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第140話 彼女が対抗心を燃やした

 お化け屋敷を出た瞬間、明るい日差しとざわめきが迎えてくれた。

 暗がりから解放されたことで、全員の表情が少し緩む。


「いや〜、面白かったね!」


 心愛(ここあ)がニコニコと楽しげに微笑む。


「そうね。思ったより作りもしっかりしてたわ」

「後半のお化けの演技も迫真だったよな」


 感心している凛々華(りりか)に、(れん)も苦笑混じりに続く。

 後になればなるほど、絶対に驚かすんだという気迫が感じられたのは、気のせいだろうが。その度に(いつき)が餌食になっていたが。


「ホント、怖かったよ〜。ね、桐ヶ谷(きりがや)君?」

「……初音(はつね)さんは、絶対怖がってなかったよね」


 樹がジト目で言うと、心愛は片目を閉じて、ウインクしてみせた。


「だって、頼りになる彼氏が守ってくれてたもん」

「っ……!」


 途端に樹が頬を染める。

 心愛はその反応に満足そうに笑みを深めると、そっと樹の顔を覗き込んだ。


「でも、楽しかったでしょ?」

「そ、それはまあ……」


 樹が照れたようにうなずいたあと、ちらりと凛々華を見やる。

 そして、意を決したような表情で、つぶやいた。


「……(ひいらぎ)さんがびっくりしてたのは、ちょっと、面白かった、かも……」

「っ……!」


 凛々華がぴくりと肩を跳ねさせた。


「……どうやら、桐ヶ谷君にも制裁が必要なようね」


 静かに言いながら、手を持ち上げ、脇腹チョップの構えを見せる。

 すると、すかさず心愛が樹の前に立ちはだかった。


「だめ〜。桐ヶ谷君にそういうことするのは、私の特権なんだから!」

「えっ……!」


 どこか得意気に胸を張る彼女に、樹はさらに真っ赤になり、蓮と凛々華も目を瞬かせた。

 心愛は蓮のほうへと向き直り、


黒鉄(くろがね)君も、凛々華ちゃんが他の男子にちょっかいかけるのなんて、見たくないでしょ?」

「……そりゃ、まあ」


 蓮がぼそっと答えると、心愛は満足げに笑った。


「えへへ〜、やっぱりね」


 一方、凛々華は目を細め、不敵な笑みを浮かべる。


「それはつまり、桐ヶ谷君の分まで、初音さんが肩代わりしてくれるという解釈でいいかしら?」

「えっ——」


 心愛の笑顔が一瞬で引きつる。


「あ、亜里沙(ありさ)ちゃんは大丈夫かなぁ? 夏海(なつみ)ちゃんがふざけすぎなきゃいいけど〜」


 彼女は露骨に話題を逸らしながら、きょろきょろと視線を泳がせた。


「……ふふ」

 

 凛々華はため息をつきつつ、どこか楽しげな笑みをこぼす。

 蓮がその横顔を見つめていると、じっとりとした眼差しを向けてきた。


「なによ」

「いや、楽しそうだなって思って」

「まあ、否定はしないけれど。……楽しいのは、事実だもの」


 凛々華が小さく肩をすくめたあと、照れくさそうにはにかんだ。

 そのいつより少しだけ素直な様子に、蓮も口元をほころばせた。

 

