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35章 呪文封じ魔法

呪文封じ魔法って、どうするんだ?

フェンリルで試してみる。




 35章 呪文封じ魔法




 薄い雲に月が白い影を落としている。 そんな闇夜に紛れて、わずかに風の音を唸らせながら空を飛ぶ影があった。


 森の高い木々の上をかすめ飛び、人気のない場所を選んで高い城壁を越え、幾つもの塔の間を縫って、その影は広いテラスにストンと降り立つ。


 飾り気のないテラスの中を音もなく歩き、大きなガラス戸の手前で止まった。


「ドゥーレク様」

「戻ったか。 入れ」

「失礼します」



 中に入り、焦点の合わない顔で座る黒髪の男にチラリと視線を送ってからドゥーレクの前で(ひざまず)く。 真っ黒なドラゴンは何かを言いたげにジッとその男をみつめていた。




 ドゥーレクと呼ばれた男は窓辺から入ってきた影に視線を向けた。


「どうなった」

「どうやら進化をしたもようで、外見が変わっていましたので探すのに時間がかかりましたが、奴に間違いないかと」

()ったか」

「申し訳ありません。 失敗しました」

「なにぃ!! こんな大事な時にしくじっただと?!」


 バキッ!


 ドゥーレクに(ひざまず)く男は思い切り蹴られて、壁まで飛ばされて激突した。


「グッ!」


 思わず呻き声を上げたが、急いで起き上がり、再び(ひざまず)いて頭を下げた。


「申し訳ございません。······それが······竜生神になっていたのですが、その······」

「どうした? 竜生神になっていたからなんだ! それごときで失敗した言い訳でもするのか?」


 男は一段と深く頭を下げた。


「天龍を生んだようで······」

「な·········なに?!!」

「先にこの事をお耳に入れておいた方がよいかと思いましたので······」

「天龍だと?!······天龍を生んだだと?!·········」



 ドゥーレクは黒く長いフードマントをはためかせながら、部屋の中を思案するように歩き回る。


「まずいな······ニバールを攻めるにはまだ準備が整っていない······」



 ふと立ち止まって少し不安そうな面持ちで男を見る。


「奴は私の事を誰かに話した様子はあるか?」

「はっきりしたことは分かりませんが、どうやら記憶を失っているようです」

「記憶がないのか? それは好都合だ。 天は私に味方した」


 ドゥーレクは不気味な笑みを浮かべ、跪く男を高圧的な目で見下ろした。


「いかがいたしましょう」

「一刻も早く奴を始末しろ!」

「はっ!」



 男は再びテラスに出て、来た時と同じように飛んでいった。



「レインボードラゴンを生んだか······そうなると、キリムが奴を殺すのは厳しいな······次の手も考えなくては·········」



 ドゥーレクはグッと手を握り締めた。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇




「こっちって、どこに行くんだよ」


 俺はそう言うスーガに振り返って抱きついた。 


 ちょっとこっちに来てくれと言って腕をつかんだ隙に、記憶掌握魔法を使って、スーガの過去を見たのだが、当然彼が犯人ではなかった。


「スーガ、すまない······」

「なんだよ! 気持ち悪いな。 何が()()()()んだ?」


 そんな趣味はないんだよと! と、スーガは無理やり抱きつく俺を引き離す。




 


「ふむ·········スーガ。 ちょっとこちらに座りなさい」


 俺のそんな行動を見てガドルはスーガの無実を確信し、含み笑いをしながらソファーを指差す。

 スーガは不審げに俺とガドルを見比べてから、首をひねりながらソファーに腰かけた。



「ふむ···すまんなスーガ。 ()()()を調べさせてもらった」

「調べたとは、どういうことですか?」



 ガドルは事の顛末(てんまつ)を話した。


 雷魔法で攻撃を受け、その場にスーガの気配があったこと。 状況証拠はスーガを示していた事。 そこで魔法掌握魔法を俺が加護してもらった事。


 スーガは驚きを隠せない。


「という事で申し訳ないが()()()の記憶を視てもらったのじゃ」


 スーガの視線を感じるが、俺は申し訳なくて顔を上げることができない。

 少しでも疑ったことと、スーガの記憶を盗み視したことが申し訳なかった。


「······すまない」


 その時、バチン!! と、背中を思い切り叩かれた。


「って!」


 スーガを見ると、笑っている。


「俺だって疑うぞ、そんな状況ならな。 疑いが張れてよかった」



 やっぱりスーガはいい男だ!



