その34 お狐様、おおいに呆れる!
「話は大体分かったけど結局、寛はなんでファンタジニアから世界樹に逃げてきたの? 例のジュンニャンとか云う神官とこの大森海に逃避した理由が見当たらないんだけど……」
伊織が当初の疑問を口にした。
長々と開戦の理由を聞いたのはよいが、肝心の逃避の理由がさっぱりとわからなかったからだ。
すると阿武隈はあっさりとした口調で言った。
「獣人の国に攻め入る前の日にな、しばらく会えないからと朝からジュンニャンとニャンニャンしていたんだ。そうしたら急用があってやって来た宰相と文官たちに見つかった。で、大問題になってジュンニャンと共に異端審判にかけられた。ファンタジニア的に男×男は神の教えに背く大罪だったらしい」
「寛。アホでしょ? 大体、なんで人が家に来たくらいで見つかるの?」
「玄関でやってたらドアを開けられた。それで見られた……くっ」
「寛。アホでしょ? せめてカギぐらいは掛けてやりなよ」
そもそも玄関で男とハッスルしてんじゃねーよと言いたいところであるが、それを言っても恐らく始まらないため、せめてもの忠告をする伊織。
「あぁ! カギを掛けたらスリルを味わえないだろ!」
「失敗したら元も子もないじゃん! 現に失敗してんじゃん!」
「だが、それがいい!」
スリルを求める男、阿武隈寛であった。そして、ご覧の有様である。
伊織は呆れたように溜息をついた。そして物言いたげな視線をゴロハチに送った。
「ゴロハチー! お宅のご主人の脳味噌腐ってるんだけど、どうにかして?(本日二回目)」
「伊織様。申し訳ございません。アレはもう手遅れです。手遅れなんですよ!(逆ギレ)」
「そっかー。じゃあ仕方ないね」
投げやり気味に言葉を交わす二人であった。それほどまでに阿武隈がどうしようも無かったのだから仕方ない。
「異端審判で有罪となった俺とジュンニャンは投獄され、具体的な沙汰を待った。牢獄は何故か個別だった」
「何故か……って、おんなじ所に入れたらどう考えても励むでしょ?」
「失礼な! 俺だってそこまで盛ってはいない! ただ、気持ちが溢れ出すことはあるかも知れん!」
「それ、励む気満々だよね。ヤる気120%じゃん」
下半身は別の生き物を地で行く阿武隈であった。
「ともかく! 数日して沙汰が下った。俺は厳重注意のみだったが、ジュンニャンが死罪となったんだ。当然、俺は抗議した。なんでアイツだけ死罪なんだってな。すると、宰相はこう言いやがったんだ」
「何て言ったの?」
「それはな」
「それは?」
伊織がごくりと息を呑む。阿武隈は射貫くような視線を伊織に向けた。
「『玄関では流石に無い。人目に触れずに隠れてしていれば私だって黙認くらいはした。あなたせいでジュンニャンは死ななければならないのです!』だ! 俺はキレたね。だからこう言ってやったんだ。『ふざけんじゃねえ! 俺はゲイであってホモじゃねぇ! それにスリルを求めないような男に勇者と大賢者が務まるか、馬鹿野郎!』ってな!」
そう言い切った後に、いかにも『俺、今いいことを言った!』と言わんばかりににドヤッとしたり顔を決める阿武隈であった。
だが伊織は、
「はい、ギルティー。とりあえず馬鹿野郎な寛は早く死んだ方が良いね。あ、もう死んでるか」
一刀両断。吐き捨てた。
「馬鹿は死ななきゃ直らないと言いますが、残念ながら死んでも直らないようですね」
伊織に同調するようにゴロハチも追撃だ。
「あれぇぇ!? 何でこうなるんだ!? 俺、間違って無く無く無い?」
「はいはい、その話はもういいから続きを話してよ」
「フィロウシー様、しつこい男は嫌われますよ」
伊織とゴロハチはうざったそうに言った。事実、ウザいのだから仕方ない。
「……おかしいな。こんなはずでは……」
