その46 お狐様、メイド少女の胸に幾千の夢を見る!
「また、喧嘩をしてらっしゃったのですか? いけませんよ、お二人とも。仲良くです」
そしてメイド少女は何事も無かったように落ち着いた様子で軽くお小言。伊織とアティラは呆気にとられたまま謝罪した。
「あ、はい。すいません」
「すまんのじゃ」
「ふふ。いつもそれくらい素直だと嬉しいのですが」
メイド少女は軽く微笑みながら、持ってきた朝食を並べた。また、完全に二人の事を知っているような口ぶりであった。
「って、呆けている場合じゃねぇ! 結局、あなたは誰なんですか!?」
「そ、そうじゃった! 汝は誰じゃ!?」
それまで呆けていた伊織が直球で訊いた。ついでに乗っかるアティラ。
当初は腹を探る感じで行こうと思っていたが、面倒になってしまっての結果だった。
「ああ……なるほど。私が誰かわからなかったので余所余所しかったのですね」
お盆を胸に抱え、腑に落ちたように頷くメイド少女。
「私の予想では美人局なんですけど、違いますか? 台所に怖いお兄さんを隠していますよね?」
伊織がめちゃくちゃ失礼な質問をぶつけた。
そもそも『あなたは美人局ですか?』と、訊いて『はい!』と答える美人局がこの世に存在するのか甚だ疑問である。
「美人局に怖いお兄さん……ですか?」
困惑するメイド少女。お盆で口元を隠す仕草がかわいらしい。
「汝は阿呆か! そんな訊き方があるか! 失礼じゃろ! ボケェが!」
伊織のあまりの常識の無い問いに、同じ程度には常識の無いアティラが苦言を呈した。
「だって、もう既に失礼なことしまっくてるし、いまさら体裁を整える意味ってないと思いません?」
完全にぶっちゃけすぎであった。
それを言ったらおしまい。あとは戦争であるが、伊織は迂闊な人間なのでつい口にしてしまうのである。つまり、無意識に敵を増やすタイプであった。
「汝は駄目元という言葉を知るべきじゃ!」
本人がいる前で駄目元と言ってしまうアティラも中々に駄目であるが、取り繕う気があるだけ伊織よりはマシであった。
「えー、そう言う往生際の悪い真似って好きじゃないです」
「昔の偉人が『諦めたらそこで試合終了ですよ』という名言を残したと死んだホモが言っておったぞ?」
名言には違いないが、残念ながらそれは偉人の名言では無く漫画の名言である。
「そのセリフ私も知っていますけど、後ろ向きの努力に使う言葉じゃないと思いますよ。あと、関係ないけど体育会系は死すべし!」
バスケットボール漫画により高校時代のトラウマを刺激された文系の伊織が体育会系へのルサンチマンを炸裂させた。
「ふふっ、だいぶ話が脱線してきましたね。ところで私の正体はもう良いのですか?」
メイド少女は自分そっちのけで漫才じみた言い争いをする伊織とアティラを見て顔を綻ばしつつ、やんわりと話題回帰を促した。
「あああ、アティを言い負かすのに必死になって忘れてた! 結局、あなたは誰なんですか!?(二度目)」
「そ、そうじゃった! 汝は誰じゃ!?(二度目)」
同じ言葉を繰り返す駄巫女と駄女神。鳥頭にも程があった。
「あまり勿体ぶるのもよくないですよね。私は……」
「「私は?」」
伊織とアティラは声を揃えて前のめり。メイド少女は軽くはにかんで言った。
「アティラ様、伊織様。六つ足熊のゴロハチです。今日から人になりました」
メイド少女が言うには六つ足熊のゴロハチであった。するとそれを聞いた伊織は、
