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第108話 なんでも言うこと聞く券を使った

「なぁ、(ひいらぎ)


 凛々華(りりか)の肩に腕を回したまま、(れん)は静かに切り出した。


「……なにかしら?」

「定期テストのあれ、使っていいか?」


 なんでも言うこと聞く券——テストの勝利報酬だ。

 凛々華が答えるまで、少しの間があった。


「……いくら付き合ったからって、エッチなものはダメよ」

「ちげえって。なんでそうなるんだよ?」

「どれだけ誠実そうでも、男は狼なのだから気をつけなさい——お母さんの口癖よ」


 慌てる蓮を見て、凛々華が含み笑いをした。


「そ、そうかもしれねえけど……柊が嫌がることは、絶対しねえから」

「っ……!」


 凛々華は息を詰め、真っ赤になった頬を隠すように髪を耳にかけながら、そっぽを向いた。

 そのまま目線だけをちらりと蓮に向けると、わずかに口を尖らせながらつぶやいた。


「……それで、何に使うつもり?」

「その……俺と、デートしてくれ」


 凛々華は一瞬だけ目を見開いたあと、ふっと頬を緩めた。


「一緒ね。前回の私と」

「え?」


 蓮は目を瞬かせた。

 凛々華が口元に手を当て、くすりとおかしそうに笑う。


「まさか、本当に一人で映画館に入れないからという理由だけで誘ったと思ってたの? しかも、二人きりで」

「えっ? じゃ、じゃあ、あの映画って——」

「当たり前じゃない。……か、カップルシートも、節約じゃなくて……そうよ」


 勇気を振り絞るようにそう打ち明けた凛々華の顔は、熟れたイチゴのように真っ赤に染まっていた。


「そうだったのか……柊、結構サイン出してくれてたんだな」


 蓮が苦笑いを浮かべながら後頭部を掻くと、凛々華はわざとらしくため息をついた。


「……黒鉄(くろがね)君は、全く気づいてくれなかったけれど」

「うっ……マジでごめん」


 蓮が申し訳なさそうに眉を下げると、凛々華の目元が弧を描く。


「まぁ、別にいいわ。あなたがそういう人だとわかっていて、踏み込めなかった私も私だもの。でも——」


 凛々華は、そっと蓮の胸に手を添えて見上げた。


「今後は、言い訳できないわよ」

「……あぁ、わかってる」


 蓮は、静かに凛々華の体を包み込んだ。

 彼女も、そっと背中に腕を回して体を預けてくる。


 二人の間に言葉はなかったが、その沈黙が心地よかった。

 ゆっくりと抱擁(ほうよう)を解いてからも、蓮と凛々華はその場から離れようとはしなかった。




 どれくらいの時間が経っただろうか。

 凛々華がふと、時計に目を向けた。


「……そろそろ、帰らないといけないんじゃないかしら? 今日、夕食の当番なのでしょう?」

「……そうだな」


 まだ夕方だ。そこまで時間は経っていなかった。


(帰りたくねえけど……)


 だが、恋にうつつを抜かして家族に迷惑をかけるわけにはいかない。

 蓮は名残惜しげにゆっくりと立ち上がり、カバンを手にした。


 ——その瞬間、わずかに腕に抵抗を感じた。

 凛々華が顔を赤くしてうつむきながら、服の袖をちょんとつまんでいた。


「っ——」


(なんだそれ……!)


