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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その25 お狐様、ヒトヨタケを食って中(あた)る!

「アティ、ご飯が出来ましたよー」


 伊織は汁物が入った鍋を居間の年輪テーブル中央に乗せ、副菜やご飯を丁寧に並べながら、寝室でごろごろしていたアティラを呼んだ。

 アティラは寝室の丸い出入り口から顔をにゅっと出し顔を綻ばせた。


「おおっ! 待ち望んだぞ! 今宵の夕餉は何じゃ?」


 アティラは寝室の出入り口からするりと出るとテーブルまで駆け寄り、期待に満ちた顔を伊織に向けた。


「採ってきたきのことゴロハチに貰ったお野菜とボアのお肉があったので、きのことほうれんそうのソテーと、お野菜たっぷりのボア汁(味噌仕立て・豚汁風)です。あ、あと白いご飯と晩酌用に燗をしたお酒もありますよ」

「ふむ! どちらの料理も中々に美味そうじゃのう! ところでこのソテーされたきのこは何というきのこなのじゃ? 見た感じ2種類あるが?」


 アティラはきのこのソテーの香りに鼻をひくひくさせながら伊織に訊いた。


「えーと、灰色の小さい方のきのこのがヒトヨタケで、白っぽくて大きい方がササクレヒトヨタケですよ。しゃきしゃきとした食感が楽しいですよー♪ ちなみにどちらのきのこも一晩で傘が溶けてしまう性質があるため長持ちがしなかったりします。そもそも何故一晩で傘が溶けるかというと――」


