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第157話 クリスマスの約束

 ——週明けの月曜日。

 (れん)凛々華(りりか)が姿を見せると、友人たちは二人がの距離感が戻ったことに気づいたのか、それぞれ安堵の表情を見せた。


 蓮と凛々華は、「また心配かけて」と小言が飛んでくるのを覚悟していたが、実際に文句を言ってきたのは、少々意外な二人——亜美(あみ)莉央(りお)だった。


「せっかく藤崎(ふじさき)が二人の仲を引き裂いたのに、本当にギスギスしてたらいじれないじゃん」

「藤崎の頑張りが無駄になるところだった。反省するべき」


 第四回の定期テスト、蓮が一位で結菜(ゆいな)が二位、凛々華が三位だった。

 揶揄ってこないなと思っていたら、どうやら気を遣ってくれていたらしい。

 

「砂糖をばら撒いたかと思えば心配させて……困った二人ね」


 結菜がジト目を向けてくる。


「マジでごめん」

「迷惑かけたわ」

「……ま、それだけ影響力がある証拠だけど」


 蓮と凛々華が頭を下げると、結菜はそう言って鼻を鳴らした。

 どこか温かい空気が流れる中、亜美が凛々華にイタズラっぽい視線を向ける。


(ひいらぎ)、負けてていいの?」

「次は勝つわよ。蓮君にもね」

「いや、そうじゃなくて」


 莉央が首を振り、結菜に目を向ける。


「このままだと、ツンデレポジ、藤崎に取られるよ」

「はっ?」

「はっ⁉︎」


 凛々華は怪訝そうな、結菜は素っ頓狂な声をあげた。


「な、何言ってんのよ⁉︎」

「ほら、こういう反応」

「っ……知らない!」


 結菜が顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていく。

 ニヤニヤとその背中を見送る亜美と莉央に、蓮は苦笑いを向けた。


「お前ら、いい性格してるよな……」

「藤崎には、あれくらいがちょうどいいんだよ」


 亜美は冗談とも本気ともつかない声色でそう言って、ウインクをしてみせた。

 隣で莉央もうんうんとうなずいている。

 

 きっと、容赦のないいじりは、彼女たちなりの気遣いなのだろう。

 ……単純に楽しんでいる一面も、あるのだろうが。




◇ ◇ ◇




 宣言通り、凛々華はテスト明けにもかかわらず、これまで以上に勉強に力を入れていた。

 蓮や結菜への対抗心——それに加えて、蓮への仕返しも含まれているのだろう。

 途中でうやむやになってしまったとはいえ、「わがままを言う」というミッションは、凛々華にとっては相当恥ずかしかったはずだ。


 もちろん、蓮も油断はしていない。しかし、凛々華と違って、学校の勉強だけをしているわけではなかった。

 理系に行くと決めてから、プログラミングの勉強を始めていた。


 今も、凛々華が英語の勉強をしている横で、蓮はパソコンに向かっていた。


(ちょっと目、休めるか……)


 パソコンを閉じると、ちょうど凛々華も休憩に入るところだった。


「順調か?」

「えぇ、そっちは?」

「まぁ、順調っちゃ順調だな」

「すごいわね、独学で」

「今はAIとかもあるからな。これまでよりは断然、勉強しやすい環境だと思う」


 蓮が苦笑してみせると、凛々華は微笑んでうなずく。

 その穏やかな表情を見ていると、蓮の胸が締め付けられた。


「それより、凛々華……相談というか、お願いしたいことがあるんだけど、いいか?」

「どうしたの?」

「二十四日のデート、ちょっと早めに解散でもいいか?」

「えっ……どうして?」


 凛々華の瞳が、わずかに揺れた。不安そうな表情だ。

 

「父さん、今仕事がめちゃくちゃ忙しい時期だし、二十五日は一日バイトだろ? そうなると、二十五日は確定で遥香(はるか)が夜一人になるんだ。だから、せめて二十四日は一緒にいてやりたくてさ。大丈夫って言ってたけど……あれで、寂しがり屋だから」

「あぁ、そういうこと……」


 凛々華がホッと息を吐いた。


「それなら、デートのあとに、三人で夕食にすればいいんじゃないかしら?」

「えっ……いいのか?」

「それも楽しそうじゃない。それに、遥香ちゃんのことが気になっていたら、蓮君もデートに集中できないでしょう?」

「それは……」


 蓮は咄嗟に口を開くが、否定できなかった。


「……ごめん」

「謝る必要はないわ。妹想いなところは素敵だと思うし、その……それなら、早めに解散する必要もなくなるでしょう?」


 その一言に、蓮はハッとした。

 自分と少しでも長くいたいと思ってくれている。その事実に、胸がじんわりと熱くなった。


「そうだな……ありがとう、凛々華」


 素直な感謝の言葉とともに、唇を寄せる。

 凛々華は瞳を閉じて、静かに受け入れてくれた。


「ん……」


 静かな吐息が、二人の距離をさらに縮める。

 キスを終えたあと、蓮はそのまま凛々華を腕の中に引き寄せた。


「本当に、いつも助けられてばっかだな」

「そんなつもりはないけれど……蓮君がそう思うなら、いいわ」

「おう。その代わりって言ったら、あれだけどさ」


 蓮が少しだけ口調を落として、静かに切り出す。


「夕食のあと、ちょっとだけでいいから、二人で過ごさねえか?」


 凛々華が目を細め、蓮を見つめる。


「蓮君の部屋で、ということ?」

「いや、時間帯的に、凛々華んちがいいな。もちろん、詩織(しおり)さんの許可が下りればだけど、寒いし、いくら俺がいても夜道は危ねえからさ」

「……そうね」


 凛々華が少しだけうつむきながら、はにかむように笑った。


「詩織さん。今夜は早めに帰ってくるんだろ?」

「えぇ。そろそろ帰ってくるんじゃないかしら」

「じゃあ、送ったときに俺からお願いするよ」

「そんなことしなくても、蓮君なら許してくれると思うけど」


 凛々華がくすっと苦笑する。

 けれど蓮は、軽く首を振った。


「いや、誠意の問題だからさ」

「……相変わらず、頑固な人ね」

「悪かったな」


 蓮は照れくさそうに笑いながら、そっと彼女を抱きしめ直した。


「……ありがとう」


 腕の中で、凛々華がぽつりとつぶやく。


「もちろん、遥香ちゃんと三人で過ごすのも楽しみだけれど……」


 そこで言葉を区切るが、想いは伝わってきた。

 蓮は少しだけ腕に力を込めて、続きを引き取った。

 

「やっぱり、最後は二人で過ごしたいよな」

「っ……」


 凛々華の体が小さくぴくりと反応した。

 次の瞬間——、

 柔らかい感触が、そっと蓮の首筋に触れた。


「っ……⁉︎」


 蓮は思わず飛び退いた。


「り、凛々華⁉︎」

「……前に、あなたがやったことよ」


 凛々華は頬を染めながら、得意げに微笑んだ。


「……本当、負けず嫌いだよな」

「べ、別に、対等でいたいだけよ」


 凛々華がツンとそっぽを向く。

 蓮はふっと目を細め、もう一度抱き寄せた。


「……ありがとな、凛々華。ちゃんと話してよかった」

「こっちこそ、相談してくれて嬉しかったわ」

「おう。……二十四日、楽しみだな」

「えぇ」


 二人は笑みを交わし、最後にもう一度、唇を重ねた。

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