第143話 来年も、再来年も
「蓮君、お久しぶりね」
「ご無沙汰してます」
簡単な挨拶を交わしたあと、三人でゆったり展示などを見て回った。
途中で、心愛と樹に出くわした。
「黒鉄君、凛々華ちゃん〜! ……って、あれ? もしかして凛々華ちゃんのお母さんですか?」
「えぇ、柊詩織です」
「初音心愛です! 凛々華ちゃんとは仲良くさせてもらってます〜」
ぺこりと頭を下げる心愛に、詩織がニコニコと目を細める。
「初音さんね、娘からお話は聞いているわ。元気で、とても気が利く子だって」
「そうなんですね! 凛々華ちゃん、そんなふうに思ってくれてたんだ〜」
「じ、事実でしょ……」
凛々華は居心地悪そうにそっぽを向いた。
心愛が嬉しそうに笑う。
「えへへ〜、ありがと! 三人でどこ回ってたの?」
「文化部の展示とか——」
和やかに女子トークが弾む中、樹がスッと蓮に近づいて、耳打ちした。
「蓮君蓮君。柊さんのお母さんなのに、怖くないね」
「……そうだな」
蓮が苦笑いしてうなずくと、凛々華が鋭い視線を飛ばした。
「桐ヶ谷君、何か言ったかしら?」
「な、なんでもないですっ」
そんなやり取りをしたあと、樹と心愛に別れを告げた三人は、蓮たちのクラスを訪れた。
ちょうど手が空いていたらしく、夏海と亜里沙が駆け寄ってくる。
「えっ、柊さんのお母さん!?」
「若っ! 姉妹でも通じますね!」
「あらあら、お上手ね」
さすがというべきか、二人はすぐに詩織と打ち解けた。
その後、夏海の提案で、詩織がモグラ叩きをやることになった。
その夏海が台の下からひょこっと顔を覗かせ、得意げに笑う。
「ふっふっふ。陸上部で鍛えた反射神経、お見せします!」
「あんた、長距離でしょ」
「細かいことは気にしない!」
亜里沙のツッコミに、夏海がウインクをする。
「ふふ、仲がいいのね」
詩織が口元を緩め、穏やかな空気のままゲームがスタートしたが。
——シュパッ、シュパ!
的確にモグラを叩いていく詩織の動きは、表情に似合わぬ鋭いものだった。
「くっ、は、速すぎる……!」
夏海が焦った声をあげ、モグラのスピードを上げるが、詩織は涼しい表情のまま、抜群の反射神経を見せた。
「いやぁ、完敗です……!」
時間が終わり、台の下から現れた夏海は、少し息を切らしていた。
「ふふ、お相手ありがとね」
「いえいえ! にしても、柊さんの脇腹チョップの異常な速度は、お母さん直伝だったんですねー」
「先祖代々伝わるものじゃないわよ」
凛々華が苦笑いを浮かべるが、詩織は不思議そうに首を傾げた。
「脇腹チョップ?」
「凛々華さんの得意技なんです」
亜里沙が凛々華に目を向け、ニヤリと笑う。
「無差別に繰り出すので、たまったものじゃないんですよ」
「む、無差別じゃないわ。因果応報よ」
凛々華がムッとしながら反論するのを見て、亜里沙がニヤニヤと笑う。
「やってること自体は否定しないんだ?」
「っ……!」
凛々華は顔を赤らめながら、反射的に手を振り上げる。
しかし、すぐに横にいる詩織の視線に気づき、ピタリと動きを止めた。
——そして、手を止めたまま、ますます赤くなっていく。
「……い、今のは……その、反射っていうか……」
しどろもどろになる凛々華を見て、他の者たちは一斉に吹き出した。
凛々華はさらに赤くなり、耐えきれないとばかりにうつむいた。
笑いが収まると、詩織が穏やかな眼差しで一同を見回す。
「みんな。娘と仲良くしてくれて、ありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ。私たちが仲良くさせてもらってます」
亜里沙がそう答え、夏海も続ける。
「凛々華さんには、いろいろ助けられてますし、人として大事なことを教えてもらいましたから」
「あら、そうなの?」
「そ、そんな大袈裟なものじゃないわよ……」
気まずそうにつぶやく凛々華に、詩織は柔らかい眼差しを向けた。
その温かな空気の中、亜里沙がふっと意地悪く笑う。
「まあ、どこでもかしこでもイチャイチャを見せつけられるのは、独り身としては堪えますけどね」
「わかるー」
夏海の合いの手に、凛々華と蓮が顔を赤くして動揺する。
「ちょ、ちょっと……!」
「そんなつもりねえって!」
慌てて弁明する二人を見ながら、詩織が夏海と亜里沙に優しい目線を送る。
「二人なら恋人くらいすぐにできるわよ。かわいいもの」
「え〜、本当ですか?」
「詩織さんこそお上手ですね!」
夏海と亜里沙が乗っかり、その場は温かい空気に包まれた。
◇ ◇ ◇
——夕方。
蓮と凛々華は、蓮の部屋でベッドに並んで腰かけていた。
窓の外では、文化祭の喧騒が嘘のように、穏やかな夕暮れが広がっている。
後日、クラスの打ち上げが予定されてはいるが、ひとまず今日で文化祭は一区切り。
二人はスマホに収めた写真を見返しながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「凛々華。今回の文化祭は、結構はしゃいでたよな」
「そ、そうかしら」
凛々華は首をかしげるが、目線を逸らしている。心当たりはあるのだろう。
蓮はニヤリと口角をあげ、指折り数え始める。
「お化け屋敷で悲鳴あげてしがみついてきたし、遥香のお姉ちゃん呼びでも猫カフェのときくらいデレてたし、父さんの前ではめちゃくちゃ緊張してたからな」
「っ……!」
凛々華が一瞬言葉に詰まり、目を伏せる。
