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第121話 テンパる樹

「さすがに夏休みなだけあって、混んでるな」

「ね。子供もいっぱいいる」


 (れん)の言葉に相槌を打ち、(いつき)は目を細めた。

 子供たちが楽しそうにはしゃいでいる声を聞くと、自然と表情が緩んでしまう。


 ここは、学校からほど近いところにあるプールだ。

 女子組とは一旦別れ、二人は男性用更衣室を目指していた。


「ここでいいか」

「そうだね」


 運よく隣同士のロッカーが空いていたため、並んで着替え始める。

 脱いだ服を畳みながら、樹が何気なく横を見ると、ちょうど蓮もシャツを脱いでいた。


「わっ……」


 樹は思わず小さな声をあげ、まじまじと見つめてしまった。

 視線に気づいたのか、蓮が首を傾げる。


「どうした?」

「いや……蓮君。筋肉すごいね」

「まぁ、中学のころはバスケやってたしな。部活じゃなかったけど」


 蓮がなんでもないことのように、肩をすくめた。


「筋トレとかは?」

「特にしてないな」


 蓮の体型は、いわゆる細マッチョだ。

 運動神経を見ても、生まれ持った素質は確実に影響しているだろう。


(それに比べて、なんて貧相な……)


 自分の体に視線を落とし、樹は小さくため息を吐いた。

 どう見ても、蓮とは比べものにならない。


「どうした?」

「ううん、なんでもない」


 ふるふると首を振ってみせると、蓮がほんのり眉を寄せる。


「もしかして、あんまり楽しみじゃなかったか?」

「えっ? ううん、そんなことないよっ!」


 樹は慌てて手をパタパタと振った。

 未だに緊張はしてしまうものの、あの四人には妙な安心感があった。樹に女性に対する苦手意識を抱かせた人たちとは、明らかに違う。


 それに、全員が系統の違う美少女だ。

 緊張や不安はあれど、楽しみであることは間違いない。


(特に今回は……って、僕は何を考えてるんだ……!)


 顔が熱くなるのがわかる。

 蓮相手に、それを誤魔化せるはずもなかった。


「ま、頑張れよ」


 樹の肩を軽くポンポンと叩いてから、蓮は小さく笑い、更衣室を出て行った。


「……自分だって、緊張してるくせに」


 樹は唇を尖らせて反論してみるが、自分と蓮では明確に立場が違うことは自覚していた。


「——よしっ」


 樹は頬をバチンと叩き、更衣室を後にした。




 集合場所で待っていると、数分の後に女子たちが姿を見せた。


「お待たせー!」


 そうブンブン手を振りながら早足でやってきたのは、陸上部仕込みの日焼けしてすらりとした四肢と引き締まった腹筋がよく映える、スポーティなビキニ姿の夏海(なつみ)だ。


「こら、走らない」


 夏海にじっとりとした目線を向ける亜里沙(ありさ)の水着は、肩から腰にかけてのラインを綺麗に見せるデザインで、四人の中で最も身長の高いスラリとした体格が際立っている。