そんな二人の態度と言葉に納得がいかない阿武隈だったが、冷たい反応を返され渋々続きを話し始めた。
「俺は牢獄から解放され、しばらく自宅謹慎をくらった。また、俺が使えないことになったから獣人への侵攻も中止になった。そして、ジュンニャンが処刑される日が来た」
「なるほどー、それで寛は処刑現場に乱入してジュンニャンを助け出し、大森海に逃げてきたんだよね! 勇者で大賢者らしく!」
今度こそこの予想で間違いないだろうと伊織がずばり指摘した。だが、
「は? 違うが? 何を言っているんだお前は? 漫画じゃあるまいし」
阿武隈に冷たく否定される伊織だった。
「なんでや! どう考えても颯爽と助け出す展開じゃん! それでも勇者で大賢者なの!?」
「勇者で大賢者だからこそ、理性的でスマートな対応が求められるだろう」
「玄関でヤって見られた奴の言う台詞じゃないよねー」
「だから俺は事実認定や進め方に庇護があったとして、判決を取り消すよう国王と教皇に申し出たのだ」
伊織の尤もな指摘をガン無視し、話を続ける阿武隈。
「えー? だって現行犯でしょ? 言い逃れ無理臭くない?」
「ああ。普通ならな。だから申し出るときにこちらの立場を理解してもらえるよう、二人に関係するある事柄を御注進したんだ。すると、理由は不明だが、裁判結果は取り消せないけど国王が恩赦を出し、教皇がそれを追認することになった。それでジュンニャンは晴れて自由の身となった。見たまえ! これこそたった一つの冴えたやりかたとは思わんかね、少年!」
「思わないよ! ただの強請りじゃん! それから急にどこぞの大佐みたい口調で言うな!」
「強請り? おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれよ。俺はあくまで二人の為を思って御注進したにすぎん! なあ、ゴロハチ。お前もそう思うだろう?」
「申し訳ございません。私には判断しかねます」
「あっれぇぇ、ゴロハチぃぃ……」
したり顔で同意を求めた阿武隈だったが、ゴロハチは否定的なニュアンスを込めつつ言葉を濁した。
倫理的にはともかく内容的には同意しても良かったが、それをすると阿武隈がさらに調子に乗り話しが進まなくなるため、あえて水を差すことにしたのだ。
だが、伊織にそんなゴロハチの気遣いが分かるはずも無く、長年の恨みを晴らさんと云わんばかりに煽りに入った。
阿武隈が伊織の予想や想像を裏切るような事ばかり言うので鬱憤が溜まっていたのだ。
まあ、これは勘の悪い伊織にも多少の原因はあるのだが、それを省みる伊織では無い。
「やーい、飼い犬……いや飼い熊に手を噛まれてやんの! これだからホモは困るんだよ!」
「なんだと! ホモは今関係ないだろ! 大体、俺はホモじゃねえ! ゲイだ!」
「うっさい! どっちも同じだよ! ノンケだって喰っちまうくせに良く言うよ!」
「喰うんじゃねえ! 喰わせるんだよ! バリネコ舐めんな!」
「喰うんじゃねえ! 喰わせるんだよ!(キリ) って、ばーか! 反論になってねーよだよ!」
「なんだと!」
「なにおう!」
売り言葉に買い言葉。なんとも醜い言い争いであった。
そうして、狐耳と狐尾をピンと立てたお狐様な伊織と魂だけのクリスタルボーイ阿武隈がぐぬぬと睨み合っていると、ふいに六つ足熊のゴロハチが口を開いた。
「フィロウシー様、伊織様。少々よろしいでしょうか?」
「あん? このバカを相手するのに忙しいから後にしろ!」
「そうだよ! 関係ないゴロハチは黙ってて!」
だが、まるで相手にしない伊織と阿武隈。
さあ、これから第二ラウンドの始まりだと二人が口を開きかけた瞬間、まるで近くに雷が落ちたような音と振動が伊織と阿武隈を襲った。
そしてその振動で仲良く吹っ飛ばされる二人。
「あわわ! なっ、何事!?」
