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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その52 お狐様、のんきにお休み中、メイド少女が夜なべです!

「zzz……えび……かに……祭りだにゃぁ……むにゅむにゅ……」


 伊織が寝室で美味しい夢を見ている頃。イロハは寝室を抜け出し、夜なべして革製で厚手の旅行用地下足袋を作っていた。

 伊織は普段、薄手で質の良い足袋の下に朱色のぽっくりを履いていたのだが、長距離を歩くには全く向いていない。そのため、イロハは『伊織様のお綺麗な御御足おみあしの保護を!』と意気込み作業を進めていた。


 そうして、地下足袋が何足か出来たときに背中から突然声が掛かった。イロハはびくっと身を震わせ、声がした方に目を向けた。


伊織あれの為か。全く。精が出るのう」

「……もう。驚かせないで下さい。寿命が縮まります」


 アティラだった。


「何を言う。妾の眷属である汝に寿命なぞ無いではないか」

「……確かに」


 アティラはくつくつと笑いながら「ところで」と切り出した。


「汝は随分と伊織あれに熱を上げておるのう。なぜじゃ?」


 目を眇めるアティラ。伊織に対するイロハの過剰な献身に疑問を持っていたのだ。イロハは思案ののちに答えた。


「一目惚れ。――これで納得頂けませんか?」

「無理じゃの」


 アティラは首を横に振り、きっぱりと否定した。到底、納得できる内容ではなかったからだ。


「嘘を言っているつもりはありません」

「じゃが、全てでもないであろ? 一目惚れだけで伊織あれへの好意を維持するのは不可能じゃしのう」


 イロハを見透かすように覗き込むアティラ。イロハは観念したらしく「ふう……」とひとつ溜息をつくとゆっくりと口を開いた。


「……アティラ様。私が大賢者フィロゥシー様の魂をこの身にずっと宿していたのを覚えていらっしゃいますか?」

「うむ。覚えておる。確か人となるための交換条件じゃろう?」

「ええ。そして、フィロウシー様の魂をこの身に宿すときに私は魂保存の術法にのっとり彼の体を丸呑みにし取り込みました」

「ふむ。取り込んだのか?」

「ええ、取り込みました」

「つまり喰ったわけではない。同化し吸収したということじゃな?」


 アティラは「取り込んだ」というニュアンスからイロハが言わんとすることを理解し確認した。イロハは「ご明察の通りです」と頷いた。


「丸呑みと言う言葉からは捕食しか連想できないと思いますが、実際には捕食では無く同化吸収をしたのです」

「しかし、どうしてそれが伊織あれへの好意に繋がるのじゃ?」


 アティラは首を傾げた。話の繋がりがいまいち見えなかったのだ。


「私はフィロウシー様の体を同化吸収したことで彼の魂を私の魂に括り付け、またその副産物として彼の知識と記憶を取得しました。そして、私が将来、守り尽くさなければならない伊織様のことを彼の記憶を通して初めて知りました」

「ほほう。記憶とな」

「正直に言いますと、初めは伊織様のことがさして好きではありませんでした。いや、それどころか、むしろ反感を持っていました。フィロウシー様の記憶から垣間見られる伊織様は無鉄砲で思慮が浅く意地も悪かったですから。我が主がこの人間のどこに惚れたのか疑問でしたし、将来こんなどうしようも無い人間に私は仕えるのかと思うと憂鬱ですらありました」

「ははっ! 違いない! あれは本当に阿呆だからな!」


 アティラはからからと笑った。思い当たるフシが多すぎたからだ。


「しかし私はフィロウシー様の様々な記憶を知覚し、伊織様の人となりを知るにつれ、当初はマイナス面しか見えていなかった伊織様のことが徐々に気になっていきました。家族思いで家庭的だったり、打算的な面は強いが意外と義理堅いところがあったり、表情が豊富であったり、優しいところがあったり、我慢強く打たれ強かったり……と伊織様のプラスの面が見えてきたのです」

