表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/195

第148話 彼女が寝落ちした

「お邪魔します」

「いらっしゃい、(れん)君」


 玄関で出迎えた詩織(しおり)が、優しい笑みを浮かべる。


「すいません、突然お邪魔しちゃって」

「いいのよ。ゆっくりしていってね」


 和やかな挨拶を終えると、蓮は凛々華(りりか)とともに彼女の部屋へと向かった。

 それぞれ本を開き、言葉少なに、それでも心地よい空気を共有していた。


 詩織が「少し買い物に行ってくるわね」と告げて出ていってから程なくして、凛々華がパタンと本を閉じた。


「読み終わったのか?」

「えぇ。お茶でも入れてくるわ」


 凛々華が立ち上がろうとした瞬間、蓮はスッと腰を上げた。


「いや、昨日飲み物くれたお礼ってことで、俺がやるよ」

「えっ?」

「待っててくれ」


 驚く凛々華を残して、蓮はバッグからジップロックを取り出し、そのまま一階のキッチンへ向かった。

 ハーブティーのティーバッグを、自宅から持ってきたのだ。

 

 湯を沸かし、カップにティーバッグを入れると、ふわりと優しい香りが立ちのぼる。

 カモミールに、ほんの少しのミント。

 甘くて、どこか清涼感のある香りが、蓮自身の肩の力まで抜いてくれるようだった。


 喜んでくれるだろうか——。

 そんなことを思いながら、二階に戻る。


「——ほら」

「ありがとう……」


 猫の絵柄のカップを手渡すと、凛々華はどこか緊張した面持ちで受け取り、一度湯気を吹いてからそっと口に含んだ。


「……あったかい」


 その一言に、蓮は思わず口元を緩めた。


「今日くらいは、ゆっくり休んでくれ。何かしてほしいことあれば、遠慮なく言ってくれていいからな」

「……」


 凛々華は一瞬だけ顔を伏せた。その肩が、わずかに揺れる。

 やがて、カップをテーブルに置き——、


「じゃあ……ちょっとだけ借りるわ」


 頬を染め、そっと蓮にもたれかかってくる。


「いくらでも貸すよ」


 蓮は彼女の肩を優しく抱いた。

 サラリと、髪の毛が落ちる。


「……凛々華の髪って、綺麗だよな」

「な、何言ってるのよ」

「あっ、いや、悪い。つい」


 照れ隠しのように言うと、凛々華は小さくため息をつき——蓮のシャツの裾を、そっと指先でつまんだ。


「……蓮君」

「どうした?」

「その……ありがとう。延期してくれたのも……今日、来てくれたのも」

「前に、甘えさせてもらったしな」


 だからおあいこだ、と蓮は笑った。

 凛々華は頬を緩めたあと、ぽつりと言った。


「……じゃあ、今度は蓮君が膝枕してくれないかしら?」

「えっ」


 蓮は思わず目を見張った。


「されたこと、ないんだもの」


 言い訳めいた口調で付け足す凛々華が、可愛らしくて。

 蓮は自然と笑顔になりながら、自身の膝を叩いた。


「いいぞ」

「え、えぇ」


 凛々華は静かに横たわり、膝の上に頭を乗せる。

 頬を染めつつも、どこかワクワクした表情を浮かべていたが、すぐに不満げに眉をひそめた。


「……硬いわね」

「仕方ねえだろ」


 蓮は苦笑いを浮かべた。

 女の子と違って、男の体は基本的にゴツゴツしているものだ。


「クッションでも敷くか?」

「いえ……このままでいいわ」


 凛々華が蓮の太ももに手を添え、スッと目を閉じる。

 普通にベッドに横になればいいのではないか——。

 蓮はそう思ったが、それが無粋であることは、さすがにわかった。


(たぶん、眠りたいわけじゃねえんだろうな)


 蓮はそっと凛々華の頭を撫でる。

 ゆっくりと、何度も。

 

 するとそのうち、すぅ、すぅというかわいらしい息遣いが聞こえてきた。


「硬いんじゃなかったのか」


 思わず笑ってしまう。

 凛々華の寝息は規則正しく、耳に心地よく響いていた。


 静かにその頬を見つめる。

 長く整ったまつげ。ほんのり赤みを帯びた頬。


「……かわいいな」


 誰にも聞かれないような小さな声で、ぽつりとこぼす。

 そして、ほんの少しだけ顔を近づけ——頬に軽く、キスを落とした。


「ん……」


 凛々華のまぶたがぴくりと動いたが、目は開かない。

 蓮は微笑みながら、静かに彼女の体温を感じ続けた。


 凛々華が目を覚ましたら、もう一度言葉にして伝えよう——。

 そう、心に決めた。


 

