第146話 対等でいたいの
「甘えろって……どういうことだ?」
蓮が戸惑いながら聞き返すと、凛々華は視線を逸らしながら、耳まで赤くなって言い訳めいた口調で続ける。
「気持ちはちゃんと伝わってるけれど……蓮君、全然甘えてこないじゃない」
「まあ、たしかに」
蓮は妙に納得してしまった。
スキンシップを取ることはあっても、明確に甘えたことはないかもしれない。
「そうでしょう? 私だけじゃ、不公平よ」
「って言われても……どうすりゃいいんだ?」
「そ、そんなの、自分で考えなさい」
凛々華は拗ねたようにそっぽを向いた。
(言い方的に、自分がやってることをやってほしいんだよな……)
寄りかかったり、腕に手を回したり。
思い返せば、凛々華はけっこう甘えてくれていたように思う。
(慎重になりすぎても、また不安にさせちゃうしな)
照れくさいだけで、嫌なわけではない。
蓮は意を決して、控えめに凛々華に身を寄せた。
「っ……」
凛々華の肩が小さく跳ねる。
「こ、こんな感じか?」
「……まあ、いいんじゃないかしら」
凛々華の声は硬かった。ややあって、控えめに蓮の頭を撫でてくる。
こそばゆさはあったが、そのまましばらく寄りかかっていると、蓮の中で何かがゆっくりとほぐれていくのを感じた。
(……悪くねえな)
凛々華の体温や、優しく撫でる指先が心地よい。
蓮は腕を伸ばし、空いているほうの凛々華の手に、指を絡めた。
「っ……」
凛々華が小さく息を呑むのが伝わってきたが、手を振り払うことはなく、そのまま握り返してきた。
「ちょっとは……自然になったじゃない」
言葉では強がっていたが、声の震えと、朱色に染まった頬は誤魔化せていなかった。
その反応に、蓮は少しだけ自信を得る。
しばらくして、凛々華が立ち上がった。
「飲み物、持ってくるわね」
「おう」
そう言って部屋を出ていく背中を見送った蓮は、離れた体温に寂しさを覚えた。
同時に、胸の奥がむず痒くなる。今なら——
(……いや、でも)
迷う気持ちもあった。
けれど、このチャンスを逃したら、また自分からは踏み込めないかもしれない。
凛々華が戻ってきて、机の上に飲み物を置いた、その瞬間。
蓮は背後から近づくと、両腕を回して華奢な身体を抱きしめた。
「きゃっ……⁉︎ ちょ、ちょっと……っ」
凛々華の声は、明らかにうわずっていた。
けれど、蓮はそのまま彼女の首元に顔を埋め、言い訳めいた言葉をこぼした。
「甘えろって、言われたからな」
「……っ、もう……」
凛々華はピクッと震えてため息混じりにつぶやくが、怒っている様子はない。
どころか、真っ赤になってうつむきながら、蓮の腕に手を添えてきた。
これ以上は色々と危ないところで、蓮は彼女を解放した。
「……飲み物、ありがとな」
誤魔化すように、コップに口をつける。
喉を通る冷たい感覚は心地よいが、胸の高鳴りは一向に収まる気配がない。
これ以上、密着するのが色々と良くないのはわかってる。
でも、もっと凛々華に触れていたいと思った。
(なんか、ちょっと変なテンションになってるな……)
妙な高揚感に突き動かされ、蓮は口を開いた。
「なあ、膝枕とか……ダメか?」
「えっ——」
凛々華は目を丸くし、それからジト目で睨んでくる。
「……なんだか、欲望のために利用されているような気がするのだけれど?」
「ち、違えって。パッと思いついただけで、嫌ならいいから」
蓮が焦って弁明すると、凛々華はひとつ息を吐き、素っ気なく膝を叩く。
「……まあ、別にいいけれど」
「お、おう……」
蓮は横になり、ゆっくりと頭を乗せた。
太ももの柔らかさとふんわり香る匂いに、顔が火照る。
(落ち着け……これはただの膝枕……)
そんな葛藤の中、凛々華の指が頭を撫でる。
慈しむような手つきが、蓮の緊張をほぐし、徐々に眠気を運んできた。
「ふわぁ……」
思わずあくびを漏らすと、凛々華がクスッと笑った。
「少し、目を閉じたら?」
「あぁ……」
すでに意識がぼんやりしていた蓮は、言われるがままにまぶたを下ろした。
「——おやすみなさい、蓮君」
凛々華が囁きながら、ふんわりと蓮の手を包み込む。
その温もりに安心感を覚えながら、蓮は眠りへと落ちていった。
——どれくらい経っただろうか。
蓮が目を開けると、アメジスト色の瞳が覗き込んでいた。
「起きた?」
「おう……。ごめん、重かったよな」
蓮は上体を起こした。
「えぇ、ちょっと足が痺れたわ」
凛々華は冗談めかして言ったが、その表情は穏やかで優しかった。
「ごめんな。寝るつもりはなかったんだけど……その、思った以上に気持ちよくて」
「っ……やっぱり、欲望を満たすためだったのね」
「だ、だから違えって!」
蓮が慌てて否定すると、凛々華がふふ、と笑った。
「冗談よ。……それより、その、どうだったかしら?」
「なんか、すげえ安心できたっつーか……リラックスできた気がする」
蓮は頬を掻きながら、正直に言った。
凛々華が満足そうにうなずく。
「そう。じゃあこれからも、遠慮せずに甘えなさい」
どこか上から目線でそう言ったあと、凛々華は一転して恥じらうように瞳を伏せた。
やがて、覚悟を決めたように顔を上げると、正面から蓮を見つめて言葉をつむいだ。
「これまで支えてもらってばかりだったから……これからは、私も支えたいのよ。蓮君とは、対等でいたいの」
「いや、むしろ俺のほうが支えてもらってると思うんだけど……今も」
蓮が苦笑混じりに返すと、凛々華がムッと唇を尖らせる。
「男の子って、すぐ強がるんだから……。でも、私は全部見せてほしいの。蓮君の強いところも、弱いところも」
「っ……」
まっすぐすぎる言葉に、蓮の息が詰まる。
「……すげえよな、凛々華って」
思わずそう漏らすと、凛々華は誤魔化すように咳払いをした。
「と、とにかく、我慢しないで甘えなさいってことよ。ただし、膝枕は特別なときだけだから」
「わかった。覚えておくよ」
最後に付け足された彼女らしい言葉に、蓮は思わず笑ってしまった。
でも、胸は愛おしさでいっぱいだ。
「……ありがとな、凛々華」
素直な感謝の言葉とともに、唇を寄せる。
凛々華は瞳を閉じて、静かに受け入れてくれた。
「ん……」
何度か口づけを交わして、顔を離すと——
凛々華が、控えめに体を寄せてきた。その腕がおずおずと蓮の背中に回される。
「おいおい、今日は俺が甘える日じゃねえのか?」
「あ、甘えさせてあげてるのよ」
ツンとした口調とは裏腹に、彼女は胸に額を押し付けてくる。
そこから熱が伝わるように、蓮の胸に温かいものが広がった。
「そっか」
ふっと微笑み、あごの下で揺れる柔らかな紫髪に、そっとキスを落とした。
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