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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その23 お狐様、ナメた六つ足熊をシメてやる!(願望)

「この森の外でボアを仕留めてきたのですよ。お肉も必要でしょうから」


 ゴロハチは前と同じように伊織を背中に乗せ、ゆっくりと歩きながら答えた。

 伊織の所までやってくるのに時間がかかったのは大森海の外まで行ってボアを狩ってきたためであったらしい。

 一方、伊織はお肉という言葉を聞いて耳をピンとそばだてた。


「お肉!? ボアってどんな生き物ですか?」

「簡単に言うと大きく丸い猪です」

「え! 猪!? 美味しそう!」


 伊織がじゅるりとよだれを垂らした。

 この世界に転生してからというもの。動物性タンパク質にはまるで縁が無かったため、久々のお肉に心が躍ったのだ。

 なお、転生前も家計の都合からお肉にありつく機会はそう多くなかったので尚更であった。


「ねえねえ、私にも食べさせてくれます?」


 伊織が色よい返事を期待して尾をぱたぱたと振った。


「ええ、もちろんです。アティラ様の巫女である伊織様のために狩ってきたものですから」

「なんと! 私のためであった! 巫女になって良かった!」


 ゴロハチの予想外な答えに諸手を挙げて喜ぶ伊織。

 腐ってもさすが神様。アティラの威光は偉大であったということであろう。


「もしかして、朝に届けてくれたお野菜も私のため?」

「ええ。私が森の片隅でやっている畑で採れたものです」

「えっ? 畑? ゴロハチが?」

「ええ。私がです」


 ゴロハチの思わぬ答えに伊織は目を丸くした。

 熊が畑で栽培など、どう考えても無理があるだろうと思ったのだ。


 ……むしろ熊なら畑を荒らす方だろう。人様の畑のデントコーンを貪っている姿がお似合いだ。まあ、こう言ってはいるが大方どこかの集落で栽培していたものを掠め取ってきたいに違いない。全く、見栄っ張りな熊だ!


 と、腹の中で嘲笑する伊織であった。


「信じていませんね。それに不遜な内心が窺えます。お仕置きをいたしましょうか?」


 そんな伊織の舐めた腹の内を感じ取ったゴロハチがあっさりと言った。


「あっさりと心の中を読まないでくださぁぁい! 思想・良心の自由はどこいった!」

「ここは北海道でも日本でも地球でもありませんから、そんなものはありません。不遜な内心=死です。死にたくなければアティラ様の巫女として精進し身の程をわきまえることです」

「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉ! 木と熊しかいないのにデストピアァァァァァァァァ! って、今、北海道とか日本とか地球って言った!? 言いましたよね!」

「はて? 空耳では?」

「そんな訳あるか! やっぱり私が日本人であったことを知っているんじゃないですかー!」


 伊織がゴロハチの背中の上で手をじたばたとさせながらと問い詰めた。

 するとゴロハチは先ほどよりも声をワンオクターブ下げて言葉を繰り返した。


「私、空耳では? と言いましたよね? 聞こえていませんでしたか?」

「はい! 私の空耳でした! ホント、すいませんでした!」


 ゴロハチの脅しにあっさりと屈した伊織は狐尾と狐耳と背筋とぴんと伸ばし、コクコクと頷いた。

 ゴロハチは声のトーンを元に戻し、満足げな表情を浮かべた。


「ふふ、わかればよろしいのですよ」

「……はぁ」


 伊織は項垂れると大きな溜息をついた。

 胸の内は不自由だし気になることは暴力を盾にはぐらかせられるからだ。

 まあ、半分以上は碌でもない事ばかり言う自分自身が悪いのだが、それがわかっていればこうも頻繁に失言を繰り返す訳が無い。


「……ま、とりあえずはいいです。それでどうしてゴロハチは熊なのに畑なんかやっているんですか?」


 伊織は気を取り直して素直な疑問をぶつけた。

 例えゴロハチに畑をやる能力があったにせよ、畑をやる理由が思いつかなかったのだ。


「……元々は私が始めたものではありません」

「そうなんですか?」

「伊織様はあなた様の前に世界樹に住んでいた方をご存じですか?」

「私の前の住人ですか……あー、100から200年くらい前に住んでいたホモカップルのことですよね! 確かアティが言っていた!」


 伊織は少し考えたら思い出したらしく、合点と手を叩いた。


「そうです。そのホモカップルのことです」

「ホモだったのは否定しないんだ……」

「そこは事実だったので仕方ありません」

「で、話の流れ的に考えるとそのホモカップルが始めた畑ということですか?」

「ご名答です。200年ほど前に大賢者フィロウシー様とその弟子であるジュンニャン様がこの森に駆け落ちた後、日々の食料を賄うためにフィロウシー様が畑を始められたのです」

