表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/195

第119話 不意打ちの……

 ミラは親の仕事の都合で転校してきた。

 日本語はある程度話せたし、見た目もお人形のように整っていた。しかし、どこか控えめな性格だった。


 だからこそ、宗太郎(そうたろう)たちの標的になってしまったのだろう。


「思春期特有の、気になる女の子に意地悪したくなるってのもあったんだろうけど……一人で異国の学校に来たミラからすれば、そんな可愛いものじゃなかったと思う」


 (れん)は、最初はミラがいじめられていることに気づいていなかった。

 しかし、宗太郎たちに絡まれているところに偶然遭遇し、その事実を知った。


「そこで注意したら、次の日から二人揃ってハブられてさ。自然と一緒に過ごすようになったんだ」

「なんだか、聞いたことがある話ね」

凛々華(りりか)に仲間にならないかって言われたとき、実はちょっとデジャヴを感じてたよ」


 蓮は苦笑した。


「それまではあんまり接点なかったんだけど、意外と気が合ったんだ。それからしばらく経って……告白された」


 凛々華は眉間にシワを寄せたが、何も言わない。


「俺もミラといる時間は楽しかったから、オーケーしたんだ。ごめん、前に付き合ったことないって、嘘ついて」

「別に、そんなのは些細なことよ。それより……」


 凛々華は言いにくそうに語尾を濁した。


「あぁ。それは嘘だった。……ミラは宗太郎たちから、『俺に嘘告白をしたらもういじめないでやる』って言われてたんだ」

「っ……!」


 凛々華が唇を噛みしめた。

 指先もかすかに震えており、紫色の瞳の奥には怒りが滲んでいた。


 それでも何も言わないで耐えているのは、ある程度、予想がついていたのだろう。

 蓮はふっと自嘲気味の笑みを漏らした。


「結局、俺はあいつらの手のひらの上で転がされてただけだったんだよ」


 ミラのことは別に恨んでいない。彼女は自衛しただけだ。

 それに、当時はまだやんちゃもしていなかった蓮では、もし宗太郎たちによるいじめが再燃しても、彼女を守れるだけの力はなかっただろう。


「まあ、そんなことがあって、立場は逆だけど、同じような状況だったからさ……。また裏切られるのが怖くて、凛々華のことも、あえてそういう目で見ないようにしてたんだと思う。不安にさせて、本当にごめん」


 蓮は視線を下げた。

 ——無意識に固く握りしめていた拳を、温もりがそっと包み込んだ。


 蓮が思わず顔を上げると、こちらを見つめる優しい眼差しがあった。


「蓮君が謝ることなんて、一つもないわ」

「凛々華……」


 蓮の声はかすれていた。

 凛々華はふっと表情を和らげたあと、グイッと蓮を引き寄せた。


「えっ?」


 蓮は声を裏返らせた。

 頬に柔らかくも弾力のある感触が押し当てられ、鼻先を甘い匂いがくすぐる。


「こうしていると、安心するでしょう?」

「いや、むしろ落ち着かねえって……っ」


 頭上から、クスッと笑う気配がした。


「甘え下手ね」

「まあ……あいにくと、そんな相手はいなかったからな」

「っ——」


 凛々華がピクッと肩を震わせた。

 ややあって、その手が優しく蓮の頭に添えられる。


「これからは、甘えることも覚えなさい。私じゃ、頼りないかもしれないけれど」

「そんなことねえよ。……頼りにしてる」

「……そう」


 凛々華の指が、そっと蓮の髪をすく。

 こそばゆいけれど、それ以上に気持ちが落ち着いていくのを感じた。


 蓮はしばらくそうしていたが、頭がクリアになってくると、抱きしめられて胸に顔を埋めているという事実を、強く認識してしまう。

 女の子特有の弾力も、ほんのり甘い香りも、一度気にしてしまえば、見て見ぬふりなどできるはずもなかった。


(っまずいな……)


 安らいでいたはずの心が、ざわめき出す。

 抑えが効かなくなる前に、蓮はゆっくりと凛々華から離れた。


「大丈夫?」

「あぁ……サンキュー。今度は本当に、気が楽になったよ」

「……それなら、良いのだけれど」


 凛々華がじっと蓮を見つめたあと、目元を緩めた。

 しかし、ふと真剣な表情を浮かべる。


「それで、これからのことなのだけれど……いきなり全面的に信頼しろ、と言っても、難しいでしょう?」

「……ごめん」


 凛々華からの愛はしっかりと伝わってきている。

 それなのに、やはり心のどこかで、蓮は踏み込むのを恐れていた。


「謝る必要はないし、無理はしなくていいわ。むしろ、絶対にしないで」

「あぁ……ありがとう」

「でも——」


 凛々華が語気を強める。


「いつまでも中途半端なのも、嫌よ」

「そうだよな……」


 蓮が思わずうつむくと、布のこすれる音がした。


「——だから、私が信じさせてあげる」


 その言葉に蓮が顔を上げた瞬間、唇を塞がれていた。


「っ——!」


(キス、されてる……⁉︎)


