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「悪かった」って、それ、一体何について言ってんだ?
そもそも、そんな謝罪の言葉、俺は求めていない。
オレ様生徒会長の癖にさ、馬鹿じゃねえの?
この「世界」から不要と淘汰される、俺みたいなモブに。
そんな、台本にない台詞を吐く必要なんて、戯れだとしても手を差し伸べる理由なんて。
「何にも知らない癖に…」
繰り返し、呟くように吐き捨てた言葉。
憎らしい態度と言葉に、愛想が尽きても良い筈なのに。
何で。
俺は、温かさを持った掌に目元を覆われた状態で、目を瞑る。
吐き捨てた言葉に、何の重みもない事に気付いてしまったから、居た堪れなさもあった。
そして、何故か振り払えなかった掌を目の前に、困惑が勝る。
「仮名四葉」
あんなに、呼ぶなと、煩いと、そう思っていた筈なのに、腹の立つ男に名前を呼ばれても、不思議と平常心だった己に少し驚く。
情緒不安定なのだろうか。
男だった「俺」と、女である「私」は、感情の振れ幅が違い過ぎて、自分自身の感情について行けない。
「収まったか?」
何がだよ。
そっと、離れていく熱を感じて、瞼を開ける。
目元を覆っていた掌越しに見えた男の表情に、意味が分からず眇めていた目を見開いた。
傲岸不遜で、オレ様な設定の攻略対象が、初めて見る表情でただのモブである俺を見ていたのだから、ビックリだ。だって、何だよその表情。まるで、夜泣きする子供を困ったようにあやそうとする親のような。どこか、恐々と、機嫌を窺っているような。そんな。
何だソレ。
言葉が足りなさすぎる癖に、無駄に偉そうで上から目線の余計なひと言が多い男は、俺の顔を観察するように暫くじっと見つめたかと思うと、呼気を零して肩を竦めるように一歩俺から距離を取った。その動きに、何故か気遣いを感じ取った俺は、勘違いだと内心で首を振る。誰が誰に気遣っているって?オレ様生徒会長が俺に気遣うわけねーよ。
「仮名四葉。単刀直入に言う―――俺の手を取れ」
動揺していたからか、俺は皇煌夜の唐突な言葉に反応が遅れる。
「………は?」
「お前に選択肢はない。面倒だ」
随分と勝手で非道な事を言っている。いや、お前の言動の不思議ちゃんっぷりの方がイロイロ面倒だわ。何言ってんの、コイツ。
「無駄に自由を与えると、うだうだと埒が明かない事を考え込むようだし、時間の無駄だろう」
「は?」
お前こそ、いつも時間気にしているけど、不思議の国の兎かなんかか?
「だから、何も考えるな」
ぴきぴきと音を立てて米神に青筋を浮かべそうな程に、無駄に失礼な言動。そろそろコイツ殴って良いんじゃね?と思っていた所に、その一言。俺はむむと眉根を寄せた。何故か、ムカつく奴の言葉がやっぱり気遣っているように聞こえて、そう感じてしまう自分に訝しむ。だって、有り得ないだろ。こんな、オレ様な言動をする奴が。女の襟首をひっ捕まえるような乱暴な真似をする輩が。こんな、縁も所縁もない地味モブに、気遣いなんて。それに、さっきの言葉のどこにそんな労りがあった?何も考えるなと、否定されたじゃないか。
「だから、何も考えるなと言っているだろう。黙って、俺に従え」
そう言うと、ニヤリと悪どい顔でその口元に笑みを浮かべた。
ホラ。
やっぱり、オレ様超理論じゃねえか。
黙り込んだ俺を見据えて、俺の思考回路なんてお見通しだと言わんばかりに発せられた言葉に、内心でぼそりとそう呟く。
それでも、何故か偉そうな声がひどく優しい調子に聴こえた俺は、やっぱり情緒不安定なのかもしれない。
「それで、何故一時間目をサボタージュする事になるんですか?」
俺はあの後そのまま引きずられるようにとある部屋に連行された。
予鈴が鳴った教室で、我に返った俺は急いで視聴覚室へ行こうとしたのだ。今ならギリギリ間に合うと、そう思っていたのに。それなのに。
目の前で偉そうに足を組んで豪奢なソファに座る男を、キッと睨み付けて憮然と言う。
我ながら、この男に対して段々遠慮がなくなってきている気がする。言葉は敬語で遠回しだし、睨み付ける以外は………ポーカーフェイスをギリギリ保てていると思いたい。
オレ様生徒会長は、優雅に傾けていた紅茶の入ったカップをソーサーに戻し、ちらりと俺を見る。
「あの場で、あれ以上の話はできないからな。それに、お前は今日の授業は体調不良で欠席だ」
「はあ?」
俺は、辛うじて保てている筈だったポーカーフェイスを殴り捨てて思いっきり顔を歪ませ、同時に椅子を蹴り立てるようにして立ち上がった。テーブルを両手で叩き、どういう事かと未来の会長様を凝視する。
だって、俺この学園では目立たない優等生キャラで死亡フラグ回避に努めるつもりだったんぞ?入学数日でそんな意味不明なサボりあってたまるか!