 もう一度抱きしめようとして拒絶された。



「ところで、()()()()記憶は見ていないだろうな!」


 スーガは見透かすように俺を見つめる。


 

「目がクリっとした可愛い女性はスーガの婚約者か?」

「あっ!! お前!!」


 スーガは俺の首を腕で抱え込み、頭に拳骨(げんこつ)をぐりぐりと押し付けた。


「すまん! すまん! 流れで······ハハハハハ」


 良かった。 いつも通りの関係に戻れた。





 俺は真顔に戻る。


「先生、やはりコーマンが怪しいですね」

「ふむ。 まだ決めつけるには早いが、もし()()が犯人なら、かなりの使い手じゃろうから、油断は禁物じゃぞ」



「はい」




   ◇◇◇◇◇◇◇◇




「やっぱりコーマンが犯人なのかな······今日は顔を見せなかったな」


 白馬亭から帰ってきて、自分の部屋のソファーにくつろぎながら、誰にともなくつぶやいた。


「あのね······」レイがそれに答える。


「なにかあるのか?」

「コーマン()なのかは分からないけど、いつもコーマンがいるときは、少し離れた所からドラゴンの気配がしたんだ。

 ルーアでもリーンでも、もちろんミンミでもない気配なんだけど、誰んだろうっていつも思っていたんだ」


「という事は、コーマンは竜生神なのか?······う~ん······いよいよ怪しいけど、それだけで犯人と決めつけることもできないしな······」

「やつの記憶を視れば済む事だろう」


 フェンリルがクッションに寝転がったまま言う。


「だよな······」


 ソファーにもたれて両手を頭の上で組んで天井に視線を向けた。



 スーガの記憶を見て、罪悪感があった。



 それは分かっているんだが······



「もし本当に奴が犯人なら、お前にバレた途端、攻撃してくることも頭に入れておけよ」

「そりゃそうだよな······」


 天井から視線だけをフェンリルに向ける。


 誰もいない場所に連れ出す事も難しいだろうし、どちらかと言うと、人の多い所にしか現れない······コーマンの家も知らないし······白馬亭でしか会った事はないけど、あんなところで魔法でも使われたら大変な事になる。


 

「なぁ、レイ。 魔法を唱えられなくするような魔法ってあるか?」

「魔法を?···あるよ[呪文封じ]」

「おう! 何でもあるな。 それを頼む」

「うん!······できた」


「それって[呪文封じ魔法]って対象者に向かって唱えるだけでいいのか?」

「うん」


『呪文封じ魔法』

「あっ!! この野郎!! 我にかけたな!!」


 気持ちよさそうに寝ていたフェンリルが、クッションから飛び起きた。


「悪い悪い! フェンリルしか試す相手がいなくって。 火を()いてみろよ」


 フェンリルは立ち上がり、外に向かって口をパクパクしている。


「ハハハハハ! ······あっ! 悪い」


 おもしろかったが、猛烈な勢いで俺をにらむのでちょっと申し訳ない。


「元に戻せよ!」

「あ······レイ、どうすれば元に戻るんだ?」

「[(かい)]で大丈夫」


 ちょっと面白かったから、もう少し見ていたかったが、フェンリルに本気で怒られそうだから『解』と唱えて魔法を解いた。



 フェンリルは外にむかって、軽く火を噴いて魔法が戻っているか試している。



「じゃあ、相手を動けなくするとか、動きを止めるとかできる魔法は?」

「[捕縛魔法]ならできるよ。 魔法の縄で縛りつけるんだ······できた」

『捕縛魔法』

「あっ! (われ)にかけ······クッ!······この野郎!!!」


 フェンリルはあわてて言ったが遅かった。 体が見えない縄で締め付けられる。

 ドスン! と、4本の足が縛りつけられた状態で横に倒れて、身動きが取れなくなっている。



 へぇ~~、こうなるんだ。 痛そうだ。



「ごめん! ごめん! フェンリルしか試す相手がいないからさ。 我慢してくれよ」『解』


 フェンリルはガルルルル!と牙をむいてから、もうするなよ! と言って寝転がった。




 なんだかんだ言って、許してくれるから、フェンリルは好きだ。









フェンリルは、憎まれ口を叩くけど、優しい!

(* ̄▽ ̄)ノ~~ ♪

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