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第151話 打ち上げと、着々と進む準備

 体育祭の打ち上げは、近くのファミレスで行われた。

 各々が好きなグループを作って座る中、(れん)凛々華(りりか)は水とおしぼりを取りに行き、席に戻った。


「ありがとう〜」

「ありがと、蓮君、(ひいらぎ)さん」


 (いつき)心愛(ここあ)がお礼を言う中、夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)がニヤッと目を細める。


「こういうとこ、さすがだねー」

「うん、やっぱりカフェ店員は違うわ」

「あんまり関係ねえと思うけど」

「でも、実際手際いいよね〜」


 心愛がのほほんと笑みを浮かべた。

 蓮と凛々華は小さく苦笑し、六人席の空いているところに並んで腰を下ろす。

 

 女性陣四人はそれぞれ系統の違う整った顔立ちをしているため、蓮と樹には羨ましがるような視線が送られていた。

 ——ただ、今日に関しては、彼ら以上に注目を集めている席があった。


「……なんか、無駄に注目されてるんだけど」


 英一(えいいち)が眉をひそめてつぶやくと、正面の結菜(ゆいな)がすかさず返す。


「居心地悪いなら、他のとこ行けばいいじゃん」

「……君が連れてきたんだろう?」

「ひと席余ってたからってだけよ」


 結菜が鼻を鳴らしてそっぽを向くと、英一の眉がわずかに寄った。


「ほらほら、喧嘩しないでー」

「結菜も棘のある言い方しないの」


 日菜子(ひなこ)玲奈(れいな)がなだめるように間に入る。


「別に、喧嘩してないし」

「でも、やっぱりああいうことがあると、ちょっと気まずくなるじゃん?」


 亜美(あみ)がバトンのミスを示唆すると、莉央(りお)が静かにうなずきながら口を開いた。


藤崎(ふじさき)早川(はやかわ)は、仲直りの握手をしておくべき」

「はっ? な、なんでそんなことしなきゃいけないのよ」


 結菜が眉を寄せると、英一も肩をすくめた。

 

「僕は気にしてないけどね。体育祭なんて、しょせんは遊びの延長だし」

「それ、あの二人に向かって言えるならいいよ」


 莉央が、蓮と凛々華に目を向けた。


「っ……」

 

 英一は言葉を詰まらせた。

 自分のミスで順位が落ちたこと。そして、それを彼らが取り返したこと。

 口には出さずとも、その事実は確かに胸に残っていた。


「ほら、早川。藤崎も」


 亜美が少し強めに促すと、結菜がふぅ、と息を吐いた。


「……わかったわよ。握手すればいいんでしょ」


 ぶっきらぼうにそう言いながらも、彼女は手を差し出した。


「……仕方ないな」

 

 英一も小さくため息をつきながら、それをしっかりと握り返した。

 結菜が咳払いをして、周囲を見回す。


「ごめん、変なことに付き合わせて」

「全然いいよー!」


 夏海が空気を変えるように答え、グラスを持って立ち上がる。


「じゃ、より一層クラスの絆が深まったところで——体育祭、お疲れさまでした!」


 球技大会に続いて、体育祭でも実行委員を務めた彼女の音頭で、打ち上げが始まった。

 しばらく談笑が続いたあと、亜里沙がふと思い出したように、隣を見る。


「そういえばさ、桐ヶ谷(きりがや)君。借り人競争のとき、『可愛い人』ってお題だったのに、ちょっと迷ってなかった?」


 亜里沙の突っ込みに、樹がわたわたと手を振る。


「ち、違うよ! ちょっと恥ずかしかっただけで、初音(はつね)さんしかいないから——あっ」


 言ってから気づいたように、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 亜里沙が呆れたように片目をつむる。


