表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/195

第146話 対等でいたいの

「甘えろって……どういうことだ?」


 (れん)が戸惑いながら聞き返すと、凛々華(りりか)は視線を逸らしながら、耳まで赤くなって言い訳めいた口調で続ける。


「気持ちはちゃんと伝わってるけれど……蓮君、全然甘えてこないじゃない」

「まあ、たしかに」


 蓮は妙に納得してしまった。

 スキンシップを取ることはあっても、明確に甘えたことはないかもしれない。


「そうでしょう? 私だけじゃ、不公平よ」

「って言われても……どうすりゃいいんだ?」

「そ、そんなの、自分で考えなさい」


 凛々華は拗ねたようにそっぽを向いた。


(言い方的に、自分がやってることをやってほしいんだよな……)


 寄りかかったり、腕に手を回したり。

 思い返せば、凛々華はけっこう甘えてくれていたように思う。


(慎重になりすぎても、また不安にさせちゃうしな)

 

 照れくさいだけで、嫌なわけではない。

 蓮は意を決して、控えめに凛々華に身を寄せた。


「っ……」


 凛々華の肩が小さく跳ねる。


「こ、こんな感じか?」

「……まあ、いいんじゃないかしら」


 凛々華の声は硬かった。ややあって、控えめに蓮の頭を撫でてくる。

 こそばゆさはあったが、そのまましばらく寄りかかっていると、蓮の中で何かがゆっくりとほぐれていくのを感じた。


(……悪くねえな)


 凛々華の体温や、優しく撫でる指先が心地よい。

 蓮は腕を伸ばし、空いているほうの凛々華の手に、指を絡めた。


「っ……」


 凛々華が小さく息を呑むのが伝わってきたが、手を振り払うことはなく、そのまま握り返してきた。


「ちょっとは……自然になったじゃない」


 言葉では強がっていたが、声の震えと、朱色に染まった頬は誤魔化せていなかった。

 その反応に、蓮は少しだけ自信を得る。


 しばらくして、凛々華が立ち上がった。


「飲み物、持ってくるわね」

「おう」


 そう言って部屋を出ていく背中を見送った蓮は、離れた体温に寂しさを覚えた。

 同時に、胸の奥がむず痒くなる。今なら——


(……いや、でも)


 迷う気持ちもあった。

 けれど、このチャンスを逃したら、また自分からは踏み込めないかもしれない。


 凛々華が戻ってきて、机の上に飲み物を置いた、その瞬間。

 蓮は背後から近づくと、両腕を回して華奢な身体を抱きしめた。


「きゃっ……⁉︎ ちょ、ちょっと……っ」


 凛々華の声は、明らかにうわずっていた。

 けれど、蓮はそのまま彼女の首元に顔を埋め、言い訳めいた言葉をこぼした。


「甘えろって、言われたからな」

「……っ、もう……」


 凛々華はピクッと震えてため息混じりにつぶやくが、怒っている様子はない。

 どころか、真っ赤になってうつむきながら、蓮の腕に手を添えてきた。


 これ以上は色々と危ないところで、蓮は彼女を解放した。


「……飲み物、ありがとな」

 

 誤魔化すように、コップに口をつける。

 喉を通る冷たい感覚は心地よいが、胸の高鳴りは一向に収まる気配がない。


 これ以上、密着するのが色々と良くないのはわかってる。

 でも、もっと凛々華に触れていたいと思った。


(なんか、ちょっと変なテンションになってるな……)


 妙な高揚感に突き動かされ、蓮は口を開いた。


「なあ、膝枕とか……ダメか?」

「えっ——」


 凛々華は目を丸くし、それからジト目で睨んでくる。


「……なんだか、欲望のために利用されているような気がするのだけれど?」

「ち、違えって。パッと思いついただけで、嫌ならいいから」


 蓮が焦って弁明すると、凛々華はひとつ息を吐き、素っ気なく膝を叩く。


「……まあ、別にいいけれど」

「お、おう……」


 蓮は横になり、ゆっくりと頭を乗せた。

 太ももの柔らかさとふんわり香る匂いに、顔が火照る。


(落ち着け……これはただの膝枕……)


 そんな葛藤の中、凛々華の指が頭を撫でる。

 慈しむような手つきが、蓮の緊張をほぐし、徐々に眠気を運んできた。


「ふわぁ……」


 思わずあくびを漏らすと、凛々華がクスッと笑った。


「少し、目を閉じたら?」

「あぁ……」


 すでに意識がぼんやりしていた蓮は、言われるがままにまぶたを下ろした。


「——おやすみなさい、蓮君」

 

 凛々華が囁きながら、ふんわりと蓮の手を包み込む。

 その温もりに安心感を覚えながら、蓮は眠りへと落ちていった。




 ——どれくらい経っただろうか。

 蓮が目を開けると、アメジスト色の瞳が覗き込んでいた。


「起きた?」

「おう……。ごめん、重かったよな」


 蓮は上体を起こした。


「えぇ、ちょっと足が痺れたわ」


 凛々華は冗談めかして言ったが、その表情は穏やかで優しかった。


「ごめんな。寝るつもりはなかったんだけど……その、思った以上に気持ちよくて」

「っ……やっぱり、欲望を満たすためだったのね」

「だ、だから違えって!」


 蓮が慌てて否定すると、凛々華がふふ、と笑った。

 

「冗談よ。……それより、その、どうだったかしら?」

「なんか、すげえ安心できたっつーか……リラックスできた気がする」


 蓮は頬を掻きながら、正直に言った。

 凛々華が満足そうにうなずく。


「そう。じゃあこれからも、遠慮せずに甘えなさい」


 どこか上から目線でそう言ったあと、凛々華は一転して恥じらうように瞳を伏せた。

 やがて、覚悟を決めたように顔を上げると、正面から蓮を見つめて言葉をつむいだ。


「これまで支えてもらってばかりだったから……これからは、私も支えたいのよ。蓮君とは、対等でいたいの」

「いや、むしろ俺のほうが支えてもらってると思うんだけど……今も」


 蓮が苦笑混じりに返すと、凛々華がムッと唇を尖らせる。


「男の子って、すぐ強がるんだから……。でも、私は全部見せてほしいの。蓮君の強いところも、弱いところも」

「っ……」


 まっすぐすぎる言葉に、蓮の息が詰まる。


「……すげえよな、凛々華って」


 思わずそう漏らすと、凛々華は誤魔化すように咳払いをした。

 

「と、とにかく、我慢しないで甘えなさいってことよ。ただし、膝枕は特別なときだけだから」

「わかった。覚えておくよ」


 最後に付け足された彼女らしい言葉に、蓮は思わず笑ってしまった。

 でも、胸は愛おしさでいっぱいだ。


「……ありがとな、凛々華」


 素直な感謝の言葉とともに、唇を寄せる。

 凛々華は瞳を閉じて、静かに受け入れてくれた。


「ん……」

 

 何度か口づけを交わして、顔を離すと——

 凛々華が、控えめに体を寄せてきた。その腕がおずおずと蓮の背中に回される。


「おいおい、今日は俺が甘える日じゃねえのか?」

「あ、甘えさせてあげてるのよ」


 ツンとした口調とは裏腹に、彼女は胸に額を押し付けてくる。

 そこから熱が伝わるように、蓮の胸に温かいものが広がった。


「そっか」


 ふっと微笑み、あごの下で揺れる柔らかな紫髪に、そっとキスを落とした。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