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第161話 クリスマスデート④ —サンタコス—

「ふぅ〜……お腹いっぱい〜」


 遥香(はるか)がソファーに身を投げ出し、満足げに伸びをした。


「食いすぎだって」


 (れん)は苦笑しながら席を立ち、自室から紙袋を持ってきた。

 同時に、凛々華(りりか)も自分のカバンの横に置いていた袋から、クマのぬいぐるみを取り出す。


「えっ……」

 

 遥香がぴくりと反応し、そろそろと体を起こす。

 その瞳は期待に満ちていた。


「反応いいな」


 蓮が苦笑を浮かべつつ、紙袋を遥香に渡した。


「遥香、メリークリスマス」

「やったぁ!」


 遥香は嬉しそうに中をガサゴソとあさり、ふわふわのタオルを取り出す。


「おぉ、気持ちいい……!」

「俺ら二人からだ。部活で使えよ」

「うん、ありがとう!」


 遥香がぽふっとタオルに顔を埋めたあと、キラキラとした目で蓮の隣に視線を移す。

 凛々華は微笑み、ぬいぐるみを差し出した。


「これは、おまけみたいなものだけれど」

「わぁ、めっちゃかわいい!」


 遥香はしばしぬいぐるみを見つめ、ぎゅっと胸に抱きしめた。

 

「凛々華がUFOキャッチャーで取ったんだぞ」

「そうなの? ありがとう、凛々華ちゃん!」

「割り勘だけれどね」


 凛々華は照れたように笑いながら、静かにうなずいた。

 遥香はタオルを首に巻き、ぬいぐるみをしっかりと抱えて、ピースサインを決めた。


「イェイ!」

「ふふ、似合ってるわよ。蓮君、写真を撮ってあげたら?」

「あっ、なら三人で撮ろうよ!」


 遥香が蓮にスマホを手渡してくる。

 

「そうするか。凛々華もいいか?」

「えぇ、もちろん。せっかくだし、遥香ちゃん真ん中で撮りましょう」

「身長的にもそれがいいな」

「ちょ、私そんなにチビじゃないし! 凛々華ちゃんがでかいだけだよ!」

「私は平均よ」


 遥香はむぅ、と頬を膨らませつつも、すぐに破顔して蓮の隣に並んだ。

 凛々華が背後からそっと、その肩に手を添えた。


「えへへ」


 遥香の笑みがさらに深まる。蓮と凛々華も、自然と口元を緩めた。

 何枚か撮り終えると、遥香がおもむろにサンタ帽を外した。


「ねぇ、凛々華ちゃんもこれ被ってよ!」

「えっ、私はいいわよ」

「ふふ、遠慮しなくていいんだよ? それに、兄貴も見たいって。凛々華ちゃんのサンタコス!」

「さ、サンタコスって……」


 遥香にサンタ帽を押し付けられた凛々華は、困ったような視線を蓮へ向けてきた。

 蓮は頬をかきながら、視線を逸らす。


「……嫌ならいいけど、ちょっとだけ、見てみたくはあるな」

「っ……」

「ほら、凛々華ちゃん、一回だけでいいから! 女は度胸だよー」


 遥香の追い打ちに、凛々華はため息をついた。


「……一回だけだから」


 言い訳をするようにつぶやきながら、帽子をおずおずと頭に乗せる。


(……かわいすぎるだろ……っ)

 

 ほんのり頬を染めたその表情に、蓮は目を奪われた。


「わっ、めっちゃ似合ってる! ね、兄貴?」

「……えっ? お、おう」

「あっ、兄貴。見惚れてたでしょ〜?」

「「っ……」」


 蓮と凛々華は揃って赤くなった。

 遥香がニヤニヤと笑いながら、二人の肩を叩く。


「ほらほら、撮っちゃおうよー。凛々華ちゃんがセンターね!」


 今度は遥香が、背後から抱きつくように凛々華の肩に手を乗せる。


「……ふふ」


 凛々華が表情を和らげたところで、蓮はシャッターを押した。

 相当恥ずかしかったのか、凛々華はすぐに帽子を外した。

 

「まったく、もう……」


 そう髪の毛を整える彼女の背後で、


「——ナイス、遥香」

「任せて」


 兄妹は密かにハイタッチを交わしていた。


 


