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第125話 元カノとの対面

「ミラ……」

「っ……⁉︎」


 (れん)がその名を告げると、怪訝そうな表情だった凛々華(りりか)が、ハッと目を見開いた。

 蓮はぎこちない笑みを浮かべて、片手をあげる。


「久しぶりだな」

「ひ、久しぶり……その子は、彼女さん?」


 蓮は若干の居心地の悪さを覚えつつ、うなずいた。


「あぁ」

「そっか、そうだよね……」


 ミラは安心したように息を吐いた。

 しかし、次の瞬間——、

 淡い微笑みを浮かべる彼女の瞳から、透明な雫がこぼれ落ちた。


「ミラ? どうしたんだ?」

「えっ? ……あ、あれっ……?」


 蓮に指摘されて初めて、ミラは自分が泣いていることに気づいたようだ。


「なんで、私……っ」


 彼女は困惑したように目元をこするが、涙は止まらない。

 むしろ、その勢いは増すばかりだった。


「ご、ごめんなさいっ、こんなつもりじゃ……!」


 ミラは鼻をすすり上げながら、ひたすら謝罪の言葉を繰り返した。

 蓮がどうするべきか迷っていると、凛々華の手が肩に置かれた。


「とりあえず、どこかに入りましょう」

「……いいのか?」


 凛々華は軽く肩をすくめた。


「外では落ち着いて話もできないし、どのみち放ってはおけないでしょう?」

「あぁ……悪いな」


 幸い、近くにカフェがあった。

 入店しても、ミラはまだ涙を流し続けていた。


 周囲から、蓮に厳しい視線が突き刺さる。

 事情を知らない人たちから見れば、ただの修羅場であるし、その認識は事実とそう遠くない。


 注文が運ばれてくるころには、ミラの涙は止まっていた。


「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着け」

「うん……っ」


 ミラは鼻をすすり、カップに手を伸ばした。

 一口飲んで、ふぅ、と息を吐く。


「大丈夫か?」

「うん、迷惑かけてごめんね……彼女さんも、すみません」


 ミラは申し訳なさそうに眉を下げた。


「えぇ」


 凛々華は小さくうなずくのみだ。

 澄ました表情からその胸中は読み取れないが、とりあえず進行は蓮に任せるつもりなのだろう。


「それで……どうしたんだ?」


 蓮が問いかけると、ミラが自分を責めるようにうつむく。


「蓮君に彼女がいるってわかって、安心しちゃったのかも……。自分勝手で最低だよね、蓮君を傷つけたのは私なのに……っ」


 ミラの瞳に、再び涙が滲む。

 彼女はそれを拭うこともせず、深々と頭を下げた。


「今更だけど、あのときは本当にごめんなさい……!」


 蓮はひとつ息を吐き、ちらっと凛々華を見てから、口を開いた。


「仕方なかっただろ。確かに傷ついたけど、そのおかげで俺も色々経験できた部分もあったからさ。気にしなくていいぞ」


 ナンパ男たちをなんなく追い払えたのも、やんちゃしていた経験のおかげだ。

 ミラに嘘告白されていなければ、そもそもそんな人たちとつるむこともなかっただろう。


「でも、私が保身のために蓮君を裏切ったのは事実だから……。虫のいい話だけど、何か贖罪(しょくざい)をさせてくれないかな……?」

「いや、本当に大丈夫だって」


 蓮は勢いよく否定した。

 ミラの覚悟めいた視線に、かえって危ういものを感じたのだ。


「っ……そうだよね」


 ミラがそっと視線を伏せる。


「今更、私なんかに関わってほしいわけないよねっ……。ごめんなさい。今回は咄嗟に声をかけちゃったけど、今後は絶対話しかけたりしないから……!」


 ミラが泣き笑いのような表情で立ち上がり、伝票を手に取った。

 蓮は何も言えなかった。


 ミラには好意を抱いていたし、だからこそ、彼女からの想いが嘘だったと知って傷ついた。

