第116話 心愛の告白
あとがきにお知らせがあります!
心愛の異変に気づいていたのは、結菜たちだけではなかった。
(盛り上がってる四人は気づいてないみたいだけど……やっぱりおかしいよね)
樹は蓮たちの話を聞き流しつつ、横目でちらちらと心愛を観察した。
彼女は視線に気づく気配もなく、黙々と手元に集中している。淡い笑みを浮かべているものの、話半分に聞いているようにも見えた。
「アクセサリー買うとか、黒鉄君もやるじゃん」
「そりゃ……付き合ってからは初めてのお出かけだったし、めっちゃ似合ってたからな」
「そ、そこまでは言わなくていいのよ」
「あっ……すまん」
凛々華が気まずそうにうつむくと、蓮も照れたように頭を掻いた。
「本当にもう、この二人は……」
「隙あらばイチャつくねぇ」
亜里沙と夏海が呆れたように笑った。
心愛がすっと立ち上がり、完成した資材に手をかける。
「ここら辺のもの、置いてきちゃうね〜」
「あっ、私たちも手伝おっか?」
「ううん、これぐらいなら大丈夫」
心愛は立ちあがろうとした亜里沙をやんわり制すると、いつも通りの足取りで教室を出て行った。
「私たちもぼちぼち終わらせよっか」
「そうだね。ちょっとインタビューが長引いちゃった」
夏海が照れたように舌を出した。
蓮が苦笑いを浮かべて、
「こんなに根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかったぞ」
「でも、喜んで掘り返してたじゃん」
亜里沙がすかさず切り返した。
「喜んではねえって」
「はいはい。ま、そういうことにしておくよ」
亜里沙がやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「……凛々華。今度こそ水嶋にやってもいいんじゃねえか?」
「奇遇ね。私もそう思っていたわ」
凛々華の鋭い眼差しに射抜かれ、亜里沙がサッと表情を青ざめる。
「待って待って。帰ってきたときに何も進んでなかったら、心愛ちゃんに怒られちゃうって」
「そもそも、亜里沙は文化祭実行委員なんだから、真面目にやらなきゃダメだよ」
「夏海。脇と脇腹、どっちがいい?」
「いやぁ、本当に亜里沙はよくやってるよ」
「イタリア並みに寝返るの速えな」
四人はいつもの調子で軽快な掛け合いをしているが、樹はどうしても心愛の様子が気になって仕方なかった。
なんだか、胸騒ぎがする。放っておいてはいけない気がした。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「おう」
蓮に声をかけて教室を出ると、自然と早足になる。
(倉庫部屋の近くの、人がいなさそうな場所といえばっ……)
——樹の読みは当たっていた。
屋上へと続く階段の、下から二段目。普段から人気のないその場所に、心愛はポツンと座っていた。
「はぁ……」
近づいてくる樹にも気づかない様子で、彼女は膝を抱え、大きくため息を吐いた。
(やっぱり……っ)
樹はグッと拳を握りしめた。
息を整えてから、静かに口を開いた。
「——初音さん」
「えっ、桐ヶ谷君……?」
心愛が驚いたように目を見張った。
「どうしたの? そんなところで」
「……ううん、なんでもないよ。思ったより荷物が重かったから、ちょっと休んでただけ」
心愛は笑みを浮かべた。
しかし、口元は引きつっている。無理をしているのは明白だ。
「そんな大きなため息ついた後じゃ、説得力ゼロだよ」
樹は苦笑したあと、表情を引き締めて一歩前に出た。
「初音さん」
「……どうしたの?」
心愛が困ったように笑う。
樹は表情を崩さず、真剣な眼差しを向けた。
「溜め込むのは良くないって、初音さんも知ってるはずだよ。内に抱え込んだ結果が、藤崎さんの暴走だったんだから」