「大賢者かー。だから中身が傷まず勝手に増えるとかいう反則的な瓶とかあったのかぁ……」

「ええ、私も全く出鱈目な魔術の瓶だと思います。それも存在自体がこの世界において革命と言われるくらいに優れたフィロウシー様だから実現出来た代物です。事実、私がやっている畑もフィロウシー様の特殊な結界と地場付加魔術のおかげで肥料はいらず、病気も連作障害も起きず、異常な浸食力を誇るこの森の植物の浸食も寄せ付けず、野菜の成長も早いという常識外れな状態ですね」

「想像していた人物像が崩れていく……。てっきりもっと変態チックな感じかと思っていたのに、予想以上に凄い人だった……」


 伊織は一方的な側面だけで人は判断できないものだなと反省の溜息をついた。

 ゴロハチの話を聞いているうちに、たとえその人物が伊織が嫌悪するタイプの人物だったとしても、その人物の能力を指し示す根拠にはなり得ないと知ったからだ。


 無論、それは当たり前のことなのだが、感情が入ると評価を見誤るのが人間のサガである。そのことを伊織は改めて認識した次第であった。

 そんな、無知の知を知ったような感じの伊織がうんうん一人頷いていると、ゴロハチが余計なことを口走った。


「なお、フィロウシー様がネコでジュンニャン様がタチです」

「その情報は今、必要でしたかね!?」


 本当に台無しであった。

 せっかく伊織の中でフィロウシー様とやらの評価を上方修正していた最中であったのに、その評価をぶち壊すような情報だった。

 頭では性的指向と能力は別と分かっていても、友人に(性的に)襲われた事を思い出し嫌悪感が先に立ってしまう状況に逆戻りであった。


「まるで女性のような顔立ちのジュンニャン様でしたが、攻めはドSでした。あのギャップが良いのでしょうか?」

「知りませんよ! 何故、私に訊く!?」

「伊織様ならタチの経験がありそうだと思いまして」

「無いですから! 私はノーマルですから! 野郎なんかに求愛なんてされないし、野郎なんかに発情も恋慕もしませんから!!」


 伊織、心の叫びだった。

 クリティカルにトラウマを刺激され叫ばずにはいられなかったのだ。

 一方、ゴロハチは伊織の言葉に不思議そうに首を傾げた。


「野郎なんかに……ですか? 伊織様がいらした所では女性同士の恋慕がノーマルだったのですか?」


 ゴロハチの鋭い疑問に伊織はしまったという表情を浮かべた。

 自分がまるで男であるかのような発言をしてしまったことに気が付いたのだ。


「あっ、いやっ! そんなことはないというか――それよりも、ゴロハチは結局何でホモから畑を引き継いでいるんですか!?」


 伊織は失言を誤魔化すよう、あからさまに話題転換を図った。

 すると好都合なことにゴロハチはその言葉に触発されたのか、ゆったりしたその足取りを止めて空を見上げると、何かを懐かしむようにぽつりと漏らした。


「私はフィロウシー様に命を救われた身ですから」

「……この世界にゴロハチを害するような生き物って存在するんですか?」


 伊織は素直な胸の内を吐き出した。

 この熊。しんみりと語っているが、こんな規格外生命体の命を脅かせる存在なぞこの世にいるとは伊織には到底思えなかったのだ。


 そんな失礼極まりない伊織の発言にゴロハチは一瞬ムッとした。

 だがゴロハチは賢かった。

 すぐに伊織に悪意があるわけではない。ちょっと考えが足りなくて空気読めないだけであることを悟り言葉を続けた。


「私にもか弱い時期があったのです。私がまだ小熊だった頃、森で親とはぐれた時に人間の卑劣で巧妙な罠にかかり捕獲されたのです」

「なるほど。小熊の頃にですか。その時はどれくらいの大きさだったんです?」

「全長が三メートル強、体重は約700キロです」

「おおいっ! 小熊ってサイズじゃねえじゃん! 最凶、三毛別羆事件の「袈裟懸け」どころか、それよりもデカい「北海太郎」よりもデカいじゃん! 明らかに人間の手に負える大きさじゃないじゃん! 良く捕まれたな! そんなにデカい熊を捕獲できる卑劣で巧妙な罠ってなんだよ!」 