 

 凛々華はしばらく、気持ちよさそうに眠り続けていた。


「……んぅ」


 声にならない声を漏らしたあと、やがてそのまぶたが、ゆっくりと持ち上がった。

 アメジストの瞳がうっすらと光を取り戻し、数回まばたきを繰り返したあと——


「っ……!」


 彼女は突然、バッと上体を起こした。


「文句言ってたわりには、よく寝たな」


 蓮が茶化すように言うと、凛々華は照れ隠しのようにそっぽを向きながら、ぽつりとつぶやいた。


「……硬めの枕が好きなのよ」

「凛々華のって、どっちかっていうと柔らかくねえか?」


 蓮がすぐそばにある枕に手を伸ばすと——、


「黙りなさい」


 ガラ空きの脇腹に、鋭いチョップが突き刺さる。


「いてっ……まだ、本調子じゃねえみたいだな」

「チョップの強さで判断しないでもらっていいかしら」


 凛々華がジト目で睨んでくる。

 どうやら、先程よりは元気が戻ってきたようだ。


「悪い悪い……で、このあとはどうする? もっと寝ててもいいけど」

「いえ、もう目は覚めたし、映画でも観たいわ」

「そうするか」


 蓮が凛々華の机の上からパソコンを持ってきて、ベッドに並んで腰を下ろす。

 二人の膝にまたがるようにブランケットをかけ、その上にパソコンを乗せる。いつもの態勢だ。


 画面が起動する音の中、蓮は凛々華の手を取った。

 彼女は少し動揺したようだが、すぐに指を絡めてきた。


 映画が進むにつれ、二人の距離が少しずつ縮まり、肩が自然と触れ合う距離になった。

 やがて、エンドロールが流れ始めるころ——


「ふわぁ……」


 蓮はあくびを漏らした。


「……膝枕はしてあげないわよ」


 凛々華がすかさず釘を刺すように言うと、蓮は苦笑しながら肩をすくめた。


「わかってるって……でも、これくらいはいいだろ?」


 そう言って、凛々華の肩にそっと頭を預けた。


「っ……!」


 凛々華が息を呑む気配がした。

 蓮がちらと様子を見ると、彼女は耳の先まで赤くなっていた。


「まあ……それくらいなら、いいけれど」


 平然を装ってはいたが、目線が泳いでいる。

 そんないじらしい様子が見れたなら、勇気を出して甘えた甲斐があったというものだ。

 蓮は満足げに笑って、再び目を閉じた。


 ——すると次の瞬間、頬に手のひらが添えられた。

 そのまま、額にふわりと柔らかい感触。


「……っ」


 あまりに突然のキスに、蓮は呆然とするしかなかった。


「り、凛々華、今の——」

「いつも、あなたがしていることよ」


 凛々華はわずかにそっぽを向きながら、それでもいたずらっぽく微笑んだ。

 その照れと誇らしさが混じった表情に、蓮の胸がじんわりと熱くなる。


 でも、やはり男のプライドとして、やられっぱなしというわけにはいかない。

 蓮は頬が熱を持つのを感じつつ、ふっとひと息吐いた。


「……たしかに、さっきもしたしな」

「えっ?」


 凛々華が記憶を探るように、瞬きをする。

 蓮はニヤリと口角をあげて、一拍置いてから言った。


「——寝てるときだよ」

「っ……!」


 凛々華の顔が一気に紅潮する。

 今しかない——。


「凛々華って、やっぱり……かわいいよな」

「な、なっ……⁉︎」


 凛々華はうろたえたように、口をパクパクさせる。

 蓮は笑いながら、そっと彼女を抱き寄せた。


「——ありがとう」


 その一言は、自然にこぼれたものだった。

 今だけじゃない。これまでの様々な思いがにじんでいた。


「な、なんなのよ、いきなり……っ」


 凛々華は困惑したように言いながらも、腕の中から逃れようとはしなかった。

 それが嬉しくて、蓮はますます力強く彼女を抱きしめた。


 言葉を交わすわけでもなく、彼らはしばらくお互いの温もりを感じていた。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