「転んでも知らないよ〜」


 その横で困ったように笑う心愛(ここあ)は、可愛らしいフリルのついた水着をつけており、彼女の柔らかな曲線をより強調していた。

 三人はほぼ同着で横に並んだ一方、凛々華(りりか)だけはそっと亜里沙の背中に隠れていた。


 頬を赤らめながら、体を隠すように腕を交差させるその仕草から、彼女の内心は手に取るようにわかる。

 普段ならその圧に萎縮してしまう樹も、思わず頬を緩めてしまった。


「ほら、柊さん。せっかく買ったんだから、見せないと」


 亜里沙が凛々華の背後に回り、その背中に手を添えた。


「あっ、ちょっと……っ」


 押し出されるように蓮の前に出た凛々華は、四人の中では最も露出の控えめな水着を身につけていた。

 そのシンプルさが、かえって彼女のスレンダーな体つきを綺麗に浮かび上がらせている。


「っ……」


 凛々華は身を縮こませ、羞恥に耐えるようにうつむいた。

 ややあって、顔は伏せたまま、不安と期待が滲む眼差しでそっと蓮を見上げる。


「っ……」


 いつもの冷静さから打って変わったそのはにかむような表情は、樹でさえ思わず息を呑むほどの破壊力だった。

 蓮は見惚れたように目を丸くし、頬を紅潮させたまま固まっている。


「はい、黒鉄君。感想をどうぞ!」


 亜里沙に水を向けられ、夢でも見ているかのようなぼんやりした声で答えた。


「めっちゃ似合ってる……すげえかわいいよ」

「っ〜!」


 元々赤かった凛々華の頬が、さらに火照る。

 事情を知らない人からすれば、熱中症を疑うレベルだ。


「だってさ!」

「よかったね〜」


 夏海と心愛が、両側から凛々華の肩をポンポンと叩く。


「っ……そ、そんなことより、早く行きましょうっ」


 羞恥が限界を迎えたのか、凛々華はスタスタと歩き出した。

 蓮が焦った表情で声をかける。


「柊、プールサイドは滑るから、ゆっくり歩いたほうがいいぞ」

「っ……!」


 凛々華がビクッと体を震わせ、何かに耐えるように唇を引き結んだ。

 夏海と亜里沙、心愛が呆れたような笑みを交わす。さすがは黒鉄君、とでも言いたげな表情だ。


 樹も同感である。

 言っていることは間違っていないのに、場の空気を読まないというか、良くも悪くもストレートなところが実に彼らしい。


 ——しかし、樹にそんな分析をする心の余裕があったのは、そこまでだった。

 蓮と凛々華は当然のように隣に並び、夏海と亜里沙も談笑する中、心愛が樹の隣にやってきたのだ。


(す、すごっ……!)


 近くで見ると、改めてその迫力を思い知らされる。

 他の子たちも十分にスタイルは良いはずなのに、心愛のそれは一線を画す存在感を放っていた。


 樹とて、健全な男子高校生だ。

 意識して見ないようにしているのに、気づけば自然と視線を向けてしまっていた。


桐ヶ谷(きりがや)君。今日は楽しもうね……って、どうしたの?」

「えっ? あ、あぁ、いやっ、蓮君の体つき格好いいなって……」


(って、なに言ってるんだ僕は⁉︎)


 焦る樹をよそに、心愛は何事もなかったかのように優しく返してくれた。


「確かに筋肉質だしね〜。けど、私は桐ヶ谷君のほうが羨ましいかなぁ」

「えっ、な、なんで?」

「だって、全然脂肪ついてないんだもん」


 心愛の天然っぽい発言に、樹は思わず苦笑を浮かべた。


「僕はただガリガリなだけだって。そ、それに、初音(はつね)さんだってその、すごく引き締まってると思うよ? ……あっ」


 言い切ってしまってから、樹は猛烈に後悔した。


(やばっ、めっちゃ気持ち悪いこと言っちゃった……!)


「いや、あの……っ」


 慌てて弁明しようとしたが、結果として、それは杞憂だった。


「ホント? みんなに比べて太いの気にしてたから、そう言ってもらえると嬉しいな〜」


 心愛は気にした様子もなく、ニコニコ笑っている。


(良かった……)


 樹は安堵すると同時に、浮かれて気持ち悪い発言をしないように気をつけないと、と自分に強く言い聞かせた。




「やっば、日焼け止め更衣室に忘れたかも!」


 浮き輪を片手に、夏海が不意に声を上げた。


「ごめん、ちょっと見に行ってくるー!」


 軽やかにプールサイドから立ち上がる彼女に、亜里沙もすっと腰を上げた。


「私もついていくよ。あのへん混んでるし、夏海一人だと帰って来られるかわからないからね」

「うっ……悔しいけど、言い返せない……!」

「ほら、行くよ」

「はいはーい。じゃ、四人は気にせず遊んでてねー!」


 二人は軽く手を振ると、そのまま歩いていく。

 自分と蓮、凛々華、心愛の四人になった時点で、樹はふと思った。


(蓮君と柊さん、自分たちだけの時間もきっと欲しいよね。元々蓮君は二人で行こうとしてたみたいだし、柊さんも一日中二人きりは恥ずかしいってだけだろうから……)


 夏海と亜里沙が席を外したのも、もしかしたらそのためかもしれない。


(だったら、僕らも何か理由をつけて離れるべきかな、って、あれ? そ、それって……っ)


 樹の思考が止まった。

 この状況で蓮と凛々華を二人きりにするということは、逆に言えば——、


「ちょっとトイレ行ってくる」


 樹がパニックになっていると、蓮がスッと立ち上がった。


「あ、うん。いってらっしゃい……」


 反射的にそう返して蓮を見送った直後、樹は自らの失態に気づいた。


(なんで一緒に行くって言わなかったんだ、僕……⁉︎)


 その場に残ったのは、樹と凛々華、そして心愛の三人。


(この状況、陰キャにはハードモードすぎる……!)


 女子四人の中でいえば、凛々華と心愛は一番自然に接してくれる二人だとはいえ、樹は軽いパニック状態になっていた。

 そして、悪いこととは重なるものだ。


「ねぇねぇ、君たち。二人で来たの?」

「俺らと一緒に遊ばない?」


 樹が無意識のうちに少し距離を取ってしまった瞬間、凛々華と心愛が、サングラスをかけた軽薄そうな大学生らしき男たちに絡まれていた。

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