 すると、心愛がこっそりと樹の耳元に口を寄せる。


「私たちも、あのくらいにならないとね〜」

「「っ……」」


 蓮と凛々華の頬に、サッと朱色が差した。そのとき——


「やっと終わった……」

「みんな、お待たせー!」


 げっそりした表情の亜里沙と、実にいい笑みを浮かべた夏海が教室から出てきた。

 心愛が亜里沙の背中に触れる。


「亜里沙ちゃん、大丈夫?」

「二度と来るもんか……!」


 亜里沙がそう吐き捨て、他の五人は一斉に吹き出した。




 その後は、夏海の部活の先輩がヒロインを演じるということで、三年生の劇を見に行った。

 予想以上に完成度が高く、演技が終わると、六人は自然と拍手していた。


「ヒロインの先輩、主役の人と付き合ってるんだよ!」


 夏海が目を輝かせながら言った。


「なるほど、だからあんなに自然な距離感だったんだ。……ってことは、再来年の主役カップルは——」


 亜里沙は意味ありげに蓮と凛々華、そして樹と心愛に視線を送る。


「この中にいるかもしれないってことだね?」

「「「なっ……!」」」


 四人は赤くなったりそっぽを向いたり、それぞれが動揺を見せた。

 蓮は頭を掻いた。


「でも、そもそも同じクラスになるか、わかんねえしな」


 ただの照れ隠しだったが、言ってしまってから、わずかに寂しさがよぎった。

 それは、蓮だけではなかったようだ。


「……そうだよね。来年からは、みんなバラバラのクラスになるかも、なんだよね」


 夏海がふと小さくつぶやく。

 その声は、いつもの明るさよりも少しだけ沈んでいて、空気が少し静かになった。


 ——静寂を破ったのは、亜里沙だった。


「まあ、それはまだわかんないでしょ? 仮に別々になったって、遊べなくなるわけじゃないし」


 その何気ない一言が、空気を和らげた。

 心愛がふわりと笑い、顔を上げる。


「でも、せっかくだし、このメンバーで写真撮らない? 記念になるしさ〜」

「おっ、いいね!」


 夏海が一番に賛成し、蓮や凛々華たちもうなずいた。


「場所はどうする?」

「お、屋上とか、どうかな?」


 ぽつりと提案したのは樹だった。


「「「それだ!」」」


 六人は屋上に上がった。

 午後の日差しが校舎の屋根を柔らかく照らし、風が心地よく吹き抜ける。スマホをセットし、タイマーを設定。


「じゃあ、みんな、くっついて〜」


 夏海が仕切り役になって、メンバーの配置を決め始める。

 そして案の定——、


「はいはい、カップルはもっと距離詰めて!」

「……別に、このくらいでいいと思うけれど」

「照れない〜、青春なんだから!」

「クラス写真でくっついてんだから、今更でしょー」


 夏海と亜里沙が、ほらほらと凛々華を蓮に押し付ける。


「もう……」


 凛々華は呆れたようにため息をこぼしつつも、満更でもない表情で、蓮の腕にそっと手を添えた。


「ほら、桐ヶ谷君。笑顔笑顔!」

「う、うん……!」


 心愛は促されるまでもなく、樹の隣に寄っていた。

 それを見て、凛々華もわずかに蓮との距離を詰める。


(なんで対抗心燃やしてるんだ……)


 蓮は苦笑しつつも、胸の内が温かくなるのを感じた。

 そのあとは、男女でそれぞれ分かれることになった。


「じゃあ、俺らはこうして……」


 蓮と樹が肩を組むと、亜里沙が拍手をする。


「いいね、いいね。で、女子は——はい、手を繋いで〜!」


 心愛、夏海、亜里沙が自然に指を絡め合う中、凛々華だけは所在なさげにオロオロしている。


「凛々華ちゃん、どうしたの?」

「いえ……こういうの、したことないから……ちょっと、恥ずかしいわ」

 

 凛々華は照れくさそうにうつむいた。

 亜里沙が冗談めかして言う。


「うわ、なにこの柊さん……ちょっと私も惚れそうなんだけど」

「は、はぁっ?」


 凛々華が素っ頓狂な声を上げると、その場は一斉に笑い声に包まれた。

 ——そして、カシャッとシャッター音が響く。


 写真には、笑い合う六人の姿が、眩しい午後の日差しの中に収まっていた。

 その余韻の中、夏海がぽつりとつぶやいた。


「ねぇ……来年もさ、またここで写真、撮ろうよ」


 一瞬、みんなの動きが止まり、それから——


「うん」

「いいわね」

「約束だよ〜」

「忘れないようにしないとね」

「また、同じ場所で」


 全員で顔を見合わせ、うなずきあった。


「って、言っても、明日もあるんだけどね」


 夏海が照れたように舌を出す。


「いいんじゃないかしら。今年はもう、このメンバーでは回れないのだから」


 一般公開される明日は、それぞれ家族と回ったりもするため、六人全員が揃うタイミングはないのだ。

 

「そうそう。それに、ここも混みそうだしね〜」

「絶対そうだよね。それこそ三年生のカップルとか」

「じゃあ、一番いいタイミングだったってことか。ナイス、樹」

「べ、別に僕は場所を提案しただけだし——」


 六人はワイワイと言葉を交わしながら、太陽を背に、校舎の中へと戻っていった。

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