第123話 全部、本心だよ
「こうやってみんなで遊ぶの、楽しいね〜」
ベンチに座り、心愛が足をばたつかせた。
「……うん」
樹は一応同意してみるが、その心は沈んでいた。
たかがナンパ男たちに怯えてしまったことも、本来なら気にかけるべき相手に気を遣われていることも、それに対して気の利いた返事ひとつできない自分も、何もかもが情けない。
唇を噛んでうつむく樹を見て、心愛はそっと笑みを浮かべ、その顔を覗き込んだ。
「桐ヶ谷君、さっきはありがとね〜。すごく助かったよ」
「……僕は、何もしてないよ。解決したのは蓮君と柊さんだから」
「確かに二人にも助けてもらったけど、桐ヶ谷君だって私のこと、庇ってくれたでしょ?」
「あ、あれは咄嗟に体が動いただけだから……」
「だけ、じゃないよ〜。咄嗟に動けるのって、かなりすごいことだと思うな」
心愛が小首を傾げて微笑む。
いつもなら心躍るその表情に、樹は胸がちくりと痛むのを感じた。
「でも、結局追い払ったのは蓮君だし、最初に初音さんを守ったのも、柊さんだもん。僕なんて、二人の足元にも及ばないよ」
言葉にすると、なおさら自分が惨めに感じられて、樹は足元に視線を落とした。
「——ねぇ、桐ヶ谷君」
心愛が柔らかくも、芯のある声を出す。
樹が横目を向けると、彼女は淡い笑みを浮かべて、どこか遠くを見つめながら続けた。
「前にも言ったでしょ? 全員が全員、黒鉄君や凛々華ちゃんに惹かれるわけじゃないって。桐ヶ谷君も……ううん」
心愛はそこで、樹を見てはにかんだ。
「私にとっては、桐ヶ谷君のほうが格好良かったよ」
「そ、そんなこと……っ」
樹は一瞬だけ頬を上気させたが、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。
「無理に励ましてくれなくて大丈夫だよ、初音さん。そんなの、あり得ないから」
「——どうして、そう言い切れるの?」
「えっ?」
心愛らしくない強い口調に、樹は思わず顔を上げた。
こちらを睨んでいる彼女の瞳は、怒っているようで、悲しげでもあった。
「は、初音さん?」
「どうして、桐ヶ谷君があり得ないなんて言い切れるの? ——私が感じたことなのに」
「っ……」
樹は言葉を詰まらせた。
心愛はふっと眼差しを和らげて、
「全部、本心だよ。守ってくれたときの桐ヶ谷君の背中、ホントに大きく見えたもん。自分も怖いのに他人を助けるのって、すごく勇気のいることだしさ」
「そ、それは、そうかもだけど……」
「だけどじゃない。そうなの」
心愛は唇を尖らせた。拗ねたように続ける。
「私、ただの同情でこんなこと言わないよ? だから、素直に受け取ってくれると嬉しいな」
「うっ……ごめん。初音さんを否定するつもりはなかったんだけど……」
「ふふ、わかってるよ〜。こっちこそ、意地悪な言い方しちゃってごめんね?」
心愛がイタズラっぽく片目をつむる。
(お、怒ってないんだ……)
樹はホッと肩の力を抜いた。
「……初音さんって、意外と強引なんだね」
「そうだよ? それに、結構バイオレンスなんだから。ウジウジしてると、ビシッといっちゃうかもだから、気をつけてね?」
心愛が力こぶを作り、ぱちっとウインクを決めた。
「はい……気をつけます」
「よろしい。じゃあ、はいっ」
満足げにうなずいた心愛が、スッと小指を差し出してくる。
「えっ?」
「指切りだよ〜」
「あぁ……うん」
樹はそろそろと指を絡めた。
触れている部分などごくわずかなのに、心臓が跳ねてしまう。
「……ゆびきりげんまんなんて、久しぶりにしたよ」
「ふふ、私も〜。なんか、恥ずかしいね」
「う、うん」
樹は咄嗟に下を向くが、その理由は先程までとは異なっていた。
(初音さん、なんか楽しそう……)
心愛の声は、どこか弾んでいるようだった。
都合のいい勘違いだろうと自分に言い聞かせても、樹は口元の緩みと胸の高鳴りを、抑えることができなかった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり楽しいね!」
「夏海、はしゃぎすぎだよ」
