その53 お狐様、駄女神が偽者と指摘される!
「む。それは哲学的な問いか?」
アティラは悩むように首を傾げた。イロハの言葉の真意が読めなかったのだ。
「いいえ。そのままの意味です。あなた様が本当に生命を司る女神、世界樹のアティラ様なのかをお伺いしております」
イロハはにこやかながらも疑いの眼差しをアティラに向けた。
「ほほう。妾が偽者だと疑っているのじゃな?」
「有り体に言えばその通りです。先日、久方ぶりに顕現なさってから疑問に思っておりました」
「ふぅむ。妾が本物だとしたら不遜では済まんぞ?」
脅すアティラ。しかし、その言葉とは裏腹に顔には興味の色が浮かぶ。
「覚悟はしております。ですが、私にもあなた様を疑う理由が三つほどあります」
「聞いてやろう。なんじゃ?」
「一つ目は知識の無さです。生命を司る女神、世界樹のアティラ様はこの世界の産みの親である三神のお一人のはずです。それはつまり創世からの全ての事象を知る存在のはずです。それなのにあなた様はあまりに知識が無さ過ぎる。初めはわざと知らないふりをしているのかと思っていましたが、伊織様とのやり取りを見る限りとてもそうとは思えなかったのです」
「なかなかに鋭い推理と考察じゃのう! 確かに妾はちぃとばかし知識が足りておらんのは認めよう。とはいえ、神だからと言って何でも知っている訳ではないと言い訳はさせて貰うがの」
感心したように頷くアティラ。だが、イロハの推測に対して明確な答えは返さない。
そんなアティラの反応を見たイロハは少し考えを巡らした後に再度口を開いた。
「また二つ目は力の無さです。ここで言う力とは腕力という意味では無く、魔術の源泉であるマナの量や質を指します。もしあなた様がアティラ様であったのなら、きのこや野草などで中毒することがまずおかしいですし、仮に中毒したところですぐに解毒の魔術で回復出来るはずです。なのにあなた様は伊織様ともどもリバースなさっておられました。また、私に捕捉された円月輪もアティラ様が創られた物とは思えないほどに作りが簡素で、込められたマナの質も粗く量も少ないという有様でした。この様なことから私はあなた様が本物のアティラ様では無いのではないかという疑念を深めたのです」
「うむうむ。これもなかなかに正鵠を射ておるな。じゃが、妾が意図的にマナの使用を抑えているとすれば全く不思議でもないことじゃ。そうであろ?」
アティラはイロハの推測に感心しつつ否定した。
「あなた様の行動を見ているとそこまで器用には思えないのですが……」
「はうっ! ともかく、理由としては弱いのじゃあ!」
イロハに疑惑の眼差しを向けられたアティラはショックを受けつつ強弁した。
アティラ的にはスマートな反論のつもりだったのだ。完全に自己評価を見誤っているが、イロハは優しさからかそれ以上追及せずに残り一つの根拠を挙げた。
「そして三つ目。私が何より違和感を覚えたのが、あなた様の存在感です」
「む? 存在感とな?」
「100年ほど前。私がアティラ様の眷属となるために初めてお会いした時。アティラ様の存在感、そして威圧感は圧巻の一言でした。しかし、あなた様はそのアティラ様と姿形は同じといえど溢れ出る威光も畏れも神秘性も比ぶべくもありません。あの時私が覚えた恐怖も、歓喜も、驚嘆も、高揚も、あなた様からは感じることが出来なかったのです。これはあくまで私の個人的な感覚にすぎません。ですが、これがあなた様は『アティラ様ではない』という確信を持ったなによりの理由なのです。もう一度お聞きします。あなた様は本当にアティラ様でいらっしゃいますか?」
イロハは真剣な面持ちでアティラをじっと見据えた。アティラ(疑)は手を口に添え、少し悩んだ後に口を開いた。
「仮に妾がアティラでは無いとすると、汝は誰だと考えておるのじゃ?」
アティラ(疑)はイロハの問いには答えず逆に質問した。
「そうですね……たとえ本人では無くともアティラ様と全くの無関係とは思えませんので、アティラ様の眷属で大森海にある木々の樹精霊の一人ではないかと考えています」
「つまり話をまとめると『知識と力とオーラが足りてないカスなので偽物と予想。ただし関係者』と汝は考えているで相違ないあろ?」
「多少悪意が混じっているような気がしますが大意はそのとおりです」
「よろしい。して妾の正体が眷属であるとする根拠は何となる? もしかしたら余所から来た間諜やもしれぬぞ?」
アティラ(疑)の挑発したような物言いにイロハは否定するように首を横に振った。
「あなた様がアティラ様に害をなすような敵性侵入者である可能性は無いと思います。理由としては、まず、アティラ様の姿形を知っているの者が限られているため、眷属以外でその姿形を模すことが極めて困難なのが一つ。この世界樹の住処には結界が張っており、招かざる者には入り口がわからないように偽装されているのが一つ。そして、あなた様の伊織様を想う気持ちは確かなのが理由です」
断言するイロハ。それを聞いたアティラ(疑)はしばし呆気に取られていたが、すぐに我に返ると嬉しそうに破顔させた。
「こりゃあ、一本取られたのう! そうか! 汝から見ても妾の伊織への愛情は見て取れるか!」
「ええ。愛情表現は些か不器用と思いますが、お気持ちは良く伝わってきます」
「そうかそうか! それなのに伊織は妾の愛情に気がつかんのよう」
「伊織様はだいぶ鈍い方でいらっしゃいますから仕方ないかと」
「確かに違いない!」
意見の一致を見て笑いあう二人。そして、アティラ(疑)は何かに納得したように「うむ」頷き大仰に口を開いた。
「汝は合格じゃ!」
「はて? 合格とは……?」
イロハは何が何だかわからず首をこてんと横に倒した。
「合格は合格じゃ。よし、ちょいと待っておれ! むむむ……」
アティラ(疑)は有無を言わさず押し切ると目を瞑り唸りだした。そして幾ばくもしないうちにアティラ(疑)の姿がふっと消え、その場に小枝が残った。イロハは訳がわからず、釣られるがままに小枝を覗き込んだ。
刹那、小枝が突然破裂したように発光。その眩しさにイロハは仰け反り後退。
しばし光源から目を逸らしていたが、徐々に発光が収まって来たのを見計らい、ゆっくりと視線を元に戻す。
するとそこには微かに発光し、たおやかな笑みを浮かべた少女が存在していた。
姿形はアティラ(疑)そのものだが、滲み出る威厳も畏れも普段のそれとは比べものにならない、圧倒的な存在がそこに鎮座していた。