 その後、蓮と凛々華はささっと片付けてしまおうと流しに向かったが、遥香が「今日は私がやるよ!」と申し出てくれた。


「本当にいいのか?」

「いいのいいの! ささっとやるとか言って、どうせまたイチャイチャするじゃん? もう甘いのはお腹いっぱいだもーん」


 遥香がふん、とそっぽを向く。

 

「べ、別にイチャイチャなんてしねえから」

「洗い物をするだけよ?」

「無意識だからタチが悪いんだよっ。さっ、行った行った!」


 遥香が追い払うように手をひらひらさせる。

 蓮と凛々華は苦笑を交わし、素直に従うことにした。


「じゃあ、鍵は持ってくからちゃんと閉めとけよ。寝てていいからな」

「遥香ちゃん、ありがとね」


 靴を履いて蓮と凛々華が振り返ると、遥香がグッと親指を立てた。


「わかってるよー。凛々華ちゃんも、色々ありがと!」

「えぇ。それじゃあ、また」

「行ってくるな」

「はーい、いってらっしゃい!」


 玄関の扉が閉まる。

 遥香は「よしっ!」と気合いを入れて、流しに戻った。




「完了ー」

 

 遥香はふぅ、とひと息ついてリビングに戻る。

 先程までとは打って変わって、その場を静寂が包み込んでいた。

 ソファに腰を下ろし、ぬいぐるみを胸に抱き寄せる。


「……ありがと、二人とも」


 温かな気持ちが胸に広がっていく。

 ほんの少しだけ、寂しさがにじむけれど——


(でも、すっごく、嬉しかった)


 ぬいぐるみに顎を乗せながら、スマホを操作する。

 表示させたのは、もちろん先程のスリーショット。


「兄貴、めっちゃデレデレしてんじゃん」


 そんなツッコミを入れながら、遥香はひとり笑みを漏らした。


「あっ、そうだ。二人に送っとかないと」




 ——送られてきた写真を見て、蓮と凛々華は頬を緩めた。


「遥香ちゃん、満面の笑みね」

「そうだな……ありがとな、凛々華」

「なにが?」


 凛々華が目を瞬かせた。

 

「遥香のことだよ。俺がピザ取りいってる間に、元気づけてくれたんだろ?」

「少し話をしただけよ。あの子が、素直に気持ちを打ち明けてくれたから」

「そうか……でも、助かった」

「えぇ。それにしても——」


 凛々華がイタズラっぽく首を傾げ、流し目を向けてくる。


「変なところで気を遣ってしまうのは、誰に似たのかしらね?」

「凛々華もそういうとこあるだろ」


 そんなやり取りを交わしながら、(ひいらぎ)家にたどり着く。

 インターホンを押すと、ほどなくして扉が開いた。


「蓮君、いらっしゃい」


 詩織(しおり)が、穏やかな笑みで迎えてくれた。


「こんばんは。夜遅くにすみません」

「いいのよ。あまり遅くなると危ないけど、こっちの時間は気にしなくていいから。ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 軽い挨拶を交わしてから、凛々華に導かれて二階に上がる。


「入って」

「おう、サンキュー……って、これ……っ」


 部屋に一歩足を踏み入れたところで、蓮は思わず足を止めた。

 壁にはさりげなくクリスマスのオーナメントが飾られ、小さなテーブルの上にはろうそく風のLEDランタンが揺れていた。

 決して派手ではないが、細やかな気配りとセンスが光る装飾だった。


「すげえ……! 全部、凛々華がやったのか?」

「えぇ。そんなに大したことじゃないけれど」

「いや、めっちゃ綺麗だよ」


 蓮は、凛々華の頭にポンッと手を置いた。


「ありがとな。俺の都合に付き合わせたのに、ここまでしてくれて」

「デートの計画とか立ててもらってるのだから、これくらいは当然よ」


 凛々華はそう澄ましてみせたあと、頬を染めてうつむく。


「それに……最後は二人で過ごしたいって言ってくれて、嬉しかったから」

「……そっか」


 蓮は少しだけ前かがみになり、凛々華の顔を覗き込むと、静かに唇を重ねた。


「ん……」


 ふっと吸い込むような息遣いとともに、凛々華のまぶたが震える。その手が、そっと蓮の胸を押した。

 蓮はハッとして顔を離した。


「あっ、ごめん……嫌だったか?」

「い、いえ、そうじゃないわ!」


 凛々華が慌てたように首を振り、ベッドに視線を向ける。

 そこには、二つの紙袋が光を受けて輝いていた。


「——けど、物事には順番があるでしょう?」

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