「そういう亜里沙だって、楽しんでたくせに」
「そりゃ、まあね」
夏海と亜里沙は軽快な掛け合いをしつつ、満足そうな笑みを浮かべている。
対して、蓮の隣を歩く凛々華は、やや頬を引きつらせていた。
「凛々華、大丈夫か?」
「べ、別に平気よ。……思ったより、早かったけれど」
「そうか」
どうやら、怖かったらしい。
(運動神経も度胸もあるのにな)
蓮が思わず苦笑を漏らすと、凛々華が控えめに脇腹を突いてきた。
「いてっ。なんでだよ」
「なんとなくイラッとしたからに決まってるじゃない」
「理不尽じゃね?」
蓮が抗議をすると、凛々華は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
樹と心愛の元に戻ると、二人は談笑していた。
「ねぇ、なんかいい雰囲気じゃない?」
「ちょっと様子見る?」
夏海と亜里沙が足を止めた瞬間、樹がこちらを見て、「あっ」と口を開いた。
「ちぇ、気づかれたか」
夏海は蓮たちにだけ聞こえるようにそうつぶやいたあと、何事もなかったように、手を振りながら近づいていく。
「ただいまー!」
「おかえり〜。楽しかった?」
「イエス! いやぁ、爽快だったよ」
瞳を細めた心愛の問いに、夏海がグッと親指を突き立てた。
「そっか、よかった〜」
心愛がニコニコと笑う。樹もほんのりと口元を緩めた。
(……大丈夫そうだな)
その明るくなった表情を見て、蓮は安堵の息を吐いた。
どうやら、心愛によるセラピーは効果絶大だったらしい。
「二人とも、回復した?」
「うん。もうバッチリだよ〜」
「僕も、大丈夫」
亜里沙の問いに、心愛が指で丸を作り、樹も控えめにうなずく。
「よかったー。じゃ、もう一回乗りにいこっか!」
「えっ」
夏海の提案に、凛々華が思わずといった様子で声を漏らした。
夏海が素早く振り返り、
「あっ、柊さんは二回連続はキツいか〜。じゃあ黒鉄君、付いててあげてよ!」
「うん、それがいいね」
亜里沙が間髪入れずに同意する。
「じゃあ、ついでにちょっと別行動にしよっか。六時くらいに最初のところ集合で」
「いいね、そうしよう!」
夏海と亜里沙の息ぴったりなコンビネーションで、あれよあれよという間に今後の方針が決定してしまう。
つい先程までは四人でいたため、打ち合わせする暇などなかったはずだが、見事なものだ。
蓮はもちろん、二人の狙いに気づいたが、異は唱えなかった。
むしろ、感謝したいくらいだ。
(けど、樹は一対三で大丈夫か?)
伺うように視線を向けると、樹は引きつった笑みを浮かべて、コクコクとうなずいた。
蓮は苦笑いを浮かべて、目礼する
(申し訳ないけど、甘えさせてもらうか……。でも、肝心の凛々華はどうなんだ? 二人きりは厳しいか……っ)
何気なく隣に目を向け、蓮は息を呑んだ。
——凛々華は照れくさそうに頬を染め、もじもじと足をすり合わせていた。
(なんて表情してんだよ……!)
「「「……ふふ」」」
「っ——」
女子三人に生暖かい眼差しを向けられていることに気づき、蓮はハッとなった。
誤魔化すように咳払いをして、
「四人とも、絡まれないように気をつけろよ」
「大丈夫ー。監視員さんの近くにいるようにするし、いざとなったら、全員桐ヶ谷君の彼女ってことにするから!」
「へっ?」
樹の目が点になった。
「それじゃ、またあとでー」
「ごゆっくりー」
「バイバーイ」
固まる樹をよそに、夏海と亜里沙、心愛がスタスタと歩き出した。
途中で心愛が振り返り、
「桐ヶ谷君、置いてっちゃうよ〜!」
「あっ、う、うん!」
樹が弾かれたように動き出した。
(色々頑張れよ、樹)
蓮はその背中に同情と激励の目線を向けてから、凛々華に目を向ける。
「凛々華、どうする? ちょっと体動かすか?」
「そうね……でも、その前にちょっと、座らない?」
凛々華がちらりとベンチに目を向けた。
蓮は一瞬迷ったあと、うなずく。
「そうするか」
凛々華の横顔には、何かを伝えようとしているような、そんな気配があった。
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