「それは……」

「それは……?」

「私の好物であった団栗が何故か森の片隅に大量に積まれていて、卑劣にもそれに大量の睡眠薬が混入されていたのですっ!」


 よほど悔しかったのだろう。ゴロハチは苦虫を何匹も噛み潰したように顔を顰め当時を振り返った。


「極めて単純な罠キタコレ! 卑劣は百歩譲って認めるにしても、巧妙さは皆無! ってか、明らかに怪しくて単純な罠にひっかかってんじゃねーよ! どんだけ危機管理能力が低いんだよ! お菓子につられて誘拐される子供並みじゃん!」


 シャグマアミガサタケで死にかけるという子供並みの危機管理能力を発揮した伊織が盛大に突っ込んだ。


「実際、その時はまだ小熊でしたから仕方ありませんね」

「開き直るその態度が気に入らない! でも、良くすぐに殺されませんでしたね。ぶっちゃけ生かしておく理由無くないですか?」

「私が殺されず生け捕りにされたのはより高く売るためです。子供とは言え、生きた六つ足熊は特に高値がつきますから」

「え? 生きた熊が高値ですか? 愛玩用……って訳でもないですよね?」

「端的に言うと胆が主目的です。熊の胆は万病に効く万能薬として重宝とされていましたし、熊の中でも特に六つ足熊の胆は稀少かつ薬効が段違いのため、非常に重宝され高値で取引されていました。そして生きままの熊から取られた生き胆は、殺してから取ったものの数倍の値が付きました。だから私は生きたまま市場に運ばれ、競りにかけられ、人間の貴族に買われ、生きたまま腹を裂かれるために六本の手足を完全に拘束され、最後の時を待っていました。そして、刃が腹に刺さろうとした時、待ったがかかったのです」

「……そっか、そこでフィロウシー様が助けてくれたんですね」


 ゴロハチの気持ちに共感するように伊織が呟いた。

 しかし――


「は? 違いますよ?」

「え?」


 何言ってんだコイツ?と言わんばかりの調子で伊織の言葉を否定するゴロハチであった。

 そんな予想外の回答にあっけに取られた伊織は気の抜けた声をあげた。


「国の役人が違法に捕獲された六つ足熊なので森に返すよう書状を持ってきて、私は元いた森に帰えされ母に再び会うことができました」

「え?」


 再び気の抜けた声を上げる伊織。何といえばいいかわからなかったのだ。


「そして母の庇護の元ですくすく成長した私は親離れをし、初めて得た縄張りを見回っていた最中に他の六つ足熊と争いとなり敗れました。さらに大怪我を負い死にかけていたところを偶然通りがかったフィロウシー様に治療をして頂き、一命を取り留めたのです。また、縄張りを失い行くところも無かったので、命を救って頂いたフィロウシー様の僕になり、この大森海にも同行。フィロウシー様亡き後はアティラ様の眷属を勤めつつ、生前に言い含められた指示を守り、畑を引き継いだのです」

「ちょっ、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「人間に捕まり、胆を取られそうになったとか言うくだりは必要でした?」


 伊織は尤もな疑問を口にした。

 前段の話しがゴロハチとフィロウシー様の出会いに関与しているようには取れなかったからだ。


「いえ、全然?」


 するとゴロハチはしれっと言った。悪い意味で伊織の予想通りの答えだった。


「こぉぉぉぉぉん! やっぱり無意味じゃねーか! 何のための話しだったんだよ! なめんなよ! なめ猫!」


 伊織は、死ぬまで有効だがなめられたら無効なネタを差し挟みつつ、男言葉丸出しで叫んだ。

 悪びれないゴロハチにさすがの伊織も久しぶりにキレちまったのだ。

 だが、それで主導権を伊織に渡すゴロハチではない。


「「じゃねーか」とか「だよ」なんて発言は巫女として、女性としてはしたないですよ」


 批判を真っ向で受けずに、冷静に話を変えて伊織を批判した。


「こん……。やはり無意味だったのですね。何のためのお話だったのでしょうか? あまりおからかいなさらないで下さい。なめ猫です。はいっ! 言い直しましたよ! これで良いんですよね!!」


 最早、やけくそ気味に言い直す伊織。存外素直であった。


「感動的なエピソードを盛り込んだ方が盛り上がるかと思いまして」


 気炎の上がる伊織を尻目に、ゴロハチは落ち着いた声色で説明した。なお、その声には罪悪感など皆無であった。


「いや、その理屈はおかしいと思います……」


 煮ても焼いても食えないゴロハチにすっかりと勢いをそがれた伊織は、諦めたように溜息をつくことしかできなかった。




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