「……なに、桐ヶ谷君もそっち系?」

「心愛ちゃん、意外と難敵かもよ?」

「そうなんだよね〜」


 夏海がニヤニヤと視線を送ると、心愛が照れ笑いを浮かべた。

 誤魔化すように、樹のお皿に目を向ける。


「桐ヶ谷君、あんまり食べてないね? 疲れた?」

「ううん、けど、その……打ち上げとかで、女の子と一緒に食べるの初めてだから、緊張してて……」


 樹が助けを求めるように、一緒にいることの多い二人に視線を送ると、彼らは「頑張れよ」というように親指を立てた。


「そっか〜。まあ、女の子のほうが多いしね」


 心愛は慈しむように瞳を細めた。

 蓮は意地の悪い笑みを浮かべて、樹をつつく。


「初音を借りて満足したから、あんまり腹減ってねえんだろ?」

「うっ……そういう蓮君だって——あれ?」


 樹が赤くなりながらも反論しようとして、首をかしげた。

 

「今回、あんまり二人のイチャイチャ見られなかったよね〜」

「せいぜい、バトンパスくらい?」

「そうだね——あっ、でも」


 夏海がイタズラっぽく笑い、凛々華に目を向ける。


「リレーで黒鉄(くろがね)君の声が聞こえた瞬間、柊さん明らかに加速してたよね?」

「あっ、確かに!」


 亜里沙がポンッと手を叩いた。


「あ、あれはラストスパートだったからよ」

「でも、力にはなったでしょ?」

「っ……」

 

 心愛に覗き込むように問われ、凛々華はぴたりと動きを止めた。

 数秒の沈黙のあと——耳まで赤くなりながら、こくんとうなずいた。


「イエーイ!」

「ごちそうさまでーす!」


 そのしおらしい仕草に、夏海と亜里沙がすかさず乾杯する。


「なんの乾杯なのよ?」


 凛々華にジト目を向けられ、二人は揃って首を捻った。

 

「……確かに」

「なんだろうね?」

「わかってなかったのかよ」


 蓮がすかさずツッコミを入れ、その場は笑いに包まれた。

 その後も、それぞれのテーブルに笑顔と温もりが満ちたまま、ファミレスの夜は更けていった。




◇ ◇ ◇




 明るい照明と喧騒から離れると、夜の街は静かで、少し肌寒い空気が心地よく感じられた。


「星、綺麗だな」

「えぇ……」


 蓮の何気ない言葉に、凛々華が小さく同意する。


「もう、十月なのね」

「なんか、あっという間だったな」

「そうね……」


 歩みを緩めた凛々華は、立ち止まって夜空を見上げたまま動かない。

 その横顔が、星明かりを受けてほんのりと輝いて見えた。


(……綺麗だ)


 蓮は思わずスマホを取り出し、そっとシャッターを切る。


「な、なによ?」


 凛々華が少し驚いたように振り返る。


「いや、なんか……めっちゃ綺麗だったから」


 その素直な言葉に、凛々華は頬を染めた。


「……ばか」


 小さくつぶやいて、再び空を見上げる。


「何考えてたんだ?」

「別に……これからのことよ。合唱祭もあるし、定期テストも二回残っているけど、またあっという間に過ぎて行くんだろうなって、思っただけ」


 彼女の言葉に、蓮は隣で静かにうなずいた。


「そうだな。クリスマスとか、バレンタイン、ホワイトデーもあるしな」

「……そうね」


 凛々華が、照れくさそうに、それでもどこか嬉しそうに微笑んだ。

 その表情を見て、蓮の胸がじんわりと温かくなる。


(……全部、楽しませてやろう)


 だが、蓮にとってはそれらのイベント以上に重要な日が、もうすぐやって来る。

 この一年で最も大切にしたい一日——その準備は、すでに始まっていた。


(さっきの一枚も、ムービーに追加しとかないとな)


 撮り溜めた写真と動画。

 それらを並べていくたびに、想いは強くなるばかりだった。




 ——その夜。黒鉄家のリビング。


「……兄貴、パソコン見ながらニヤニヤするのやめてくれない? ちょっとキモいよ」


 ソファの向かいから、妹の遥香(はるか)が眉をひそめる。

 蓮は一瞬だけ申し訳なさそうに視線を逸らし、


「悪い。あと数日は我慢してくれ」


 そう言ったかと思えば、またすぐに画面に目を戻し、口角を上げる。


「……だめだこりゃ」


 遥香は半ば呆れながらも、その口元はほんのり弧を描いていた。

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