「そう言う冗談はもういいですから、本当の事を言って下さい。誰の命令で派遣されたんですか、美人局さん!」
「あら?」
まるで信じていないご様子だった。しかも、勝手に美人局に認定する始末である。
「そうじゃ! 汝のような女の子がゴロハチの訳が無かろう! 大体、ゴロハチはオスじゃ無かったか?」
「あらら?」
伊織と同じくアティラもメイド少女がゴロハチであることを否定した。しかもゴロハチが自称する性別すらも否定だ。
「えっ!? ゴロハチってやっぱりオスだったんですか!? まあ、名前からしてオスだし、あの堅い胸筋も持つゴロハチがメスって時点で怪しいと思っていたんです!」
「あららら?」
ゴロハチにメスだと聞いていた伊織が、メイド少女の豊満な胸を眇め見ながらアティラの言に同調した。
伊織としては堅くごつい胸筋を持つゴロハチがメスだということに疑念を持っていたのだ。
「じゃろう!? あんな堅い胸のゴロハチがメスの訳が無いのじゃwww」
無いチチロリBBAあてらちゃんが己の胸を棚に上げ、バンバンと食卓を叩きあざ笑いながらゴロハチの乳を揶揄した。
「ですよね、ですよねーwww」
仲良く笑い合う伊織とアティラ。全く。お互いクズの似たもの同士だった。
「……うーん、これは困りましたねぇ。どうしたら信じて貰えるのでしょうか……」
一方、己がゴロハチだと信じて貰えない自称ゴロハチのメイド少女は、クズ二人を怒ることも無く少し困った表情を浮かべ考え込む。
そんなメイド少女を見て伊織は小声でアティラに耳打ちをした。
「アティ、彼奴めまだゴロハチのままで通す予定のようですよ? どうにかしてゴロハチじゃないという証明は出来ないんですか?」
「ふむ。あれの魂を見れば一目瞭然じゃのう。ゴロハチの魂なら妾も記憶しておるから、偽っておれば一発でわかるぞ。ちょいと面倒じゃがのう」
「じゃあ、引導を渡してあげましょうよ! 怖いお兄さんはどうやらいないようだし、嘘を看破してその弱みに付け込めばあのおっぱいを好き放題……ふふふ」
伊織がゲスな思考をしだした。メイド少女のおっぱいに抱かれる未来を夢想したのだ。
「確かに揉みごたえがありそうな胸じゃが……汝も悪よのうwww」
「いえいえ、世界樹様ほどではございませんよw」
「「わはははははははっ!!」」
それまで小声だったのに突然、大声で笑う悪代官丸出しのアティラと悪徳商人伊織だった。
そんな二人の高笑いを聞いて一人悩んでいたメイド少女は何事かと目を丸くした。
「のう、汝! 魂を視てゴロハチかどうか判断してやる! ちこうよれ!」
「えっ? はい? あら?」
アティラは尊大な態度で言い放つとメイド少女を強引に引き寄せ、そしてその豊満な胸に顔を沈めた。
突然の事で理解が出来ていないメイド少女は胸に顔を埋められ一瞬驚いた様子だったが、すぐに慈しむようにアティラを柔らかく抱きしめた。
「汝の胸から魂を視ておるので待っておるのじゃぞ!」
「はい。アティラ様……んっ」
調子に乗ってぐりぐりと顔を押しつけるアティラ。メイド少女は小さく吐息を漏らした。
なお、別に魂を見るのに胸に顔を埋める必要は無いのだが、役得とばかりに堪能するアティラだった。
(ちっ、アティのやつ上手くやりやがって!)
その一部始終を見ていた伊織は小さく舌打ちをした。
我こそがあの豊満な胸に一番乗りする予定だったのにアティラに先を越されたのが悔しかったのだ。
(まあいい。寝るときは自分があの胸を独占だ!)