数メートルほど吹き飛ばされた伊織が目を白黒させて辺りを見回した。
「……あ、あれ? 俺、霊体だったよな? なんで物理的な振動で吹っ飛ばされたんだ……?」
一方、阿武隈は顔を青くさせ、首を傾げながら伊織の数メートル上空をふわふわと漂っていた。
「どうでしょう。目が覚めましたでしょうか?」
ゴロハチは地面に深々と刺さった拳を引き抜きながら、優しい声色で言った。
音と振動の原因はゴロハチの振り下ろしが原因だった。
「ゴロハチ! 急に何するデスかー!」
「お前、霊体を物理でぶっとばすとかどうやった!?」
何故かカタコト風味で抗議する伊織と狼狽する阿武隈。
「振り下ろしから発生する振動に高濃度で特殊に変化させたマナを込めれば霊体のマナに干渉できて吹き飛ばせます。それよりも、」
ゴロハチはそこで一旦言葉を切ると、二人をじろりと見回し、一拍おいてから再度口を開いた。
「フィロウシー様。あなた様は伊織様と喧嘩するために現世に顕現したのでしょうか?」
「……いや。すまん。つい熱くなってしまった」
「伊織様。すぐに相手を揶揄したり煽ったりするのは、人として、またアティラ様の巫女として正しい行動なのでしょうか?」
「こん……。正しくないです」
伊織はゴロハチに真面目に怒られてしょぼんとその大きな狐耳を垂れ下げた。阿武隈も気まずそうに目をそらした。
そんな二人を見たゴロハチは満足そうにひとつ相槌を打った。
「よろしい。では二人とも仲良く出来ますね。仲直りのしるしに二人で握手をしましょうか」
ゴロハチの提案を聞いてどうしようかともじもじしていた二人だったが、先に伊織が恥ずかしそうに視線を逸らしながら阿武隈にそっと手を差し出した。阿武隈もそっぽを向きながら、その手を取った。
なお、阿武隈の手は指先に大量のマナを込めて無理矢理の実体化である。
「寛。言い過ぎたね。ごめんなさい」
「俺こそ、些末に拘りすぎた。すまん」
二人はそう言うと頬を赤らめ照れを隠すよう視線を伏せたまま向かい合った。そして、視線を合わした瞬間、
「「でも、死ね!」」
まるで打ち合わせをしたかのように同じ言葉を同時に叫んだ。そして間髪入れずに伊織は左腕を阿武隈は右腕を繰り出す。放たれた拳が両者の頬に突き刺さった。正にクロスカウンターであった。
実は頬の赤さはただ単に先ほどの言い争いで上気したのが収まっていなかっただけであり、視線をすぐに合わさなかったのは気持ちが落ち着かない内に相手と目を合わせると怒りが再燃する可能性が高いため、ワンクッション置いたにすぎなかった。
もっとも、目を合わせた瞬間に殴り合っているあたり、ワンクッション置いた程度では結局意味が無かったようだ。
「あぅっ! や、やるね……寛!」
伊織は眉を顰めながら歯を食いしばった。
「ぐっ! お前もな、伊織!」
そして阿武隈は霊体の癖にぺっと血の混じった唾を吐きながらにやりと不敵に笑う。
そうしてしばらく互いの頬にぐりぐりと拳を押しつけ膠着する二人だったが、伊織が一足先に腕を引き抜き次の動作に移るため間合いを取った。阿武隈も遅れながら体制を整える。
そして、それぞれが次の一手を繰り出そうと拳を振り上げた。刹那。
「これでも食ら――ぎゃうっ!!」
「なんの――ぐわぁああ!!」
謎の衝撃が今度はダイレクトに二人を襲った。
「どうでしょう? 今度こそ本当に目が覚めましたでしょうか?」
ゴロハチであった。だが、当の伊織は頭の上にひよこを飛ばし朦朧状態、阿武隈は霊体なのに潰れた蛙のように地面にめり込り完全沈黙。どちらもゴロハチの言葉を聞ける状態では無かった。
ゴロハチ的には力を押さえて撫でるように拳骨を落としたつもりだったが、それでも伊織たちには過剰な力加減であったようだ。
「あら、少々やり過ぎだったかもしれませんね……」
嘆息するゴロハチであった。




