もしかしたら私の咎なのかもしれない〜王妃〜
王妃視点の話。
メルラが亡き婚約者を想っている事に対して、もしかして自分がメルラの心を縛ってしまったのかもしれない、と悩んでます。
長めです。
リクナルドから想いを告げた、と聞かされて私は「そう」とだけ応えた。リクナルドは既に解っている。メルラ・レレンがリクナルドの側妃にならない事を。友人付き合いをしながらもリクナルドは母である私から見ても分かるくらい、メルラに恋していた。しかしリクナルドは既に婚約者が居る身でメルラがリクナルドの想いに応えたとしても側妃にしかなれない。レレン伯爵は婚約者を喪っても尚、想いを寄せるメルラを守るために娘が望んだとしても第二王子の側妃に差し出して来ないだろう。それが王命であったとしてもレレン伯爵家が没落しようと国外追放の憂き目に遭おうと……否、取り潰され処刑されようとも。
さすがに側妃に召し出されているのを断られたからといってそこまでの事をやれば、今度は王家が貴族たちから反発を喰らう。現状から言えば王命を出さない事が一番問題が無い。もちろん夫である陛下もそんな王命を出すような方では無い。だからその辺に関しては何の心配もしていない。
寧ろ私が心配しているのは……メルラがあれほどまでに亡き婚約者を想っているのは、私の所為ではないか、ということ。ただ1人だけを想い続けているメルラの気持ちを疑うわけでは無いけれど。その想いの全てが純粋なものなのか、という疑いは捨てられない。
この国の貴族の令息・令嬢は10歳から社交を学ばせるためお茶会に出席するようになる。その最初は私が開催するものであり、メルラも10歳の時に出席した。メルラの事は耳にしていた。前年の流行性感冒で重症に陥って命を落とした婚約者の事を。幼い恋だったが育み合っていた矢先の運命。あの年の感冒で命を落とした者は他にもいたけれど、成人もしていない子で亡くなったのは、貴族の間では彼だけだった。だからこそメルラには多少なりと余計に心を砕いたのかもしれない。彼女が黒のドレスを着てきた事にも衝撃を受けた。私に挨拶をする姿は一人前の淑女を彷彿とさせたけれど、挨拶が終われば私でさえ彼女の眼中には入れない。その徹底した興味の無さぶりに、それだけあの子の心は亡くした婚約者の事で傷つけられているのだろう……と思えた。
それからもメルラが気になってお茶会に招いては観察する日々。やがて私はメルラの才能に気づく。メルラは邪魔にならないところでひっそりと紙に文章を書き付けていた。私が表立ってそれを見せるように言ってしまうのはあまりにも危険だったから、メルラだけを招待して話を聞き出せば。
「私はニコルと婚約していた時をわすれたくないのです」
そう言いながら持参するよう伝えてあった紙を諦めたように見せてくれた。それはニコルと出会った日からメルラが最初はニコルを嫌いだった事、突然婚約した時の事、その気持ちの変化に段々と2人が想い合う日々が書かれていた。そして2人で迎えたメルラの誕生日に交わした初々しいキスで終わっている。
「あなた達の日々が書かれているのね」
「はい」
「メルラ・レレン。この続きを書いてみなさいな」
その時のメルラの丸くなった目は今も忘れられない。
「続き」
「ここから先は想像にしかならないけれど、10歳を迎えて2人で私のお茶会に出ている未来やデビュタントを迎えて2人でファーストダンスを踊る未来や学園に通っている未来や結婚式にどちらの領地に屋敷を構えて結婚生活を送っているのか、子どもは何人居てやがて孫が生まれて……この話の中で2人を、ニコルを成長させれば良いわ」
鸚鵡返しに「続き」と呟いたメルラにそんな提案をすればメルラは目を輝かせて満面の笑みを浮かべて頷いた。そして書き上げたら必ず私に見せるように言えば、メルラは更に喜んで書いてきた。……それが『レーメ・ルーレラ』の処女作【永遠の想い】だった。出版化するにあたり、主役や登場人物の名前は全て変更し、作者の名前もレーメにした。
メルラが自分が書いたことを知られたくないと言ったからだった。また私が表立って出版に手を貸すわけにはいかないから、人を介して伝手を頼って出版化した。結果は私の予想以上の売り上げだった。他の人にも読んで欲しいと思っての出版化だったけれど。
本当は、こうして訪れなかった未来を描く事でメルラの気持ちが報われれば良いと思っただけのこと。
けれど出版化して世間に『レーメ』の事が知れ渡ると同時にメルラは益々別の婚約者を選定する気も、恋愛をする気も起きなくなっていた。
「純愛」「一途な想い」「直向きな2人」
といった世間の評価が高まる程、私はこんなはずでは無かったと衝撃を受けていた。この評価がメルラの耳に入らないわけがない。レーメがメルラと知っている者は少ない。だからこそ純粋なその評価がメルラを雁字搦めにしてしまったのではないか、と私は思う。一途に直向きに想い続けなくてはならないとメルラは自分を律していたのではないか。その危惧が8年経った今も尚、変わらずにある。