取らぬ狸の皮算用とでも言うのだろうか。伊織が心の中で虚勢を張った。
「はわわわわわ……駄巫女の尾とはまた別の味わいがあってすばらしいぃぃぃのぉぉぉ!!」
伊織が悶々としている中、アティラはさらに調子に乗ってメイド少女の胸を蹂躙しだした。
「アティラ様……んっ……やっ……ちょっ……駄目ですよ……」
メイド少女は甘い吐息を漏らしながら言葉で制止するが、そんなことでアティラが止まるはずも無かった。
「よいではないか! よいではないか!!」
「これ以上は困ります……」
「はい、しゅーりょー!!」
見るに見かねた伊織がメイド少女から悪代官アティラを引き離しポイ捨てした。
何となくメイド少女を寝取られた気分になったのだ。解放されたメイド少女はほうっと熱い息を吐く。
「おおう! 貴様、何をする!」
「お楽しみのところ邪魔してすいませんねぇ。ところで魂は確認できたんですか?」
「ん? 魂?」
建前を失念するアティラ。己の欲望に足を突っ込みすぎであった。
「アティラ様は彼女の魂を視るために抱きついたんですよねぇ……違うんですかぁ?」
伊織は見下したようなねっとりとした口調で問うた。
「おっ! も、もちろんだとも!」
「で、結果は?」
「んむ。ちょっとまっておれ。いま思い出す……」
アティラは目を瞑り額に指を立てて、むむむと記憶を探るような仕草を取った。そしてまもなく答えが出たのかぱちりと開眼。メイド少女をじっと見た。
どきどきしながら息を呑むメイド少女。伊織は答えが待ちきれないのか、急かすようにアティラに回答を迫る。
「アティ、どうでした? やっぱり美人局?」
アティラはどうしようもない伊織を完全に無視しつつ、ばつが悪そうにメイド少女に言った。
「疑ってすまんかった。汝、ゴロハチじゃのう。魂の形が全く同じだったわ」
アティラにしては珍しく非を認め、頭を下げた。
「ほ。わかって貰えて良かったです……」
メイド少女もといゴロハチはほっと胸をなで下ろし、安堵の表情を浮かべた。
「ええええええ!? これがゴロハチですか!? 熊の要素何一つねぇんですけえど!」
「伊織様、ほら髪留めが熊を模しています」
ゴロハチはくるりと身を翻し後ろを向くと、後ろ髪を留めている熊の意匠がついたバンスクリップを見せた。
「アクセサリーだけじゃねえか! ふざけんな!」
怒髪天を突く伊織。器が小さいおと……女だった。
「これだけでは駄目でしょうか……」
ゴロハチ悲しそうに瞳を伏せた。伊織に否定されたのが悲しかったのだ。
「はー、言うに事欠いて逆ギレとは小さい! 小さすぎるな、汝は! これが妾の唯一の巫女と思うと悲しくなるわい!」
「ぐっ!」
先に謝罪という禊ぎを済ませたアティラがさも失望したという態度を取った。
伊織は己の失点に気がつき言葉を詰まらせた。
実のところ器の小ささではアティラも大差無いが、ここはアティラが一枚上だった。
「伊織様はこの姿の私はお嫌いでしょうか……」
ゴロハチはしょぼんと気落ちした様子で呟いた。
そんな儚い雰囲気のゴロハチを見た伊織は、ぐぐぐと言葉を詰まらせたかと思うと、急に四つん這いになって思いの丈を吐き出した。
「ううう! ちっくしょう! ぶっちゃけ凄い好みですけど、散々怪しい女だの美人局だのと言った手前、引っ込みが付かなかっただけなんです! 疑ってすいませんでしたぁ!」
伊織、四つん這いからの土下座。敗北宣言だった。
「この姿、好み……ですか?」
「ええ、どストライクです! 私もその大きなおっぱいで抱きしめて欲しいですっ!」
「あら、あらあらあら……」
伊織は土下座のまま顔を上げてゴロハチを仰ぎ見た。するとゴロハチは頬に手を添え、顔を真っ赤にさせながらいやいやと首を振り出した。
好意を寄せている伊織に「凄く好み。どストライク」と言われて舞い上がってしまったのだ。
「あ、あのー? ゴロハチ?」
だが勘の悪い伊織である。ゴロハチがどうしていきなり照れだしたのかわからず、疑問符を頭に浮かべ首を傾げた。
「どうしましょう……どうしましょう……」
「うん、どうしましょうね……」
照れるゴロハチ。困る伊織。
「……ふん! このスケコマシの駄巫女が! 妾というものがありながらゴロハチに色目を使いおって!」
アティラが毒付いた。ゴロハチが伊織に首ったけなのが気に入らないのだ。伊織はあくまで自分だけのものという意識がアティラにはあったのだ。
だが、ゴロハチを責めるわけにも行かないので、伊織に毒付いたのだ。
「なんでぇ!?」
実はモテモテの伊織だったが、それを理解するにはまだ時間が必要のようであった。
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‐幕間‐
「で、結局なんでゴロハチはお座りプレイをしていたんですか?」
「熊だったときの癖でつい……」
「高度な羞恥プレイじゃなかったのか……」
「はぅ?」
「いえっ! 何でも無いです!」