 ただ、恨んでいるのかと聞かれれば、答えはノーだ。

 自分がミラをどう思っているのか、蓮自身もよくわからなかった。


「お会計は私がしておくから、二人はごゆっくり——」

「待って」


 凛々華が素早く立ち上がり、ミラの手首を掴む。

 ミラは困惑するように瞬きをしたあと、ふっと自嘲の笑みを浮かべた。


「大丈夫です。さすがにたかが数百円で贖罪になるとは思ってません」

「そうじゃないわ。ちょっと聞きたいことがあるの」


 凛々華の表情は真剣だった。

 ミラは一瞬だけ蓮に視線を向けたあと、躊躇うように腰を下ろした。


「……なんでしょう?」


 おそるおそる尋ねるミラの頬は、こわばっている。

 凛々華はふと視線を落とし、静かに息を整えたあと、ミラを正面から見据えた。


「単刀直入に聞くわ。ミラさんが蓮君に告白をしたとき、恋愛感情はなかったの?」

「っ……!」


 ミラの瞳が、大きく左右に揺れた。


「お、おい、凛々華っ。なにを——」


 蓮は慌てて凛々華を制止しようとした。

 しかし、


「あなたにとっても、彼女にとっても大事なことよ」

「っ……」


 覚悟のこもった眼差しを前に、何も言えなくなった。

 凛々華はミラに視線を戻して、目を細める。


「ミラさん、正直に答えてくれないかしら。——蓮君はまだ、完全に吹っ切れたわけじゃないのよ」

「っ……!」


 蓮は息を止めた。

 まさか、凛々華がそこまで言うとは思っていなかった。


 ——ミラの反応は、それ以上だった。

 瞳を大きく見開き、口元を抑える彼女の顔からは、すっかり血の気が失せていた。

 ミラはうつむき、ぎゅっと唇を噛みしめてから、絞り出すように声を発した。


「あったよ……っ」

「……えっ?」


 蓮は口を半開きにしたまま、ミラを凝視した。

 彼女は、瞳に涙を溜めながら続けた。


「いじめから助けてくれたんだもんっ、好きになってたよ……! でも、全部嘘だったってバラせって言われて、断ったらまたいじめるぞって脅されて……っ」


 ミラが再びしゃくりあげる。

 テーブルの上に置いた両手は、小刻みに震えていた。


「……ごめんなさい。もう、十分よ」


 凛々華は身を乗り出し、ためらいがちにミラの手を包み込んだ。


 ——その隣で、蓮は呆然としていた。


(ミラが、本当に俺のことを好きだった……?)


 嘘告白だと知らされて以降、その可能性は考えたこともなかった。

 否、考えないようにしていた。


 真実を知ったところで、ミラへの気持ちが再燃するわけではない。

 それでも、「あぁ、そうだったんですか」と流せるほど、蓮は淡白な人間ではなかった。


「——ミラ!」


 ふいに、男の声が店内に響いた。

 振り向いた蓮の視界に、険しい表情の青年が立っていた。


橋本(はしもと)君……っ?」


 ミラが小さく息を呑んだ。


「知り合いか?」

「あっ、えっと。高校の同級生……橋本(はしもと)勇人(はやと)君」


 声をひそめて尋ねると、ミラも小声で返してくる。


 勇人は険しい表情のまま、大股で歩いてきた。

 ミラを庇うようにその隣に立つと、蓮と凛々華に睨むような視線を送ってくる。


「ミラ、この人たちは? 何かされたのか?」


 勇人の問いに、ミラは慌てたように首を振った。


「ち、違うのっ! むしろ、私がしちゃったほうで……っ」

「……どういうことだ?」


 勇人が眉をひそめて、こちらを見る。


「中学のときに、ちょっと色々あってな」


 蓮は肩をすくめ、席を立った。

 わざわざ説明する義理はないし、余計な波風は避けたかった。


 凛々華も同じように考えていたのか、続けて立ち上がった。

 勇人の視線は変わらず鋭いままだが、何も言わずにただ蓮たちの動向を見守っている。


(思ったより冷静なんだな)


