その27 お狐様、白いタマゴタケ(推定)はドクツルタケとシロタマゴテングタケだったと知る!
「ああ、美味しいうどんだった……」
きのこうどんを完食した伊織が食後にラベンダーティーを飲みながら一息ついた。
すると伊織の横で同じくラベンダーティーをちびちびと啜っていたアティラがそういえばと疑問を呈した。
「結局、うどんとやらに入っていたきのこは何というきのこだったのじゃ? 汝、知覚の加護で名を認識したじゃろ? 妾にも教えてたもるのじゃ!」
「ええー、思い出すのが面倒くさいなぁ……って、そもそも知覚の加護ってアティの能力なんだから、アティだって食べたきのこの名前くらいわかるんじゃないんですか?」
「それがそういうわけでもないのじゃ。確かにこの体はマナと妾の一部である世界樹の小枝を元に構成しておるが、体の造りは人間とほぼ同じなのじゃよ。実はあれこれと加護を付けたり能力を増したり異能を付けるとそれだけ燃費が悪くなり体を維持するためのマナが多くなってしまうのじゃ。しかも、マナが足りなくなると顕現を維持できなくなり小枝に戻ってしまうのじゃ。だからマナの消費が多い加護や身体能力強化、異能についてはデフォルトの治癒の加護と魔術の才を除いては、それこそ『人』並みにしか付けておらんというわけじゃ。なお、この体がマナを得る方法としては、食物を食べ得る方法と本体である世界樹から供給を受ける方法があるが、後者は世界樹とふれ合っていなければならず、また妾の本体である世界樹に影響が出ないようゆっくりと時間をかける必要があるため、今はもっぱら食べることで得られるマナで体を維持しておるという寸法じゃ。わかったかえ?」
「……えーと? つまりまとめるとアティはすぐにお腹がすくから知覚の加護を使えないと言うことですね!」
伊織は話が三行以上になると脳が拒否反応を示すため、内容を単純化して理解するのだ。
なお、理解が難しい事柄は例え重要な情報であっても当然ばっさり。単純化で簡単理解であるが何も問題は無い。
「……まあ。簡単に言えばそうじゃな」
アティラは若干微妙な表情を浮かべたが首肯した。
ここで文句を付けたところで伊織の理解力が向上するわけでないことを悟ったのだ。
「それじゃあ、今から食べた白いきのこの名前を思い出しますんでちょっと待って下さいね」
伊織は「んー?」と視線を上に向け、記憶を探るように頭を働かせた。すると直ぐに白いきのこの名が脳内を巡った。
そして、その名とは――
「白いきのこは二種類あってドクツルタケとシロタマゴテングタケです。あ、やっぱりタマゴタケの仲間だったかー」
慌てるわけでもなくあっさりと言う伊織。
「なるほど。後者はともかく、前者は間違いなく毒きのこであろうな」
伊織の言葉を聞いたアティラが冷静に分析だ。なお、実のところ後者も毒きのこである。
「……うーむ。そのようですね。まあ、でも今のところ特に中毒の症状も出ていないし、たいしたことない毒だったんですよ」
事の重大さを全く理解していない伊織が楽観的な判断を下した。
そもそもきのこの毒のその多くは遅効性なので食べて直ぐに症状など出ないのだが、伊織がそんなことをいちいち覚えている訳がなかった。
事実、今回食べたドクツルタケとシロタマゴテングタケの主要な毒成分も遅効性である。
「そうなのかのう? どれ、どんな毒が入っていたのか教えるのじゃ」
「ええと……ドクツルタケもシロタマゴテングタケが環状ペプチトのアマトキシンが主要な毒性分らしいです。症状としては、食後数時間から二四時間程度後にコレラのような激しい下痢や嘔吐、腹痛を引き起こし、一度寛解した後に腎および肝機能障害を引き起こし劇症肝炎の様な症状を引き起こす……らしいです」
伊織は頭に浮かんだ症状を辿々しく読んだ。だが、専門的な言葉ばかりで理解が追いつかないご様子だ。
「……うむ。わかったが、よくわからんな」
その説明を訊いたアティラも同様だった。二人ともおつむの程度は似たようなものらしい。
「結局、どのくらいの毒なのじゃ?」
「もう少しかみ砕いた内容を知覚してみますね。ええと、毒の強さは――コンッ!!」
伊織は毒の内容をわかりやすく知覚したかと思うと急に驚きの声をあげた。
「おい、急にどうしたのじゃ!?」
アティラの問い掛けに伊織は顔を真っ青にして振り向くと、声を震わせながら答えた。
「あ、あのですね、ドクツルタケ・シロタマゴテングタケ共に概ね一本で致死量。解毒薬は存在しない。六時間後に死ぬほど苦しい嘔吐や腹痛といった初期症状発生。一旦快復するが四十八時間後に再度症状悪化。七十二時間後に肝臓がスポンジ状になって血反吐を吐き散らしながら苦しみ尽くして死ぬみたいなんですけど……」
「なんだと! 貴様、妾に何食わせとるんじゃ!」
アティラは大変に憤慨して伊織に詰め寄った。
そりゃそうである。出されたきのこが猛毒きのこだとわかって怒らない者など普通は居ない。しかも死の宣告付きだ。
なお、症状には個人差があり、伊織が知覚したのは己にこれから起きる予定の症状である。
「だって縦に裂けるし大丈夫だと思ったんですもん!」
