その36 お狐様、策士策に溺れるを地で行く!
「……お……いお……おい、伊織大丈夫か?」
地面に寝かせられていた伊織は、いつのまにか復活していた阿武隈に頬をぺちぺちと叩かれていた。
「……ぅ……まだねむ……はっ! 私は一体……!?」
目を覚ました伊織はがばりと身を起こし、混乱した様子で辺りを見回した。すると伊織の側でゴロハチが先ほどよりもさらに身を縮こませ、申し訳なさそうに伊織を見つめていた。
「なんか地面から這い出したら、伊織がゴロハチに絞め落とされていた」
「あー、そういうことか」
伊織は座したまま納得したように頷いた。するとそれまで無口だったゴロハチが口を開いた。
「……弁解の言葉もありません。どんな罰も受け入れます」
すっかり気落ちしたゴロハチがごろりと仰向けになって腹を見せた。
煮るなり焼くなり好きにしていいという意思表示だ。
伊織は困ったような嬉しいような微妙な表情を浮かべた。
「ゴロハチ。我を忘れて絞め落とすことは良くないことです」
「……はい」
「……でも、」
伊織はそこで言葉を切るとゆっくりと立ち上がり、仰向けになっているゴロハチの側まで歩み寄る。そして、そっとゴロハチの大きな顔に己の小さな顔を寄せ、
「ゴロハチが慕っていてくれていたのがわかって嬉しかったです。私も大好きですよ、ゴロハチ」
一際優しげに囁き、ぺろりとゴロハチの大きな鼻を舐めた。
ゴロハチは目を見開き、一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにその顔を歓喜の色に染めた。
「伊織様……あり……がとう……ござい……ます……!」
感極まったのか、ゴロハチは言葉を詰まらせ、甘えるように伊織の顔にその大きな頭を擦りつけた。
「こら、ゴロハチってば!」
くすっぐったそうに目を細める伊織だった。
何かいい話っぽくなってしまっているが、そもそもの発端は伊織と阿武隈のくだらない諍いおよび、伊織がゴロハチのおっぱい目当てに抱きついたことである。
それをまるっと棚に上げ、いかにも私は寛容ですと主張するコスい伊織であった。しかもその優しげな表情とは裏腹に伊織の腹の中は黒かった。具体的にはこんな感じである。
――くくっ、この熊堕ちたよ! 計画通りだ! 策士伊織様にかかればこんなものだよね! まぁ、所詮は熊だし、私にかかれば赤子の手を捻るようなものだよ! 今後は精々私の駒として働いて貰おうジャマイカ!
増長する伊織。しかもダジャレ付きだ。
確かに策士(自称)伊織の策が初めて成功した瞬間ではあった。あったが、ゴロハチが伊織を慕っていたという、予想外の要素がなければ成功しなかった策でもあった。
また、計画通りなどと大層な事を言っているが、その肝心の中身と言えば『なんやかんやマウントをとって優位に立つ!』レベルの具体性が皆無の計画でしかなかった。
しかも優位に立った後の事など当然何も考えていないという計画性の無さであった。
だが終わりよければ全てよしを地で行く伊織に隙など無かった。強い奴が勝つのでは無い。勝った奴が強いのだ! と。
そんな伊織がゴロハチときゃっきゃうふふとじゃれつきながら、心の中でニヨニヨしながら勝利の美酒に酔いしれていると、ゴロハチがふいに口を開いた。
「伊織様。私はアティラ様の巫女であるあなた様にもアティラ様と同様に絶対の忠誠を誓います」
「うん! 期待しているよ、ゴロハチ」
「――ですので」
「ん? ですので?」
伊織がゴロハチの恭順の意に満足げに頷いていると、何故かゴロハチから続きの言葉が発せられた。
思わず首を傾げる伊織。そしてその内容は、
「伊織様が淑女としてアティラ様の巫女としてどこに出ても恥ずかしくないよう、今までのように甘くでは無くビシバシと調教……げふん、もとい教育をしていきますのでよろしくお願いいたします」
伊織に厳しい物だった。しかも伊織をじっと見るゴロハチの目はマジだった。本気で調教するつもりの目であった。
「ちょっ、いま調教って言った!? 言ったよね!?」
「教育とは調教の一つと言えるのではないでしょうか」
「開き直ったぞ、この熊! どう考えたら教育と調教が=で結ばれるんだよ!」
「だってそうでもしないと、伊織様が立派な淑女な巫女になれないですもん……。私のご主人様には誰にも負けて欲しくないのです……だから調教」
「こぉん! 駄目な方向の愛情だコレ!」
「私も身を粉にして尽くしますので共に頑張りましょうね、伊織様」
「重い、重すぎる! 物理的にも心理的にも重すぎるよ!」
「あ、私たちの邪魔をする者がいたら言って下さい。全て捻り潰しますから」
「完全にヤンデレじゃねーか!」
「ふふふ、大好きです。あ・な・た・様♪」
「何でこうなったーーーーーーーーーーーーーーーー!」
深い愛情と忠誠心も善し悪しだなと思う伊織だった。