 蓮は肩の力を抜いて勇人から視線を外し、膝の上で指先を震わせるミラに目を向けた。


「ミラ。まだちょっと整理はついてないけど……伝えてくれて、ありがとな」

「っ……」


 ミラが肩を震わせた。

 瞬きを繰り返す彼女を横目に、蓮は踵を返して歩き出したが、思い返して振り向いた。


「あっ、ミラ」

「な、なに?」


 ミラが目元をゴシゴシと拭い、顔を上げる。

 蓮はわずかに口元を緩めて、


「辛いかもしれないけど、いつかは一歩踏み出さなきゃいけない。それが今かなんて、俺には断言できねえけど……頭の片隅には置いておいたほうがいいぞ」

「っ……!」


 ミラは口をぽかんと開けたまま、呆然と蓮を見つめた。


「それじゃあ」


 かつて(めぐみ)から贈られた言葉を残して、蓮は凛々華とともに、今度こそ店を後にした。




 蓮と凛々華(りりか)は、カフェを出たあとも、しばらく無言で歩き続けていた。

 やがて、蓮はふっと息をつき、隣を歩く凛々華へと視線を向ける。


「なあ、さっきの……俺のために聞いてくれたんだよな」


 ミラに、「蓮に対する恋愛感情はあったのか」と尋ねたことだ。

 蓮は、彼女からの好意が全て保身のための演技だと思っていたし、だからこそ余計に傷ついていた。


 まだ完全に払拭したわけではないし、ミラの本心を聞いて、複雑な気持ちにもなった。

 それでも、心のどこかで張り詰めていた糸がゆるむのを感じていた。


 凛々華は足を止め、うつむきがちに口を開いた。


「……あなたのためじゃないわ」

「えっ?」


 彼女は小さく唇を噛み、眉を下げた。


「私はただ、蓮君が騙されていたわけではないと証明したかっただけ。自分のわがままのために、ミラさんを不必要に傷つけたのよ。そうなるとわかっていたのに……自分勝手なのは、私のほうだわ」


 凛々華は唇を引き結び、拳を握りしめた。


 蓮はそっとその手を取ると——、

 優しく、自分のほうへ抱き寄せた。


「れ、蓮君っ……⁉︎」

「だったら、それを聞いて嬉しくなった俺も、大概だな」

「えっ……?」


 凛々華が戸惑うように眉を寄せる。

 蓮はふっと微笑み、その頭に手を乗せた。


「大丈夫。凛々華の気持ち、ちゃんと伝わってるから……ありがとな」

「っ……その言い方は、ずるいと思うのだけれど?」


 凛々華がじっとりと見上げてくる。

 蓮はポリポリと頬を掻き、口元を緩めた。


「悪いな。でも、凛々華に傷つける意図がなかったのは、ミラも絶対わかってるはずだから。正しいかどうかはわかんないけど、絶対に自分勝手なんかじゃねえし、きっといい方向に進むさ」

「……それは、ミラさん次第じゃないかしら」

「そこは素直に受け取ってくれよ」


 蓮が苦笑すると、凛々華がぷいっと顔を背けた。


「悪かったわね。ひねくれてて」

「いや、凛々華はそのままでいいと思う。というか、そのままでいてくれ」

「……どういう意味?」


 凛々華が眉をひそめた。


「あ、いや、その……」


 蓮は口ごもった。


(言わなければよかった……)


 一瞬、誤魔化してしまおうかとも考えた。

 しかし、凛々華の瞳に浮かんだほんのわずかな不安の色を見れば、逃げることなどできなかった。


「……これ以上素直になられたら、俺の心臓が持たねえから」

「っ……!」


 凛々華が息を詰めた。

 すでに陽は沈んでいたが、その頬が赤くなっていくのがはっきりとわかった。


 凛々華がスッと手を上げる。

 蓮は脇腹チョップを警戒したが、凛々華はその手を蓮の胸に添えた。


「り、凛々華っ?」


 蓮は声を裏返らせた。

 凛々華は鼓動を聞くように、蓮の心臓のあたりに頬を寄せて、イタズラっぽく微笑む。


「ふふ、確かにこれ以上は危なそうね」

「だ、だからそう言ってんだろ」


 蓮が顔を赤くしてそっぽを向くと、凛々華が鈴の鳴るような笑い声を上げた。




 ——その夜。

 蓮のスマホに、一通のメッセージが届いた。


 差出人はミラ。

 内容は、たったひと言。


『もう一度だけ、会えないかな?』

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