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第109話 友人たちに報告をした

 翌日、(れん)凛々華(りりか)は文化祭準備の前に友人たちを呼び出して、付き合ったことを報告した。


「「やっとかー……!」」


 夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)が腰に手を当てて、深くため息をついた。

 (いつき)心愛(ここあ)も相違ない表情で、ホッとしたように息を吐いている。


 蓮と凛々華は思わず顔を見合わせて苦笑した。


「なんだよ、その反応」

「いやぁ、めでたいことだけどさ。ずっとくっついてたし、今までが逆におかしかったって」

「そんなことはないと思うけれど」


 夏海の言葉を、凛々華が冷静に否定した。

 蓮もうなずいて掩護射撃をするが、


「そんなことあるよ。周り見てごらん。二人くらい一緒にいる男女なんて、カップル含めたって一組もいないから」

「「……」」


 亜里沙の鋭い指摘に、蓮と凛々華は沈黙した。


「まあ何にせよ、無事にゴールして良かったよ。これで途中で二人の関係が終わってたら、どう接していいかわかんなかったもん」

「私も〜」


 樹がどこか晴れやかに笑い、心愛も「うんうん」と何度もうなずいた。


「病んだ二人をどう慰めようって考えてたら、朝も起きれなかったよ〜」

「それを言うなら夜も眠れない、でしょ」

「というか、朝は前から起きれてなくない?」


 亜里沙と夏海に間髪入れずにツッコミを入れられ、心愛は「えへへ〜」と瞳を細めた。


 ふざけ合いながらも、四人の顔にはどこか柔らかい安堵の色がにじんでいる。

 結菜(ゆいな)の一件もあったし、きっと蓮たちが思っている以上に気を揉んでくれていたのだろう。


「……みんな、ありがとな」

「……色々と心労をかけてごめんなさい」


 蓮と凛々華は揃って頭を下げた。


「ホントだよ〜。まぁ、結局は二人が決めることだから、私たちにとやかく言う権利はないんだけどね」

「そうそう。二人なりのペースで進んでいけばいいよ」

「ちゃんと付き合ったんだしねー」

「うん。終わりよければ全てよし、だと思う」


 心愛、亜里沙、夏海、樹が、それぞれ暖かい言葉をかけてくれる。


「……ありがとう」


 蓮はもう一度お礼を言って、微笑んだ。

 凛々華も照れくさそうに、頬を染めている。


 少しだけしんみりとした空気を変えるように、夏海が明るい声を出した。


「いやぁ、にしてもホントに焦れったかったねー!」

「心愛ちゃんと桐ヶ谷(きりがや)君は私たちよりも前から、この二人のじれじれ見守ってたんでしょ? よく我慢できたよね」


 亜里沙が心愛と樹に苦笑を向ける。


「うん、ちょっと背中蹴ったほうがいいのかなって思ったことはあったよ〜」

「せめて押してくれ」


 蓮がツッコミを入れると、笑いが広がった。

 それが収まったころ、樹がぼそっとつぶやく。


「蓮君が初音(はつね)さんに蹴られるのは、ちょっと見てみたいかも」

「私も見てみたいわ」


 凛々華が即座に同意した。


「おい」


 蓮は眉をひそめ、隣にいた樹の首元を軽く締める。


「なんで僕だけっ……!」

「そりゃ、柊にこんなことやれねえだろ」

「せっかくなんだからイチャつきなよ……蓮君の意気地なし」

「っ……」


 蓮の手が止まる。絡みやすい樹に逃げていた自覚はあった。


「おぉ、いいぞ桐ヶ谷君!」

「言っちゃえ言っちゃえ〜!」


 夏海と亜里沙が面白がって(はや)し立てる。

 ここでムキになるのは逆に子どもっぽい気がして、蓮は樹を解放した。


「そっちのほうが、ムキになってる気もするけれど」

「……うるせえ」


 口元に微かな笑みを浮かべた凛々華の指摘に、蓮は頬を掻きながら目を逸らした。


「いいねぇ、そのわかり合ってる感じ」

「ねー、これぞ以心伝心ってやつだ!」

「「っ……!」」


 亜里沙と夏海にニヤニヤと笑われ、蓮と凛々華は揃って赤面した。


「そ、そんなことより、早く行かないと遅れるわよ」


 凛々華が腕時計に目を落とし、焦ったような声を上げた。

 照れ隠しであることは明白だったが、同時に時間が迫っているのも事実だった。


