その55 お狐様、旅立ちます!
旅に出ると決めてから二日後の朝。
伊織は世界樹の下ではしゃぐように飛び跳ねていた。
「うにゃー! 良い天気! 旅立ちにはもってこいですね!」
伊織の足には革製で造りの良い真新しい地下足袋が履かれており、細く華奢な脛や踵、爪先をしっかりと保護していた。
「ええ。いい日旅立ち。ですね」
大きなリュックを背負い、膝下まであるロングブーツを履き、厚手のローブを纏ったイロハがにこやかに応対する。
「おい、駄巫女。出発前からおだつな。体力が持たなくなるぞ?」
アティラははしゃぐ伊織を窘めた。
そう云うアティラも初めてする旅への期待からか、はやる気持ちを抑えきれずに声を弾ませた。そしてその足には伊織とお揃いの地下足袋が装着されていた。
「ふーんだ! それ位アティに言われなくたってわかっていますよーだ!」
「なんだと! 妾は汝を想って忠告しておるのになんじゃその言い草は!」
「どーせマウントを取って上に立ちたいだけでしょ!」
「なんじゃと!」
「なにおう!」
売り言葉に買い言葉。にらみ合う気の短い神様とお狐様であった。
そんないつもと変わらない二人をなだめるようにイロハが割って入った。
「はいはい。お二人とも、出発前から喧嘩していると後が持たないですよ」
「……っち。ここはイロハに免じて引いてあげます」
伊織は舌打ちを鳴らし、捨て台詞を吐いてそっぽを向いた。
「ふん! 弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものじゃ。おっと、駄狐の間違いじゃったか」
アティラも皮肉たっぷりに吐き捨てた。
「……ふむ。これは折檻が必要でs――」
イロハは反省の色が見えない二人を見咎めるように呟いた。
「アティ! 生意気言ってごめんなさい! ついはしゃぎ過ぎてしまいました!」
イロハの胡乱な呟きを聞きとめ、ぎょっとした伊織が即座に手のひらを返し、アティラに頭を下げた。
「よいよい! 妾も言い過ぎたからおあいこじゃ!」
アティラも伊織の謝罪に呼応するように全てを許した。
腹の中はともかく、ここで素直に謝罪を受け入れないとイロハの折檻が己に降りかかるという確信があったのだ。
「ふふ。お二人は仲良しですね」
イロハはにこにこと見つめながら呟いた。だが、伊織とアティラはイロハの瞳の奥に未だ怒りが燻っていることを察知。アイコンタクトで言い争いは無かったことにすることにした。
「それじゃあ、アティ! イロハ! 出発ですよ!」
伊織は先ほどの喧騒をごまかすように明るく元気に宣言した。
「はい。まず向かうは北北東。ここから一番近い村でどうでしょうか?」
「妾は異存ない。汝はどうじゃ?」
「そこは何が名物なんですか?」
食い気に勝る伊織が質問を飛ばした。
「確かボア肉の腸詰めや燻製などが名物だったと思います」
「ハムやソーセージキタぁーーーー!! ダッシュじゃあ! うおおおおおおおおおっ!」
答えを聞いた伊織が急に駆け出した。いても立ってもいられなかったのだ。
「ああっ! 伊織様! 道中は長いのですからゆっくり! ゆっくりですっ! それから向かう方向が間違っておりますっ!」
イロハは慌てて伊織の後を追った。
だが、静止をまるで聞いていない伊織が止まる様子は無い。しかも走る速度が尋常でなかった。
どこにそんな走力があったのか問い質したいところだ。
「ハム! ソーセージ! ハム! ソーセージ! ハム! ソーセージぃぃぃぃ!」
「伊織様、ステイ! ステイですぅぅぅ!」
どんどんと世界樹から遠ざかっていく伊織とイロハ。
「……全く。世話の焼けるやつじゃのう」
呆れたように溜息をつき伊織が走っていった方向に半眼を向けつつも、
「まっ。その無鉄砲ぶりが伊織の魅力でもあるか♪」
嬉しそうに頬を緩めるアティラだった。
‐第1章 終わり‐
これにて第1章は終わりとなります。また、書き溜めもここまでなので毎日更新も今日で終わりとなります。
第2章以降はまだ未定ですが、少しずつ書き溜めていきたいと思いますので、更新の際はまたお付き合いいただければ幸いと思います。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!




