ある神社での惨劇
「あ……」
誰の声か区別がつかないくらい小さな囁きが耳に届いた。
体が燃えるように熱い。腹部を刺されたらしい。ナイフが突き刺さった部分に目を向けると、純白の白衣がみるみるうちに赤黒く染まっていくのが見えた。
(あちゃーバタフライナイフですか……)
僕が幼いときに中高生の間で流行、そして社会問題化したナイフだった。当時、近所の中学生が自慢げに見せびらかしていたことを思い出しつつ、僕はナイフを突き刺した男を睨み付けた。
年は二五歳前後のチャラそうな男で、いわゆるチーマーと呼ばれる類いの者であろう。
僕が大きな声で威嚇すると、男は「くっ」だの「ちっ」だの声にならない呻き声を漏らしながら後ずさった。こういう騒動に慣れていそうな風体なのに、どうも血を見て動揺しているようだ。
それなら最初から刺すなよと思ったが、殺人犯のよくある動機の一つとして「ついかっとなってやった」があることを考えると、刺した後で事の重大さを認識するというのも珍しくないのかもしれないと今更ながらに考察。
そして僕は崩れ落ちるように倒れた。流れ出た血で境内の玉砂利が紅く色づく。それを見た男が事の重大さを再認識したのか慌てて逃げだした。
そして僕はそれを目で見送り安堵した。
――だって、
「お兄ちゃんのバカ! 何で私なんか庇ったのよ! あああ……血が……」
――大切な妹を守ることが出来たのだから。
泣きながら僕を抱きしめる妹の腕の中で意識を失った。もう、妹が泣き叫ぶ声も聞こえなかった。