 実際には、一秒にも満たなかったのかもしれない。

 しかし、蓮にはその時間が永遠に感じられた。


 凛々華は唇、そして蓮の頬に添えていた手をゆっくりと離した。

 首元まで真っ赤だった。——それでも、彼女はまっすぐ蓮を見つめていた。


 視線を逸らしたのは、蓮が先だった。思わずソファーに顔を押し付ける。

 心臓の鼓動だけがやけに響いていた。頭の中は真っ白になっていて、何も考えられない。


「ちょ、ちょっと待て……!」


 口から漏れるのは、意味をなさないうめき声。


「多少の荒療治は、必要なようだから」


 凛々華の声は、どこか得意げだった。


 それからしばらく、蓮はソファーにうずくまっていた。




「それで、蓮君」


 蓮が少々回復すると、凛々華が改まった声を出した。


「なんだ?」

「あなたのせいではないとはいえ、ちょっと興が削がれたのも事実よ。——次は、期待していいのよね?」


 遠回しのデートのお誘いであることは、鈍感な蓮でもわかった。


「あぁ……もちろん」


 蓮は頬が熱を持つのを感じつつも、今度は目線を逸らさなかった。

 それだけでも、意思は十分に伝わっただろう。しかし、蓮はどこか物足りない気がした。


「……絶対に、楽しませるから」

「っ——!」


 凛々華が息を呑み、うつむいた。


「いきなりなんなのよ……っ」


 スカートの端をつまみながら、何やらぶつぶつとこぼしている。

 少しだけペースを取り戻せた気がして、蓮は心の中で小さくガッツポーズをした。




◇ ◇ ◇




 私が信じさせてあげる——。

 その宣言の通り、凛々華はこれまでよりも積極的になった。


 翌日のバイト終わりの夕方、二人は凛々華の部屋で、ベッドに並んで腰かけて映画を見ていた。

 二人の距離は、最初からほんの少し近かった。


 映画が終わるころには、自然と寄り添っていた。

 凛々華が、蓮の肩にこてんと頭を預けてくる。


「別に……甘えたいとか、そういうのじゃないけど……こうしていると落ち着くわ」


 凛々華が言い訳をするようにつぶやいた。

 しかし、視線は背けられ、体にも力が入っている。


「っ……」


 緊張を隠せていないその様子に、蓮の胸は締め付けられた。愛おしさが込み上げてくる。

 しかし同時に、彼女に主導権を握られているというのも、なんとなく面白くなかった。


「ドキドキは、してねえのか?」

「えっ……」


 凛々華は一瞬きょとんとした顔を向けてきたが、すぐにそっぽを向いて、


「べ、別に、そんなの——」


 早口で誤魔化そうとする。

 しかし、途中で言葉を切ったあと、ゆっくりと深呼吸をしてから、小さくつぶやいた。


「するに決まってるでしょ……恋人なのだから」


 それはほんのささやきだったけれど、蓮には十分すぎるほど伝わった。思わず心の声が漏れていた。


「……かわいい」

「なっ……!」


 凛々華が目を見張り、息を呑んだ。

 耳の先まで朱色に染まったその様子に、蓮は満足感を覚えた。


 しかし、ふいに凛々華が視線を伏せる。


「……別に、あなたは無理して言う必要はないのよ」

「無理なんてしてねえよ」


 蓮は自然にそう返していた。


「これまでも、むしろ……もっと言いたかったくらいだから」

「っ……! 本当に、もう……っ!」


 凛々華が両手で顔を覆うが、口角が上がっているのを蓮は見逃さなかった。


 すぐに克服できるほど、トラウマというのは易しいものではない。

 それでも、凛々華がこうして照れてくれていると、蓮も自信を持つことができた。


 そっと肩に手を回して、より肌と肌を触れ合わせる。

 凛々華はビクッと体を震わせたが、おずおずと体重を預けてきた。


「なあ、次のデート、どこか行きたいところとかあるか?」


 蓮が水を向けると、凛々華は一拍おいてから、小さくうなずいた。


「映画とかカフェもいいけれど……たまには、もう少しアクティブなこともしてみたいわ」

「アクティブか……」


 蓮は少しだけ考え込み、それから勇気を出して口を開いた。


「……じゃあ、プールとか、どうだ?」

「えっ——」


 凛々華の目が見開かれたあと、みるみるうちに頬が赤く染まっていく。


「あの、えっと、プールは……っ」


 ぎこちなく紡がれるのは、否定の言葉。

 浮ついていた蓮の心が、急速に冷えていく。


「あっ、ごめん。嫌だったよな。無理にとは——」

「ち、違うわ!」


 凛々華は慌てたように言葉を遮り、胸元を押さえるようにしながら、顔を真っ赤にして続けた。


「嫌なわけではなくて、その……」


 凛々華は布団の縁をぎゅっと掴んだ。

 視線を逸らしたまま、勇気を振り絞るように続けた。


「二人きりは、その、少し早いというか……っ」


(……あぁ、そういうことか……)


 蓮は安堵の息を吐いた。

 しかし次の瞬間には、胸の奥の熱に突き動かされるように、凛々華を抱きしめていた。


「れ、蓮君?」


 凛々華が困惑の声を上げた。


「ごめん……ちょっとだけ、こうさせてくれ」


 蓮は凛々華の首筋に顔を埋めると、彼女の体はギシっと固まった。

 しかし、徐々に慣れてきたのか、そっと蓮の背中に腕を回してくる。


 しばらくの間、二人は無言のまま、お互いの温もりを確かめ合っていた。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