 蓮の心臓が跳ねた。


「ひ、柊?」


 凛々華は唇をぎゅっと引き結ぶと、意を決したように顔を上げた。


「その……今夜、電話してもいいかしら?」

「……えっ?」


 蓮は口を半開きにしたまま、固まった。

 凛々華はさらに顔を火照らせ、視線を逸らして続ける。


「いえ、結局宿題もできなかったし、ちょっと教えてほしいところがあるというだけよ。……都合が悪いなら、別に今日じゃなくてもいいけれど」


 凛々華の声は尻すぼみに小さくなった。

 不安げに視線を下げているその姿を見て、蓮は慌てて首を振った。


「いや、全然大丈夫だ! 夜、電話するよ」

「っ……えぇ」


 凛々華は息を詰めた後、ホッと肩の力を抜いた。

 しかし、すぐに表情を引きしめて、蓮を促す。


「ほ、ほら、早く帰りなさい。遥香(はるか)ちゃんもお腹を空かせているでしょうから」


 そっけない口調とは裏腹に、その頬は隠しきれないほど赤らんでいた。


「……そうだな」


 蓮は苦笑しつつうなずき、玄関に向かった。

 靴を履き終えると、ふと振り返って、手をあげる。


「それじゃ、またあし……」


 また明日、と言いかけて、蓮は言葉を止めた。

 頬が熱くなるのを自覚しつつ、微笑んで言い直した。


「……また、夜に」

「……えぇ」


 凛々華は目を丸くした。熱を宿した頬を緩め、小さく手を振った。


「っ……」


(それはやべえって……!)


 蓮は叫び出したくなる衝動を堪え、後ろ髪を引かれる思いで柊家を後にした。




「あっ、兄貴。おかえりー」


 蓮が帰宅すると、すでにリビングに遥香の姿があった。

 ノースリーブ姿で、ソファーに体を投げ出している。


「おう、ただいま」


 蓮が軽く手を挙げると、遥香が携帯をいじる手を止め、じっと見つめてきた。


「……兄貴、なにかあった?」

「な、なんで?」

「やっぱり、なにかあったんでしょ」


 遥香がニヤリと笑った。

 意外と勘の鋭いところのある蓮の妹は、ポジティヴなニュースであることまで察しているらしい。


(柊とも仲良いし、いずれバレるよな……)


 黙っていても面倒だと思い、蓮は正直に打ち明けた。


「えぇ、付き合ったー⁉︎」


 案の定、遥香のテンションは一気に最高潮まで到達した。


「どっちから? ねぇ、どっちから⁉︎」


 腕をぐいぐいと引っ張りながら尋ねてくる。

 蓮はそのしつこさに辟易しつつ、ため息混じりに答えた。


「……俺からだよ」

「おぉー! 兄貴も男だったー!」


 遥香は手をブンブンと振り回し、リビングで謎の踊りを披露した。


(やっぱり言うんじゃなかった……)


 蓮が密かに後悔していると、一通りはしゃいで気持ちが落ち着いたのか、遥香はソファーにゆっくりと腰を下ろした。

 一転して、しみじみとした口調でつぶやく。


「でも、そっかー。とうとう告白したんだ……」

「とうとうって、なんだよ」

「いや、前からなんで付き合ってないのか不思議なくらいの距離感だったし」

「うるせえよ」


 蓮は顔を赤くしながら、ニマニマと笑う遥香の頭に手刀を入れた。


「いたっ! UVだ!」

「DVだよ」


 蓮と遥香は顔を見合わせ、同時に吹き出した。

 ひとしきり笑い合ったあと、ふと沈黙が落ちる。


「……ねぇ、兄貴」


 それまでとは打って変わって、遥香が硬い表情で切り出した。


「なんだよ?」


 遥香は一度瞳を伏せてから、真剣な声色で問いかけてきた。


「不安?」

「っ……」


 蓮は咄嗟に視線を逸らした。——それこそが、答えだった。


「大丈夫だよ」


 遥香が柔らかく微笑んだ。


「私には恋とかまだ早いと思うし、よくわかんないけど……でも、凛々華ちゃんなら絶対に大丈夫。同じ女として、私が保証する。だから、兄貴は何も心配せずにラブラブしてればいいと思うよ」

「……サンキュー」


 蓮が遥香の頭にポンっと手を置くと、遥香がくすぐったそうに、それでもどこか安心したように笑った。

 本当に、よくできた妹だ。


「遥香。ちょうどひき肉あるし、今日はハンバーグにするか」

「えっ、ホント⁉︎ じゃあ、チーズインがいい!」

「……オンじゃダメか?」


 蓮の問いに、遥香はすかさずバツ印を手で作って、ぷくっと頬を膨らませる。


「だーめっ!」

「……仕方ねえな。今日だけだぞ」

「よっしゃあ!」


 蓮が苦笑してみせると、遥香が拳を高々と突き上げた。


「ウチの兄貴、ちょろいぜ!」

「よし、チーズ抜きな」

「待って待って! ごめんって!」


 遥香が焦った表情でソファーを飛び降り、腰に引っ付いてくる。

 確かにこいつにまだ恋愛は早そうだ、と蓮は苦笑した。

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