで赤くなったところで、担任の小池が姿を見せた。
◇ ◇ ◇
午前中の授業、そして帰りのホームルームが終わると、六人は自然と蓮と凛々華の席の周りに集まっていた。
「いやぁ、休み明けは午前授業とは、学校もわかってるね」
「私は部活だけど、やっぱ午後がまるまる空くのって大きいよね! このあと四人はそれぞれデート?」
夏海が蓮と凛々華、樹と心愛にそれぞれ視線を向ける。
「うん。古着屋とか行くんだ〜」
「おー、いいじゃん! 黒鉄君たちは?」
「俺はこのあと、蒼空たちと市民体育館でバスケする予定だから」
「うわっ、恋人より友達を取るんだ?」
亜里沙が揶揄うように、口角を釣り上げる。
蓮は苦笑混じりに肩をすくめた。
「やめろって。そのあと会うし」
「おうちデート?」
「ま、そんな感じだな」
「さっすが〜! って、あれ? その青柳君は?」
夏海がキョロキョロと教室を見回す。
江口や他クラスのバスケ部が集まった一団に、蒼空の姿はない。
「冬休みの宿題やってなくて、謝りに行ってるよ」
「相変わらずだなぁ」
夏海が呆れたように笑った。
「そういえば、実行委員の集まりのあととか、夏海が宿題教えてあげたりしてたんだっけ?」
「そ。『そんなことより日程決めよーぜ!』とか言ってたから、ちょっと待てい、って感じだよ」
「余裕で想像できるけど、夏海が教える側か……ぷっ」
亜里沙がわざとらしく口元を抑える。
「ちょ、亜里沙ひどくない? 柊さん、うやむやになってた朝の分、今やっちゃっていいよ」
夏海が脇腹チョップの構えを見せるが、
「ごめんなさい。私もちょっと意外に思ってしまったわ」
「おいこら柊ぃ!」
夏海が満点のリアクションをして、笑いが広がる。
「でも、夏海ちゃんって勉強教えたりするの、嫌いじゃないんだね〜」
「ま、ある程度仲が良ければね。それになんか、教えてる自分って自己肯定感上がるじゃん? ——ね、青柳君」
夏海がちょうど教室に戻ってきた蒼空を振り向く。
「おっ? よくわかんねーけど、そーだな!」
「ちょ、適当すぎない?」
「ごめん。なんの話?」
「キョトン顔うますぎでしょ……!」
夏海が弾けるように笑い出す。
蒼空は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんだ? ま、いっか。それより蓮、早く行こーぜ!」
「お前を待ってたんだよ」
「すまん!」
蒼空が間髪入れずに謝ると、夏海が再びブフ、と吹き出した。
(変なツボ入ったんだろうな……)
少しだけ心配になりながら、蓮は蒼空や江口たちとともに教室を出た。
蓮たちが去ってから、数分後。
復活した夏海は「やばっ、怒られる!」と部活用品を抱えて教室を飛び出し、樹と心愛もデートに向かった。
「じゃ、私たちも帰ろっか」
「えぇ」
残った二人は、肩を並べて歩き出した。
途中で亜里沙がふと足を止め、いつもより少しだけ低い声を出す。
「ねぇ、柊さん」
「なにかしら?」
凛々華が隣を向くと、亜里沙は真剣な表情を浮かべていた。
「このあと、お茶してかない? ——ちょっと、相談したいことがあるんだ」
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