「っ……!」
心愛の目がかすかに揺れ、視線が下へと逸れる。
「もちろん、初音さんが同じ道をたどるとは思ってないし、頼りないかもしれないけど……僕に話してくれないかな? 初音さんが何に苦しんでいるのか、知りたいんだ」
心愛は小さく息を吸い込むと、そっと膝に額を預けた。
そのまま、何も言わない。
(話してくれないのかな……っ)
樹が唇を噛み締めた、そのとき、
「——ねぇ、結菜ちゃんが暴走したときの私の話、覚えてる?」
「えっ? あっ、うん」
樹は目を見開いたまま、反射的に勢いよくうなずいていた。
「嫉妬した人がいた、って話だよね」
「うん……あれ、嘘なんだ」
「えっ?」
樹は目を瞬かせた。
心愛は遠くを見つめて、ゆっくりと口を開く。
「過去形じゃないんだ。私はその子に、今でも嫉妬してる。……というより、むしろ今が一番嫉妬してるかも」
心愛が皮肉げに口元を歪めた。
樹は眉をひそめた。
「……どういうこと?」
心愛はそっと息を吐き出すと、「実はね」と切り出した。
「私、他校に彼氏がいたんだけど……同じ高校に進んだその子に、取られちゃったんだ」
「えっ……」
樹は頭が真っ白になったように、何も言えず固まってしまった。
「……初音さん、彼氏いたんだ」
なんとか絞り出した言葉は、それだった。
「うん。前も言ったと思うけど、その子——ひまりちゃんは、結菜ちゃんと凛々華ちゃんのいいとこ取りしたみたいな子だった。文武両道なのに、人懐っこくて……。私も、自慢じゃないけど人気だったんだよ? でも、どう足掻いたって二番目だった。私に告白してきた男子のほとんどは、ひまりちゃんに振られた人たちだった」
心愛は、ふっと自嘲の笑みを漏らして続けた。
「——私は、スペアだったんだ」
「そんなこと……っ」
樹は唇をぎゅっと引き結んだ。否定したいのに、心愛の諦めたような表情を見て、言葉が喉の奥で止まってしまった。
心愛がふっと寂しそうな笑みを漏らす。
「でもね、元カレだけは『心愛が一番だよ』って言ってくれたんだ。嬉しかったし、喜んで告白も受け入れたよ。でも、彼も結局、ひまりちゃんを選んだ……っ」
心愛の語尾が、かすかに震えた。
「……寝取られたとか、そういうわけじゃないと思う。彼はそんな人じゃないし……単純に、私よりもひまりちゃんのほうが魅力的だったんだよ」
「——そんなことない!」
樹はさっきは飲み込んだその言葉を、今度はためらわずに叫んでいた。
驚いたように視線を向ける心愛に、樹は拳を握りしめて続けた。
「初音さんのほうが好きな人だって絶対いる! 遠距離だったから、色々と難しいところもあったんだと思うし、えっと……っ」
樹は言葉を探すように視線を泳がせ、口をパクパクと動かした。
慰めないと——。そう思うものの、恋愛経験がないため、何も言うべきことが見つからない。
「——ふふ」
ふいに、心愛が笑った。
「は、初音さん?」
「そんなに焦らなくて大丈夫だよ。桐ヶ谷君の言葉、ちゃんと届いてるから。——励ましてくれて、ありがと」
心愛がそっと目を細める。
樹は耳を赤らめてうつむいた。
「あっ、えっと……ごめん。僕なんか偉そうに」
「ううん、ちょっとスッキリしたよ。桐ヶ谷君、話しやすいから、つい余計なことまで喋っちゃった。こっちこそごめんね」
心愛は小さく手を合わせ、ぺこっと頭を下げた。
樹は首を横に振りながら、手も一緒にバタバタと振った。
「い、いや、全然っ。……その、話してくれて、嬉しかったよ」
「ふふ、そう言ってくれると気が楽になるよ〜」
心愛がホッと肩の力を抜いた。
ようやく、自然な笑みを浮かべてくれた気がして、樹も安堵の息を吐いた。
「今の話、黒鉄君にも柊さんにもしてないんだよ? 彼氏いるのは言ってたけど」