 伊織は指をくるくるさせ、したり顔で長々と解説しだした。


「んむ。まあ旨ければ何でもよい! 早速夕餉としゃれこもうじゃないか!」


 だが、アティラとしてはきのこの名前と美味いかどうかさえわかれば良いので、伊織の言葉を遮るように言葉を被せた。


「むう……まあいいです。じゃあ、ご飯にしましょうか」


 伊織は話の腰を折られてちょっと不満そうに口を尖らせたが、すぐに気を取り直した。


「そっちの汁も食欲をそそるのう! はよよそってたもれ! はりーはりーじゃ!」

「はいはい。そんなにがっつかなくても料理は逃げませんよ」


 伊織はボア汁を椀に装い、アティラの前に置いた。アティラはうむと満足げに頷くと、早速それを口の中に掻っ込んだ。


「うむ! うむ!! うむ!!!! うーまーいーぞー!! 米とボア汁の相性は抜群じゃのう!!」


 アティラはご飯とボア汁を交互に食べながら満面の笑みを浮かべた。それだけ伊織の料理が美味かったのだ。


「ふふ、良かったです♪」


 そんなアティラの幸せそうな顔を確認し、伊織もボア汁を口に含んだ。そしてカッと開眼した。


「うっは! ボアから出る油と出汁が美味すぎるよ! 豚肉みたいな食感かと思ったら予想以上に弾力とうま味があって、こりゃあ好きな人にはたまらん味ですなぁ~!」


 何故か途中から怪しいグルメリポーター口調になる伊織。


「はわわ~~。美味しくて幸せ~~。あぁ、生きてて良かった……」


 伊織は椀を両手で持ち、ボア汁を啜りながら心底幸せそうに微笑んだ。ついでにふかふかの尾がぱたぱたと振れた。

 それほどボア汁が美味かったのだ。転生前でもこれほどまでに美味い汁物を食べたことなどなかったのだ。

 お狐様に転生した直後は落ち込んだが、美味いご飯が食べられる異世界転生も悪くないと思う伊織だった。

 全く。美味しいお肉を獲ってきたゴロハチには感謝しかない。


「うむ! きのこのソテーも小気味良い歯ごたえで美味いのう! 汝、大きな口を叩くだけはあるな!」


 ボア汁を一気にかっくらったアティラが勢いそのままに、ヒトヨタケ&ササクレヒトヨタケとほうれんそうのソテーを口に流し込んだ。


「わー。相変わらず底無しの食欲……。その小さい体のどこに入っているんですか?」


 伊織はアティラのその姿に見合わない豪快な食べ方に軽くヒキながら訊いた。

 すると、アティラはきょとんとした表情を浮かべた。そんなことを考えたことがなかったからだ。


「そうさのう。原理は忘れたが体内でマナに変換されておるはずじゃ」


 アティラは少し考えた後、首を傾げながら答えた。詳しいことは忘れてしまったらしい。


「そもそも人じゃないし、気にするだけ無駄なのかも……」

「ええい! 細かいことは良いのじゃ! それよりもおかわりを寄越すのじゃ! 良いか、大盛りじゃぞ!?」


 見た目、欠食幼女のアティラ様は空になった皿やお椀を突き出し、おかわりをご所望だ。

 伊織ははいはいと慣れた手つきでご飯や汁を盛り、手渡した。


「うむ! 重畳じゃ!」


 アティラはそれを受け取ると、また勢いよく口の中に掻っ込んだ。そして咀嚼しながら、旨いのうと蕩けた笑みを浮かべた。


「ほら、アティ。ほっぺにお弁当が付いていますよ。あわてんぼうさんなんですから」

「おお、すまんのう。妾としたことが少々はしたなかったのう」


 伊織はアティラの頬に付いていた米粒を取り、ぱくりと口に含み柔らかく微笑んだ。

 アティラの姿が幼かった頃の妹と重なって見えたのだ。

 そんなノスタルジーに浸りながらヒトヨタケのソテーを一つつまんだ。


「む!」


 伊織はヒトヨタケを口に入れた瞬間、急にしかめっ面を浮かべた。


「どうしたのじゃ? 何かあったか?」

「これはっ!」

「これは?」

「うう゛ゃあぁぁぁぁいいじゃないですか!!」


 伊織はすくっと立ち上がり叫んだ。それほどまでにヒトヨタケが美味かったのだ。


「はじめからそういっているじゃろ? というか、そもそも作ったのは汝であろ?」

「ソテーの塩加減はほうれんそうで見たから、きのこは味見をしていなかったんです! ってか、なんでこれはこんなに美味いんですか! 私の地元の物とは比べものにならないくらい美味いんですけど!?」

「うーむ。大深海が持つ生命力の違いが味に出ているのじゃなかろうか?」

「確かにこの森の木とかやたらと成長早いし、季節感も怪しいからそうかもしれませんね。……うまっ!」


 アティラの推測に伊織はヒトヨタケとササクレヒトヨタケを摘まみながら同調した。

 また、一応走らせていた知覚の加護により『ヒトヨタケおよびササクレヒトヨタケを知覚。ヒトヨタケの主な毒性分・コプリン』という言葉が脳内に流れた。

 伊織は、へーヒトヨタケにも毒性分なんてあったんだと思いながら、それを華麗にスルーした。

 なぜなら、転生前に何回もヒトヨタケを食べたことがあったが、中毒したことなど一度も無かったからだ。

 また、食用きのこであっても、大なり小なり毒性分は含まれているということを父に聞いていたことも理由の一つだった。


「ああ、今日も美味しいご飯を食べられて幸せ……」


 うっとりと料理の味に浸る伊織だった。



――――――――――――――――――――――――――



 こうして、ボア汁(豚汁風)とヒトヨタケ&ササクレヒトヨタケとほうれんそうのソテーを完食した伊織は膨れた腹を満足げに撫でながら、そういえば熱燗を呑んでいなかったと思いだし、湯に浸かっていた徳利を取った。


「あぁ、お酒って美味しい……。アティも一献どうですか?」


 伊織は杯を傾けながら、食事を終えくつろいでいたアティラに酒を勧めた。

 なお、転生前には(飲み会などに誘われない限り)殆ど酒を呑まなかった伊織が自ら進んで酒を呑むようになったのは、昨日のアティラとの酒宴がきっかけであった。

 ここの台所にあった酒が思いの外美味く目覚めてしまったのだ。


「ふむ。酒か。いや、今日はよい。汝の美味い飯が食えたので満足じゃ。では妾は先に寝るからの。明日も美味い飯を頼むぞ」


 アティラはそう言うと、大きくあくびをして寝室に消えていった。


「はい~、おやすみなさい~♪」


 伊織は酒に酔いふわふわとした笑みでアティラを見送ると、また一人で杯を傾けた。

 こうして晩酌を開始してから約一時間。

 徳利を4本ほど空け、おかわりを持ってこようと立ち上がったときに異変が起きた。

 それまでふわふわと気持ちよく酔っていた伊織の胸が突然、激しい高鳴りをあげたのだ。


「うっ! むっ胸が! 一体何事!?」


 伊織はその小さな胸を押さえるとその場に蹲った。すると更に追い打ちをかけるようにまるで二日酔いのときの様な頭痛と吐き気が伊織を襲った。

 伊織は慌ててトイレに駆け込むと飲んだ酒と共に勢いよく夕餉のボア汁やヒトヨタケのソテーを吐き出した。


「うげー……はぁはぁ……最悪……一体、何が……あ、そうだ! 知覚の加護で体を調べてみよう!」


 伊織にしては気転がきいたアイデアだった。早速、心の中で自身の体調のことを考えると、加護が発動したのか頭の中に原因の解説が走った。


『ヒトヨタケに含まれるコプリンがアルコールの分解を阻害。体内のアセトアルデヒド値が上昇により二日酔いと同様の症状発生。現在、治癒の加護で回復中。寛解かんかいまで後3時間の見込み』


 解説の通りヒトヨタケに含まれるコプリンという成分が原因であった。

 これが伊織の父がヒトヨタケを採ってきてはしても自らは食べなかった理由だったのだ。


 実のところ、伊織も父にそのことを聞いてはいたのだ。聞いていたのだが、自分に関係が無いことは割とすぐに忘れる伊織である。そんなことを覚えているはずもなかった。


「おおっ! なんて便利な! って、ヒトヨタケが原因かい! くそー、ヒトヨタケの毒が酒に反応するものだったなんて誤算だったよ! ん? お酒を呑んでヒトヨタケを食べると当たるってどこかで聞いたような気が……まあいいや。次からは気をつけないと……って、言ってるそばから頭が割れるように痛ぃぃぃぃ!! っうぷ! おえーーーー!」


 一人ボケツッコミをかましつつ、頭痛に苦しみながらリバースを繰り返すというある意味器用な伊織だった。




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