伊織は慌てて雑な言い訳をするが、それが通じる状況ではない。そもそも『縦に裂けるきのこは食べられる』という判定方法自体が迷信である。毒があろうが無かろうが多くのきのこは縦に裂けるものなのだ。
「馬鹿めが!! 思ったで済む訳がないじゃろうが! どうするつもりじゃ!!」
「でもでも治癒の加護があるから、死に対しては平気deathよねっ!」
「上手いことを言ったつもりか! 回復するまで苦しむじゃろうが!」
「そうだ! ここで毒無効の加護の出番ですよ、アティ!」
悪びれない伊織が閃いた!と言わんばかりに柏手を打った。
「毒無効の加護か!? 忘れておったわい! どれ、毒無効の加護じゃ!」
するとアティラは、なるほどその発想はなかったと頷き、自身に加護を付加した。
「じゃあ、私にも早速その毒無効の加護をお願いします!」
「ううむ。妾だけ加護付加と言う訳にはいかんし……仕方ない、特別に加護をくれてやるのじゃ」
アティラしぶしぶながら伊織のお願いを承諾した。
安易に加護を与えたくはないが、猛毒を回避する解決方法を思いついた伊織を放っておいて自分の体だけ毒無効の加護を付加する事に気が咎めたのだ。
まあ、猛毒きのこをアティラに食わせるという失態を犯したのは伊織であるのだから、反省させる意味も込めて放置する手も有りなのだが、そこまで鬼にはなれないアティラだった。
「わーい! アティ大好きです!」
一方、伊織は笑顔でアティラに抱きついた。そして腹の中ではしめしめとほくそ笑んでいた。
己の失態を上手く利用し、散々ゴネても貰えなかった毒無効の加護を労せずともゲット出来てほくほくだったのだ。
毒きのこをアティラに盛ったのは偶然だったが、我ながら策士と自画自賛する伊織だった。
これでどんなきのこでも毒に悩まず食い放題である。うきうきせずにはいられない。
「では加護を与えるので目を瞑るのじゃ」
「はいっ!」
アティラに言われるがまま伊織は目を瞑った。すると、間もなく伊織の小さな唇にアティラの唇が優しく重なった。
「……っん」
伊織が内心で歓喜の雄叫びを上げる中、アティラの花唇がゆっくりと離れていく。
「よし。これで加護の儀式は終わ――おや?」
アティラはそう言いかけて首を傾げた。
「どうしました?」
「んむ。汝に加護が付加されておらん」
「ええ!? どうしてです!?」
「おかしいのう、手順に誤りなぞ無かったはずだが……あっ!」
原因をあれこれ考えていたアティラだったが、思い当たる節があったのか気まずそうな声をあげた。
「え? なんです? 原因がわかったんですか?」
「……そうさのう。わかったと言えばわかったな」
「なんなんです? 勿体ぶらないで教えて下さい!」
「いやなに。たいした理由ではないのじゃ」
「たいした理由じゃないなら言えますよね! さあ、言え! 早く言え!」
理由を言うのを躊躇うアティラに伊織はくってかかった。
無理もない。毒無効の加護が与えられ無ければ待っている未来は、『加護があるから死にはしないが死ぬほど苦しい毒きのこ中毒』だからだ。それに今後のきのこ生活にも差し支えるので尚更だ。
早く早くと急かす伊織にアティラも観念したのか、渋々口を開いた。
「怒るでないぞ。実はな、自分に加護を付加したらな、思いの外マナの消費が多くての。汝に加護を与えるために必要なマナが足りなくなったのじゃ」
「あー、なるほど。そんなことでしたか。じゃあ、早くマナを補充して下さい」
「それなんじゃがな。加護を与える為に必要なマナを世界樹から引き出すのにちょいと時間がかかるんじゃ」
「そうなんですか。どれくらいです? 一時間くらいですか?」
「一週間、つまり七日ほどじゃな」
アティラがしれっと言った。
「え」
固まる伊織。頭がアティラの言葉を理解するのを拒否ったのだ。
「七日じゃ」
だが、現実は無情である。アティラはトドメを刺すように念を押した。
「こぉぉぉぉん! 七日って今回の中毒に間に合わないじゃん! 何が七日だ! 巫山戯るな! 根性でどうにかして下さい!!」
伊織はアティラの肩をがしっと掴むと必死の形相で激しく揺すった。
「あばばばばば! 無理なものは無理じゃ! 無い袖は振れぬのじゃ!」
「無理とか無い袖とかはどうでも良いんです! やるんです! だからさあ、早く早く!」
「無茶言うな! おぉっとそういえば妾は今、マナ不足だから小枝に戻ってしまうのじゃー(棒)」
アティラは会話をぶった切るように態とらしく言うと、そのままぽんと小枝に戻ってしまった。そして、手の中に残された枝を唖然と見つめる伊織。
無理もない。それは明らかに逃走であったからだ。
そうして伊織はしばらく小枝を見つめていたが、徐々に理解が追いついてきたらしく、顔をみるみるうちに紅潮させる。そして、小枝を全力で放り投げたかと思うと脱兎の勢いで世界樹の壁に駆け寄り、狂ったように壁を叩いた。
「アティアティアティ!! ふざけんな! 出てこい出てこいっ出てこいぃぃぃぃ!」
だが、アティラが再び顕現することはなく、いつまでも伊織の悲痛な叫びが世界樹に響いていた。