「そうなんだ……」
心愛としてはフォローしてくれたのだろうが、樹はなんともいえない気持ちになった。
言葉にできない気持ちを押し込めて、樹は表情を緩めた。
「蓮君に話してみたら、僕なんかより、もっといい意見をくれると思うけど」
「……そっか」
心愛は腑に落ちたように小さくつぶやき、目元を緩めた。
「桐ヶ谷君も、私と似たとこあるんだね」
「えっ? ど、どういうこと?」
樹はつっかえながら、聞き返した。
心愛がニヤリと口角を上げ、イタズラっぽく、
「黒鉄君には絶対敵わない、って思ってるでしょ」
「うっ……でも、それはそうじゃん。蓮君、運動も勉強もできるし、背が高くて格好いいし……」
樹の言い訳めいた言葉は、尻すぼみに小さくなった。
心愛は穏やかな表情でうなずく。
「うん。能力だけで言ったら、確かに黒鉄君に勝てる人なんてほとんどいないよね。ちょっとデリカシーはないし鈍感なところもあるけど、優しくて誠実だし」
「……うん」
樹は思わず目を伏せた。
「——けどね」
心愛が語気を強めた。
ハッと顔を上げた樹に微笑みかけ、彼女は続けた。
「私は黒鉄君よりも、全力で否定してくれたさっきの桐ヶ谷君のほうが、格好いいと思ったよ?」
「えっ、あっ、いや……!」
樹はしどろもどろになりながら、頬を真っ赤に染めた。
「ふふ、そういう素直さも、桐ヶ谷君が勝ってるかな」
「っ……!」
心愛に柔らかい眼差しを向けられ、樹は首元まで赤くなってしまう。
羞恥に耐えられず、慌てて話題を変えた。
「で、でも、初音さんって、黒鉄君を好きなわけじゃなかったんだね……てっきり、それで落ち込んでるのかと思ってたよ」
「なんでもできればいい、ってわけじゃないからね〜」
心愛はひらひらと手を振った。
「たぶん……黒鉄君と一緒にいるのって、簡単じゃないよ。私だったら、ちょっと辛くなるかも。凛々華ちゃんだからこそ、ちゃんと隣に立ててるんだよ。逆もそうかもしれないけど」
「あぁ……うん、なんとなくわかるかも」
樹も、彼女が凛々華ほどのハイスペックだったら、きっと気後れしてしまうだろう。
「でしょ? だから、変に劣等感とか持つ必要はないんじゃないかな。さっきの桐ヶ谷君の言葉を借りるなら、黒鉄君よりも桐ヶ谷君を好きな人だって絶対にいるんだから」
心愛がにっこりと微笑んだ。
樹は再び赤くなりながら、じっとりとした目線を向ける。
「そ、その言い方はずるくない?」
「ふふ、ごめんね?」
心愛がパチっとウインクをした。
「っ……!」
樹は目を丸くし、咄嗟に顔を背けた。
心愛がクスッと笑って、立ち上がる。
「さ、ぼちぼち戻ろっか。本当にありがとね、桐ヶ谷君」
「あっ、ううん……その、初音さんの力になれたなら、良かったよ」
屈託のない笑みを浮かべる心愛に、樹は自然と頬を緩めていた。
「っ……」
心愛は一瞬驚いたように目を丸くしたが、ふいに踵を返して小走りで駆け出した。
「初音さん? どうしたのっ?」
樹が慌てて声をかけると、心愛はピタッと足を止めた。
「……ううん、なんでもない」
ゆっくりと首を振って、心愛は振り返った。
手を差し伸べるように小首を傾げ、楽しげに笑って、
「ほら、行こっ?」
「あっ、う、うん」
軽やかな足取りで歩き出す心愛を、樹は慌てて追いかけた。
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鈍感系主人公・白石澪と、素直になれない幼馴染・篠原夏希の、クスッと笑える甘々なラブコメディになっています。
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※元々短編にするか迷っていた作品なので、すぐに完結すると思います。




