その24 お狐様、六つ足熊に共感、そして同情する!
「おほーーっ! これがボアのお肉ですかーーっ!」
伊織は玄関前に置かれた2キロほどの肉の塊を見て歓喜した。
「ええ。血抜き、解体等、食肉への処理は終えてありますので、切り分けてお使い下さい」
「ゴロハチありがとー! 大好き!」
伊織は喜びのあまりゴロハチに抱きついた。
てっきり仕留めたままの状態なのかと思いきや、きちんと食肉に加工されていたため喜びもひとしおだったのだ。
「アティラ様の巫女である伊織様の手を煩わせる訳にはいきませんので」
口は悪いが、行動は意外と殊勝なゴロハチであった。
「ふふっ、今日はどんなご飯にしようかな♪ お野菜もあるし、汁物にしようかな。でも、炒め物も良いよね。うーん……」
「おっ! 帰ってきおったか! どうじゃ、首尾の方は?」
伊織が今晩の献立に頭を悩ませていると、その声を聞きつけたアティラがいそいそと世界樹の家から登場した。
どうやら何かご期待のご様子だが、勘の悪い伊織は首を傾げた。
「え? アティ。首尾とは?」
「とぼけるでない。脳味噌きのこはどうじゃったと訊いておる」
「あー。シャグマアミガサタケのことですね。ありませんでした」
伊織があっさりと言った。
「なんじゃと! 採ってくると約束したでは無いか!」
「アティ。きのこって天然物なんだから必ず採取出来る訳じゃないんですよ? それくらい聞き分けて下さい」
「いやじゃ! いやじゃ! 妾は脳味噌きのこが食べたいんじゃあ!」
2億4千万年とんで6歳様が地団駄を踏みながらおゴネおわせだ。
「いくらごねたってシャグマは出てきませんよ。諦めて下さい」
一方、伊織は取って付けたようなお姉さん属性を発揮し、アティラを冷静に諌めた。
昔、妹の紫織が好き嫌いを言って聞き分けなかったことを思い出し、その姿をアティラに重ねたのだ。
「それでも妾の巫女か! ゴロハチなら頼んだ物はちゃんと持ってくるのに、汝は何という体たらくじゃ! のう、ゴロハチ!」
アティラはゴロハチに同意を求めるよう視線を向けた。
ゴロハチは微かに苦笑いを浮かべつつも、その言葉に同調するよう頷いた。そしてそれを見た伊織は悟った。
ああ、ゴロハチも随分と苦労しているのだと。
「ゴロハチも色々と苦労しているんですね……」
「伊織様に言われるのは心外ですが、否定はしません」
「いつもご迷惑をおかけしてます……」
「気にしないで下さい。それが私の役目ですので」
「口は悪いけどゴロハチは謙虚で優秀なんですね……」
「口が悪いは余計ですね」
「確かに一言余計でした。自分も迂闊な発言を改めるべきですね……」
「ふふっ、己の過ちに気がつくことが大成するためには大切だとフィロウシー様も仰っておられました。だから、伊織様も将来は立派な巫女になられますよ」
「ありがとう、ゴロハチ。ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそお願いいたします、伊織様。これからは共にアティラ様を支えていきましょう」
「はい!」
伊織とゴロハチはしみじみと語り合い、意気投合した。
それはアティラという問題児を通して共感が生まれた瞬間であった。
「ぶるわぁぁ!! 妾を外して二人で勝手にわかり合うでない!」
そして一人蚊帳の外に追いやられたアティラが不満げに吼えた。
「はいはい、怒らない怒らない。シャグマアミガサタケは無かったですけど、別のきのこは採取してきたので、今日はそれで勘弁して下さい」
「む。それは美味いのか?」
「ええ。シャグマとは方向性が違いますけど、悪くないと思います。それに今日はお肉とお野菜もあるから、昨日よりも美味しいごはんになると思いますよ」
「ふむ。まあ、汝がそう言うのなら信じようではないか! では早速準備にかかるが良い!」
伊織にあっさりと言いくるめられて機嫌直すアティラ。そのチョロさでは他の追随を許さないレベルだ。
「はいはい。今から作りますから、ちょっと待っていて下さいね」
伊織は優しく微笑んだ。
単純でチョロいアティラを見て思わず保護欲をかき立てられてしまったのだ。
中身は男だが、存外と母性が強い伊織であった。