伊織あれは良くも悪くも人間くさい奴だからのう。いわゆる愛すべき馬鹿じゃな!」

「それ、伊織様が聞いたら怒りますよ? 本人的は頭脳明晰で聡明な策士・伊織なのですから」


 イロハは口に手を添え、くすくすと笑った。


「くくくっ! 夜郎自大で無知蒙昧の方が正鵠を射ておるように思えるがのう!」


 喉の奥で笑いを押し殺しながら訂正するアティラ。伊織の自己評価が高すぎて吹き出しずにはいられなかったのだ。

 こうして、話の流れが完全に伊織下げの展開だったが、その流れを変えるようにイロハが「でも」と切り出した。


「そんな伊織様ですが、フィロウシー様と伊織様が出会うきっかけとなった小さな事件の記憶を知覚したとき、私はその魅力に一気に取り憑かれてしまったのです」

「ふむ。どんな事件だったのじゃ?」

「事件自体は端的に言いますと、ただ単にいじめられていたフィロウシー様を伊織様が庇ったというだけのありふれたものでした。ただ、その内容を知覚したとき少し泣いてしまいました」

「ほう。汝が泣くとは意外じゃの」


 イロハは「こう見えて泣き虫なのです」と言いうと、照れを隠すように少しはにかんだ。


「それはさておき顛末を簡単に説明いたしますと、フィロウシー様は周りよりも体の成長が早かった反面、心が弱かったため同年の馴染みからは除外され、また一つ年上の連中からも空生意気だと因縁を付けられ虐げられていました。つまりいじめられっ子でした。また、この時はまだ伊織様とは知り合いでも無かったため、友人もいない状況でした。そしてある時、フィロウシー様はいじめっ子に伊織様の生家でもある神社……神社とは神殿の事です。で、その裏山。そこに呼び出されたのです」

「なんじゃ。伊織あれはここに来る前も巫女じゃったのか?」

「巫女? ええ、まあ確かに巫女でもありましたね。ふふっ……」


 イロハは父親に無理矢理巫女にされた伊織の姿を思い出し軽く吹き出した。


「ふぅむ? まあ良い。で、その後どうなったのじゃ?」


 アティラはイロハの含みを残した言い回しと態度に少し首を傾げたが、それ以上は問題とせずに話の続きを促した。


「神社の裏山を選んだのは人目を避ける為だけでしたから、いつものように蹴られたり叩かれたり、泥玉をぶつけられたりと嬲られ一方的な暴力を振るわれました」

阿武隈それの親は何とも言わなかったのか? 子のピンチじゃぞ?」

「フィロウシー様のご両親はマッチョ主義でしたので、男なら困難は自ら打ち破れと突き放しておりました」

「なるほど。我が子を千尋に突き落とす獅子のようじゃな」

「とは言え、多勢に無勢なうえに当時のフィロウシー様は弱メンタル。彼はいつものように仕方なく亀のように丸まって、嵐が過ぎ去るのをただ耐え待つだけでした」

「あの物怖じしない男色魔にもそんな時期があったのだのう……」


 アティラはしみじみと語った。世界樹にやってきた時の阿武隈とは印象がまるで逆だったからだ。


「そうして、やっと嵐が過ぎ去ろうとしていた時、竹箒が嵐の原因であるいじめっ子たちを突然襲いました。あまりに突然だったため、いじめっ子たちとフィロウシー様は驚いて竹箒の方を見ました。するとそこには作業袴を穿き白作務衣を着た一際ひときわ小柄な子供がまなじりをつり上げ、竹箒を片手に仁王立ちしていました。

 伊織様でした。境内から裏山に向かうフィロウシー様たちを不審に思って後を付けてきたようです。いじめっ子たちがお前は誰だと問いただすと、伊織様は「うるさい! うちの敷地内で弱いものいじめするな! 天罰! 天罰!」と凄い剣幕でがなり立てながら竹箒を振り回し攻撃を再開しました」

「単身で集団に向かって行くとは勇気があるな。反撃が怖くなかったのかのう?」

「完全に頭に血が昇っている様子でしたから、そこまでは考えてなかったようです」

「その考えの無さは昔からなのじゃのう……」


 しみじみとアティラ。まるで成長していない伊織に頭を悩ますばかりだ。


「最初はいじめっ子たちを圧倒していたのですが、所詮は伊織様です。すぐに息切れを起こし竹箒アタックがなりを潜め出しました。三日天下ならぬ三十秒天下でした。それを見たいじめっ子たちは勢いの無くなった伊織様から竹箒を取り上げ、抵抗できないように手足を縛って地面に転がしました」