奴は器用にも片眉をくいっと上げて口を開いたかと思うと、飛び出てきた言葉はやっぱり無駄に偉そうで意味不明だった。
「躾がなってないな。……まあ良い。兎に角、お前は欠席扱いにした。教師にはもう話は通してある」
だああ!そーゆーことじゃねえよ!!
理由を言え、理由をっ!!
「……だからっ、何故?!」
一瞬堪えたものの、やっぱり声は抑えようがなかった。
声を荒げて怒鳴るように詰問する俺に、オレ様生徒会長は呆れた様子を隠しもせず話し出す。
「分からない奴だな。俺の手を取ったなら、俺のスケジュールに合わせて行動しろ。それに、まだお前の『呪い』について話してなかっただろ」
超上から目線なんですけど、コイツ!
何様だ、この野郎!
「座れ」
嗚呼、思いっきり罵れたらどんなに良かっただろう。
俺は、言葉にできない苛立ちを腹に押し込めて、渋々ソファに座った。
「お前の『呪い』について話すには、場が整っていなかったからな。それに、立ち話で済ませられる程度の『呪い』なら、俺も最初からお前に声を掛けなかった」
成程、分からん。
「……つまり?」
俺は、頭が痛むような気がして額に手をあてる。うん、平熱だ。だけど、うんざりとした気分になって、溜息が出そうになる。
なんだろう、マジで俺はコイツの話に乗ってこんなトコまで付いて来て良かったのだろうか。今更過ぎる疑問を思い浮かぶ。いや、だって、何度聞いても「呪い」とか中二病すぎ……つか、マジでンなもんあんの?
それに、だ。もしかしてコイツは、この学園の至る所に防犯カメラとは違った用向きの隠しカメラが設置されている事を知っていたりするのだろうか。
………となると、「呪い」なんつー胡散臭い言葉もあながち嘘でもないのか?
俺の微妙な顔を見て、何やら愉しそうに笑ったオレ様生徒会長は、ローテーブルにカップとソーサーを下ろした。どうやら、漸くまともに話が再開されるらしい。部屋に着いた途端茶をしばき出したからな、コイツ。おかげで、訳も分からず、コイツの自室に連れ込まれた俺の不快指数がMAXだ。つーか、一応ここ男子寮なんだがな。学園の隠し通路を通ってこの部屋に入った時にはもう、この学園何でもアリ過ぎて、理解ができないしツッコミが追いつかん。
「どうやら、思った通りそこまで無知じゃないか。高等部からの外部生が、この学園の特殊性に気付いているとは……この学園の生徒になるだけはあるか」
あ、コレやっぱり黒だ。
コイツ、やっぱりカメラ把握してるわ。もしかしたら、情報戦に負けない為にコイツも仕掛けてる口か?学園にある隠し通路知ってる時点で限りなく灰色だったけれど、やっぱりか。
「安心しろ、この部屋なら外部に情報が漏れる事はない」
「………」
「さて、いい加減本題に入るか」
壁時計に視線を一瞬向けると、黒髪の麗人はその瞳を愉しげに細めて俺を見た。
「お前に掛けられた『呪い』。それは、古いモノであり、新しいモノ。ただの祈祷師や、僧侶、神主の類にも払えない輩。厄介で、面倒な代物だ。掛ける方も掛ける方だが、掛けられる方も掛けられる方だな。そんな、面倒で特殊な呪いを掛けられるとは、お前も業が深い人生を歩んできたのか、それともそういう凶兆の星の下に生まれた所以なのか」
どちらにせよ、面白い。
そう続けた男は、俺に降りかかった不幸に、くつくつと喉奥で嗤う。
………コイツ、本当に俺を助ける気あんだよな?
あんまりと言えばあんまりな内容の言葉に絶句する俺を余所に、どこか退廃的な雰囲気を持った男の瞳が随分と愉しげに細められる。
「まあ、十中八九このまま行けばその『呪い』が成就してお前は死ぬな」
「…………」
俺のお口はぴったり閉じられている。
だって、下手に口開けば悪口雑言、罵声の雨あられが目の前にいる忌々しい男に向かうのは分かりきっている。まだ情報は少ないのに、こんな所で爆発していたら、何の為にわざわざこんなトコまで唯々諾々(いいだくだく)とこの部屋に付いて来たというのか。我慢、我慢。俺ミッフィーちゃん。
「あんまり、面白い『呪い』だったから、つい興味が惹かれた」
が、我慢。
「ついでに、お前の経歴諸々調べておいた」
「はい?」
俺はぎゅっと拳を握ってイライラを抑え込んでいたが、予想だにしない方向へ話が飛んで、驚いて奴を見た。
「何を驚く」
「だって、何を勝手にっ。個人情報ですよ?」
「お前の『呪い』が、特殊だったからだ」
「それが、どうして、お……私の個人情報が暴かれる理由に?」
「言っただろう。その『呪い』は、古いモノで、新しいモノだと。そして、ソレは―――…」
口元に刷いた笑みとは異なり、何の感情も表さない冷たい紅の瞳が、無感動に俺を見据えた。
「お前の血族による『呪い』だ」
To be continued…?