蓮は、そんな彼女の横顔を見ながら笑みを深めた。
「……蓮君だって」
反撃しようとする気配はあったが、彼女は次の言葉が見つからなかったのか、視線を落としながらつぶやいた。
「……格好悪いところ、見せなさいよ。私だけ、ずるいわ」
その声音はどこか拗ねたようでもあり、蓮の胸がじんわりと温かくなる。
「男は、格好つけたい生き物だからな」
そう苦笑して見せたあと、蓮は遠い目をした。
「でも、格好悪いってことで言えば……こんなに文化祭を満喫できたのは初めてだよ。今までは、斜に構えてたところもあったから」
そう言って、視線を凛々華へと戻す。
照れくさいけど、それよりも伝えたい想いが強くて。
「凛々華のおかげだよ。ありがとな」
「っ……」
凛々華は驚いたように目を見開いたあと、そっと視線を落として口を開いた。
「……お礼を言うのは、私のほうよ」
彼女はふと、視線を膝に向ける。そこに置かれた携帯には、一日目にみんなで撮った写真が映し出されていた。
六人全員が、どこか照れくさそうで、それでも弾けるような笑顔を浮かべていた。
「蓮君は、私がいなくても桐ヶ谷君や青柳君たちと仲良くしていたけど、私は蓮君が繋いでくれなかったら、水嶋さんや井上さんと仲良くすることはできなかったから……」
それは、大袈裟ではないかもしれない。
入学当初の凛々華は、夏海や亜里沙を含めたほとんどのクラスメイトを、いじめを見て見ぬ振りをする卑怯者として見限っていた。
「だから、もし来年クラスがバラバラになったらと思うと……少しだけ、不安なのよ」
「——大丈夫だろ」
蓮は力強く断言し、凛々華を抱き寄せた。
「凛々華は、ちゃんと変わってきてる。誰が見てもわかるくらいだと思うし、前の凛々華なら、何があっても伊藤を許そうとはしなかっただろ?」
彩絵のことを許したと報告を受けたときは、蓮ですら少し驚いたくらいだ。
「えぇ……きっと、卑怯な人だって切り捨てたと思うわ」
「だろ? だから大丈夫だ。偉そうな言い方になっちゃうけど……凛々華は、すげえ成長したと思う。誰と一緒になっても、うまくやっていけるさ」
「……そうね」
凛々華はふっと表情をゆるめ、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ありがとう。少し、安心したわ」
「それはよかった。こっちこそ、ありがとな。打ち明けてくれて」
「っ……もう」
凛々華が呆れたように息を吐き、頬を寄せてくる。
本当に、猫みたいだ。
蓮は髪をすくように凛々華の頭を撫でながら、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「来年も、再来年も。また一緒に回ろうな。絶対に」
「……えぇ、約束よ」
凛々華がスッと蓮を見上げ、頬を染めながらゆっくりとまぶたを閉じた。
蓮はその頬に手を添え、覗き込むように顔を近づける。
「ん……」
唇が重なり、優しく、けれど確かな熱を帯びた時間が流れた。
やがて唇が離れたあとも、蓮はこちらを見つめるアメジストの瞳から、目を逸らせなかった。
鼓動が早まり、呼吸が浅くなるのを感じる。
蓮が再び頬に触れると同時に、凛々華の指先がためらいがちに伸び——そのまま、そっと彼のシャツを掴んだ。
「……蓮君」
「っ——」
囁くようなかすれた声に、蓮の喉が鳴る。
互いに吸い寄せられるように、二人は再び接近し——、
「二人とも〜、アイスいる〜?」
——ノックの音とともに、遥香がひょこっと顔を覗かせた。
「「っ……!」」
二人は同時に手を離し、慌てて身体を離した。
遥香は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐにニヤリと笑い、
「お邪魔しました〜」
と言い残して、扉を閉めて去っていった。
「……あいつ、絶対わかってるよな」
「そうね」
二人は顔を見合わせ、照れくさそうな笑みを交わした。
「……アイス、食べるか」
「そうしましょう」
凛々華がゆっくりと立ち上がり、蓮もその後に続いた。
「あれ、二人とも、もっとゆっくりしててもいいのに〜」
リビングに降りると、遥香がニマニマと笑みを向けてくる。
「凛々華」
「えぇ」
蓮と凛々華はうなずき合うと、左右から遥香に近づいた。
「えっ、な、なに? ——わっ!」
頬を引きつらせる遥香の脇の下に腕を差し入れ、蓮はがっちりと妹を拘束した。
「あ、兄貴っ?」
「凛々華、いつでもいいぞ」
「えぇ」
その会話で、これから何が行われるのかを察したのか、遥香はサァ、と顔を青ざめさせた。
「ま、待って凛々華ちゃん! あ、アイスっ、好きな味選んでいいから——あひゃひゃひゃひゃ!」
凛々華の容赦のないくすぐりに、遥香は必死に身をよじらせるが、蓮の拘束を解くことはできなかった。
そして二分後——、
「これ、美味しいわね」
「外れないよな」
和やかな会話をしながらアイスをつっつく蓮と凛々華のそばで、遥香はソファに崩れ落ち、肩で息をしていた。
(くそぉ、ちょっと揶揄っただけなのに……!)
彼女は復讐心に燃えていたが、その後に二人から一口ずつアイスをもらったので、許してあげることにした。
まったく、困ったものだ。兄貴とお姉ちゃんは——。
遥香は心の中でそうつぶやき、ふっと笑みを浮かべた。
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