「ふむ。この後はエロい展開かね?」


 アティラが目を輝かせた。


「残念ながらいじめっ子たちも年相応に子供だったため、セクシャルな展開にはなりませんでした。ただ、服装が珍しかったためか、白作務衣をめくられたり作業袴をずり下ろされたりはしました」

「まあまあエロいではないか!」


 意外と盛り上がるアティラ。世界樹様的にはエロい展開だったのだ。


「そうでしょうか? ○○に○○○を○○するぐらいでないとエロいとは言えないような……」


 一方、イロハは隠語を炸裂させながら首を傾げた。イロハのエロ基準はアティラよりもレベルが3段階は上だったのだ。


「汝は上級者過ぎるのじゃ!!」

「心外です。まあそれはさておき、自分を庇ってくれた伊織様が一方的にヤラれる姿を見て、フィロウシー様の心の中にある想いが芽生えました。己に対する羞恥心と嫌悪感、そして伊織様に対しての思慕の念です。あんな小さな子が自分のために闘ってくれているのにそれを傍観するだけの自分を恥じ、嫌悪し、そして助けてくれた子を守りたいという想いをいだき立ち上がったのです。ちなみに伊織様とフィロウシー様は同い年です。伊織様の体躯が小さいから年下と勘違いしたようです」

「おお、何か感動的な話になってきたぞ?」

「そうなると後の話は簡単でした。弱メンタルだったとは言え、体格はその場にいた誰よりも優っていましたから。まず初めに伊織様いじりに夢中になっていて心がお留守だったいじめっ子たちのリーダーの肩を叩き、自分の方向に振り向かせると顔面に思いっきり拳を叩き込みました。一撃ノックアウトです。突然の反撃に唖然とするいじめっ子たちを尻目にフィロウシー様はナンバー2を同じようにぶん殴りノックアウトです。短時間でリーダーと副リーダーを失ったいじめっ子だちは完全に浮き足立ちました。フィロウシー様は次とばかりに三人目を見据えると、見据えられた者はひぃと小さく悲鳴をあげ逃げ出しました。そうなると後は総崩れです。連鎖的に他の連中も戦意を失い敗走していきました」

「大勝利じゃな。して、あの駄巫女との関係はどうなったのだ?」

「全てが終わった後、フィロウシー様は伊織様に駆け寄りました。するとそこには半裸にされて涙目になっていた伊織様が存在しておりました。そしてその姿を見たフィロウシー様は不意にその姿に興奮してしまいました」

「性の目覚めじゃな。ホモのくせに最初は女のめのこに欲情したのじゃのう」

「えっ?」


 驚くイロハ。アティラが転生前の伊織を女と認識しているとは思わなかったのだ。


「んむ? 妾は何かおかしい事を言ったかのう?」

「いえ、すいません。アティラ様のお言葉がよく聞こえなかったものですから」

「なんじゃ。そんなことか。全く驚かせおって」

「余談ですが、フィロウシー様の性の目覚めは道端に落ちていた薔○族です」


 イロハはアティラが伊織の転生前のパーソナリティを正しく認識していないことを悟り、嘘を交えつつごまかした。

 よくよく考えればあくまで自分は阿武隈の記憶を引き継いでいるため、正しく認識出来ているに過ぎないことを思い出したのだ。

 それに転生して妖狐となった伊織は本人の心中はともかく、姿形も魂の形も今は完全に女である。だから無闇に過去を掘り起こしても碌な事にはならないという判断もあった。

 そして何より、アティラが知らない伊織を自分は知っているという事実がイロハの独占欲に火を点けたのだ。

 だからアティラには伊織の真実を話さないという結論になったのである。


 無論、イロハはアティラの事を誰よりも崇敬しているし、身が滅ぶまで尽くすつもりである。だが、ことに伊織については話が別。もう100年も暖めた恋である。

 これだけはアティラにも譲るつもりは無かった。


「で、半裸の駄巫女にホモ興奮の続きはどうなったのじゃ?」

「フィロウシー様は伊織様の拘束を外し、感謝の言葉と共に深々と頭を下げました。すると伊織様は「べ、別にお前のために助けてやったんじゃないから! うちの神社の評判のためだから!」とそっぽを向きました」