リクナルドの想いに応えなくても良いから、もう少しだけメルラの心が解れれば……と願ってやまない。
「王妃殿下」
リクナルドの報告を受けてから過去へと記憶を追随していた私の耳に夫に良く似た声が飛び込んで来た。振り向けばそこに居たのは王弟・ブレングルス殿。随分と久しぶりにお会いする方であった。
「まぁこれはこれはブレングルス殿。お久しぶりですね。急な用でございますか」
「お久しぶりでございます、義姉上。ええ。兄上に呼ばれまして。その用が終わったところでしたから偶には義姉上のご機嫌伺いにでも、と思いまして足を運ばせて頂いたのですが……。何やらお悩みか?」
「気付かずに礼を失しました。悩みと言えば悩みでしょうかね」
「私が伺っても?」
夫に良く似た笑みを浮かべながら義弟の目は私を気遣っている。夫とは歳の離れた兄弟で夫から甘やかされているが、それを理解している分、この義弟は人の気持ちの機微に敏感だった。甘やかされてもそれを良しとしないから私もこの義弟には心を許せている。
「ブレングルス殿はご存知ですね。メルラ・レレン伯爵令嬢の事です」
「ああ……あのご令嬢ですか」
私が名前を出せば義弟は破顔した。
メルラの作品を出版化するにあたり色々と手を回して動いてくれたのが、この義弟だった。その際2人は顔を合わせている。王都に中々来ないメルラと、王都に屋敷を持っていても独身の所為か元々の気質か一つ所に落ち着かない義弟が会ったのは、その時だけのようだけれど、季節の変わり目や国の行事には互いに手紙や贈り物を交換している事は耳にしていた。
だからこそ義弟はメルラの名前を聞いて直ぐに思い当たったように笑った。
「メルラは今年18歳を迎えます。ですが相変わらず婚約者は居らず、ずっと亡き婚約者を想っている」
「……そう、でしたか」
「それが悪いとは言いませんが、メルラがそれ程までに亡き婚約者に操立てしているのは、私があの作品を本にしてしまったからではないか、と」
「……それは考え過ぎではないでしょうか」
「そうかもしれませんが……」
義弟が困ったように私の懸念に首を傾げる。
「何か思うところが?」
「……リクナルドの事です」
「可愛い甥っ子が何か?」
「リクナルドは、メルラを側妃に考えています」
義弟の目が見開き口を数回開閉させている。
「……それは。確かあの子の婚約者である隣国の王女は我儘で傲慢で嫉妬深い性質だ、と聞いております。それに結婚して3年経っても子が設けられなかった場合のみ、側妃を迎えられるはず。そんなあやふやな状況にも関わらず、年頃の娘を待たせる、と? 待たせても側妃に迎えられるとも限らないのに?」
「それはリクナルドも分かっています。故に想いを告げても受け入れられるとは思っていないようです。それでも口にしたかったのでしょう」
「……そう、ですか」
「ですが。それ以上にリクナルドも私も願っているのです。メルラが亡き婚約者に操立てをして独り身を貫いても幸せならば構わない。けれどどこか意固地になっているようならば、他の殿方に目を向けて欲しいのだ、と」
私の懸念を正確に知った義弟は「成る程」と頷いてから言った。
「……一度、私がメルラ嬢と話し合ってみましょうか。彼女と私は久しく会っていないものの手紙の遣り取りをしていますし、その手紙から彼女の思考もなんとなく読めるので、話し合ってみれば彼女の気持ちも分かるでしょう」
義弟の提案を吟味してみる。義弟も流行り病で婚約者を亡くした事がある身だ。かと言って立場からして、その婚約者だけを想う事も許されず、ある程度したら別の他国の令嬢と婚約をしたが、今度はその令嬢がまさかの駆け落ちをしてしまった。その令嬢がどうしているかまでは不明だが、その国から謝罪と慰謝料はもらったし、件の家は没落したらしい。
2度の婚約が駄目になった義弟は、アッサリと結婚を諦めて32歳になる現在も独り身である。とはいえ、時々に恋人は居たようだけれども。そういった事をツラツラと思い返して、私は義弟の提案を受け入れお願いする事にした。
そして、また新キャラ出てきました。
メルラがマクシム・リクナルド・レオナルドの告白に対して客観的に自己を見つめられる存在が必要だなぁ……と考えたら出て来たキャラです。
そしてメルラを作家として成功した影の立役者。王妃に言われて書いたけれど、王弟が居なかったら出版化してなかった。王妃が色々と手を回した……と最初は考えていたのですが、1人の人間を影からとはいえ王妃が援助するものか?という自分の疑問からワンクッション置く存在が必要と思いまして。結果ブレングルスという存在が出来ました。
そんなわけで次話はブレングルスとメルラの話し合いです。視点がどちらになるかはまだ……。次話の更新がいつになるのか不明ですみません。