「そうだね〜。二人は、手を繋いだりとかしていくの?」

「し、しねえよそんなこと」


 心愛の無邪気な問いを、蓮は顔が熱くなるのを感じながら否定した。

 ちらりと横を見ると、凛々華も頬を染めて目を逸らしていた。


 言葉通り、手を繋ぐこともなかったが、登校してすぐ、蓮と凛々華に意味ありげな視線がいくつも飛んできた。

 一部嫉妬も混ざっていたが、揶揄いと興味が大半だった。


 それは、少し遅れてやってきた江口(えぐち)たちバスケ部も同じだった。

 集団の中心にいた蒼空(そら)と目が合った。彼にだけは、昨日の時点で伝えていた。


 蒼空は凛々華に視線を送ったあと、どこか遠い笑みを蓮に向けた。穏やかな顔の奥に、かすかな寂しさが見えた気がした。

 また気まずくなってしまうのか、と蓮は寂しく思ったが、それを打ち消してくれたのは蒼空だった。


「なあ、蓮——」


 終了時間が近づいたころ、彼は軽い口調で話しかけてきた。


「どうした?」

「この後一年で自主練すんだけど、よかったら来ね?」

「いいのか? 俺、部外者だけど」

「もちろん」


 蒼空が大きくうなずいた。

 江口も会話に入ってきて、


「うちの顧問も、動画見せたら稽古つけてもらえって言ってたぜ」

「稽古ってなんだよ。でも、そういうことなら参加させてもらおうかな」

「おっ、いいね!」

「じゃあ、まず俺と一対一な!」

「はっ? 俺だろ!」

「いや、俺だ!」


 蓮そっちのけで、バスケ部の面々はワイワイ盛り上がっている。


「お、モテてるねー、黒鉄(くろがね)君」


 亜里沙が凛々華のほうを向き、わざとらしくウインクをした。


(ひいらぎ)さん、うかうかしてると取られちゃうよ?」

「……っ」


 凛々華はぴくりと眉を動かした後——、

 亜里沙の脇腹に、手刀を入れた。


「ぐえっ!」


 痛みに丸まる亜里沙の横で、心愛が目を丸くした。


「凛々華ちゃんが、黒鉄君以外に手をあげた……⁉︎」


 ふんわりした口調が崩れるほどには、驚いているようだ。

 夏海が口を尖らせる。


「え、ちょっと羨ましいかも……」

「……えっ?」


 凛々華が頬を引きつらせた。

 夏海は慌てた様子で付け加える。


「いや別に、やられたいわけじゃないよ? けどさ、柊さんが他の人に脇腹チョップしたの初めてじゃん。なんか……いいなって」


 凛々華がきょとんと目を瞬かせたあと、少しだけ笑った。


「信頼とかじゃなくて、ただの因果応報よ。——これまでの黒鉄君も含めてね」

「俺はそんなにしてねえと思うけどな……待て待て、落ち着け柊」


 凛々華が手刀を構えるのを見て、蓮は慌てて後ずさった。


「非リアには厳しい空間になりそうだ……」

「桐ヶ谷君。私たちも頑張るよ」

「お互い、助け合っていこう」

「う、うん……!」


 何やら樹と夏海、亜里沙が団結しているが、蓮には会話の内容までは聞こえてこない。


「三人とも、どうしたんだ?」


 蓮が尋ねると、彼らは顔を見合わせてうなずき合い、一斉に指を突きつけてきた。


「「「負けないから!」」」

「なんなんだよ」


 蓮がすかさず切り返すと、凛々華と心愛が小さく吹き出した。




◇ ◇ ◇




「で、結局誰からやる?」

「連戦で疲れた蓮をボコボコにしたいから、やっぱ俺は最後でいいわ」

「あっ、その手があったか!」

「おい、帰宅部だぞ。ちょっと休ませてくれ」

「大丈夫だろ。今の蓮ほどエネルギッシュなやつはいねえから」

「うるせえよ」

「今の蓮ならゾーン入れるんじゃね」

「いや、無理だろ。雑念ばっかなんだから」

「江口お前、覚えてろよ」


 文化祭準備が終わると、蓮は他愛のない会話をしながら、蒼空たちバスケ部とともに教室を出て行った。

 夏海、亜里沙、樹もそれぞれ帰宅し、凛々華と心愛だけが残った。


「初音さんは、何か用事でもあるのかしら?」

「そうだね……」


 心愛はあごに手を当てて考え込むように顔を伏せた後、ふと凛々華を見た。


「ねぇ、凛々華ちゃん。ちょっと、話いいかな?」

「っ……」


 真剣な眼差しに射抜かれ、凛々華は思わず唾を飲み込んだ。

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