「やっすいツンデレじゃな」

「やっすいツンデレですね」


 やっすいツンデレであった。


「まあ、それは置いておいてフィロウシー様はお礼がしたいから何でも言って欲しいとおっしゃりました」

「こちらはこちらで伊織あれと縁を繋ぎたいという下心が見えるのう。で、伊織あれは何と答えたのじゃ?」

「伊織様は少し悩んだ後、「じゃあ、握手しよう」と返しました」

「は? 何じゃそりゃ? 意味不明じゃ」


 アティラは眉を顰めた。伊織の発言の意図が読めなかったからだ。


「フィロウシー様も不審がっていましたが、言われた通り手を差し出しました。すると伊織様はその手を握り「これでお前は友達だ!」と言いました。フィロウシー様はしばし呆気にとられていましたが、理解が追いつくにつれ喜びで胸が一杯となり涙を流しました。すると伊織様は背中を擦りながら「よう頑張ったな」と優しく励ましました。これを聞いたフィロウシー様はまた感極まって大泣きしてしてしまいました。そして伊織様は彼が泣き止むまで背中を擦り続けました。こうして二人は友となったのです」

「ふむ。伊織あれも中々に人ったらしの才能があるのう! 普段は阿呆丸出しの割にやりおる」


 感嘆の声を上げるアティラ。普段は見ることが出来ない伊織の善の一面性に感心したのだ。


「この記憶を知覚した時、私はフィロウシー様が死にかけた私を救ってくれた優しさの源泉がここにあったことを理解し、少し泣いてしまいました。そして、伊織様の魅力に取り憑かれてしまったのです。また、この事から普段は一見思慮が浅く意地の悪い伊織様の行動も意外と理由があり、フィロウシー様のことを思っての行動であるという事が見えてきました」

「さすがにアレがそんな殊勝なことを考えて行動するとは思えんのだが……」


 アティラは伊織を持ち上げるイロハに疑問を差し込んだ。いくらなんでも惚れた欲目にしか思えなかったのだ。


「もちろん、私利私欲のための行動が多いのは事実です。伊織様は基本自己中心的ですから。でも、それだけではありません。ああ見えて意外と周りが見えていますし、義理堅くもあります。だから伊織様の記憶を知覚すればするほど想いは強くなっていきました。しかも転生してくるまでに時間がかなりありましたから、ひたすら焦らされる展開です。待てば待つだけ会ってみたいという思いは募るばかりです。そうして時間が経って伊織様が転生した姿を初めて見たとき、永く待った想いに加え、予想だにしなかった神がかり的な愛くるしさを目の当たりにして私のココロは完全にやられてしまったのです」


 熱く語るイロハに若干引きながらやれやれと手を横に広げるアティラ。


「ふぅむ。汝が伊織アレに惚れた理由は理解したが、よく本物と接して愛想を尽かさなかったのう。記憶を知覚と生で接するのは大違いじゃろうに……」

「ふふっ、出会ってからも色々とありましたし、それに伊織様のような手合いの対応は慣れておりますので」


 イロハはにっこりと笑った。なんてことは無い。暗にアティラで慣れたと言っているのだ。


「そうなのか? 汝も大変じゃったのう」


 だが、アティラは己が揶揄されている事に全く気がつかずイロハの労をねぎらった。

 説明するまでも無く『伊織様のような手合い=アティラ』なのだが、伊織同様、自己評価が高く唯我独尊の世界樹様にとってみれば、伊織と己を比べられること自体があり得ないことのである。

 つまり実体はともあれ、アティラの中では『アティラ>>>(越えられない壁)>>>伊織』という認識なのである。

 勘違いも甚だしいがそれは伊織も同様なので、ある意味お似合いの神と巫女であった。


 こうして、伊織への好意の源泉を語ったイロハが話題を変えるように「ところで」と切り出した。


「アティラ様。一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん? なんじゃ? 申してみよ?」


 心当たりなさげに首を傾げるアティラ。


「……あなた様は本当にアティラ様なのですか?」




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