第23話
視線をこちらに移し、言葉を選ぶようにゆっくりと問い返す。
「どういう用件で?」
「あなたのことを……探ってた。名前も、職業も知ってて、性格まで聞かれた」
淡々と言おうとしたけれど、胸の奥が少しだけざわつく。
あの鋭い視線、そして「またお会いしましょう」という意味ありげな言葉が蘇る。
「……王家直属の特務課の人だって。レオンって名乗ってた」
「特務課……」
カイは短く呟き、視線をテーブルに落とした。コーヒーの表面に映る顔は、表情こそほとんど変わらないが、その奥に思考の色が揺れているのが分かる。
「何を答えた?」
「昔からの知り合いで、偏屈で、無愛想で……でも嫌いじゃないって言った」
「……ふ」
小さく息が漏れた。それは笑いのようにも、呆れのようにも聞こえる。
「何、それ」
「いや……お前は本当に、時々予想外なことを言う」
サフィアは少しむっとして、コーヒーをもう一口飲んだ。けれど胸の奥は、不思議と温かかった。
カップを唇に運び、少し苦みを含んだ息を吐く。一呼吸置いてから、続きを口にした。
「……それとね。結婚したことも、もう知ってたみたい」
カイの指がカップの縁で止まる。目を細め、低い声で問い返す。
「……何かあったか?」
「『先日、ご結婚されたそうですね』って、はっきり言われた」
カイはしばらく黙っていた。
湯気の向こうにある瞳は冷静に見えるのに、その奥で何かを計算している気配がする。
「商会に来た時点で、記録を調べていたんだろうな」
「記録?」
「婚姻届けの写しは役所から王家の管轄にも送られる。特務課なら簡単に見られるはずだ」
サフィアは息を呑んだ。
自分たちが“安全のため”に選んだ手段が、同時に別の目を引き寄せてしまったのだと、はっきり実感する。
「調べに来たってところかしら」
「少なくとも、興味は持たれてる。俺か、お前か、あるいはその両方に」
その言葉に、コーヒーの温かさが少しだけ遠のいた。けれど、カイは淡々とカップを置き、静かに言った。
「……気にしすぎるな。逆に、堂々としていた方が疑われない」
「そうかなぁ。あ、そういえば転生者って、どうやって見分けるの? アザとかあったりする?」
サフィアがカップを持ち上げながら問いかけると、カイは短く息を吐いた。
「見分けられない」
「え?」
「転生者の証拠なんて存在しない。痣があるわけでも、特殊な魔力が出るわけでもない。だから、疑いがかかればそれだけで面倒になる」
「じゃあ……何を基準にしてるの?」
「この時代にそぐわない知識や技術を持ってるかどうか。それと、行動や経歴に不自然な点がないか。だった記憶がある。発明家なんて、格好の疑惑対象だ」
淡々と告げられた言葉に、サフィアは眉を寄せた。
「一度疑われたら?」
「潔白を証明するのはほぼ不可能だ。特務課が納得するまで監視が続くし、場合によっては拘束もある」
カイはカップの中を見つめたまま、低く続けた。
「だから、最初から疑われないようにするのが一番いい」
「それで、『新婚らしく』ってわけね」
「そうだ。特務課が見ても、ただの普通の夫婦にしか見えなければ、深追いする理由はなくなる」
サフィアは小さく頷き、コーヒーを口にした。
けれど心の奥では、「じゃあいつまでこの生活を続ければいいの?」という疑問が静かに渦を巻いていた。
カイは空になったカップを静かにテーブルに置き、作業台へ戻った。
紙の上に鉛筆が走り、さらさらと線が重なっていく。
サフィアはその背中を見つめながら、ふと口を開いた。
「……ねぇ、他じゃ作れない道具って、ある?」
「急になんだ」
「王宮……というか特務課に、カイだけが作れるものを売り込みたいの。そうすれば、これ以上余計な詮索をする気も薄れるでしょ?」
カイの手が止まる。振り返った瞳には、わずかな警戒の色があった。
「正面から関わる気か?」
「正面からじゃないわ。ただの営業よ。私の商会でしか取り扱ってないって言えば、自然な話になる」
「……」
しばしの沈黙の後、カイは図面の束をめくり、一枚を引き抜いた。
そこには、筒状の小型器具の精密な設計図が描かれている。
「……これだ」
「なにこれ?」
「魔力探知器。通常の探知器より感度が高く、持ち主の魔力波長を記憶させれば、似た波長を持つ者を一定距離で感知できる……きっと特務課なら、喉から手が出るほど欲しがるだろう」
「なんでもあるのね」
「まぁ色々あってな。作れるのは俺だけだ。構造も魔導式も複雑すぎて、真似できるやつはいない」
サフィアは図面を眺めながら、口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ、これを特務課専用で売るわ。他に渡すつもりはないって言えば、向こうも変に突っつけない」
「……牽制のつもりか?」
「ええ。こっちだって、黙って詮索されるのはごめんよ」
カイは目を細め、少し考えてから口を開いた。
「……分かった。ただし――」
「ただし?」
「俺たちの居場所は絶対に割れないよう、細工をしておく。探知器が動いても、この工房は感知できないようにロックをかける」
「そんなことできるの?」
「できるさ。作ったのは俺だからな」
淡々と告げる声に、サフィアの胸の奥が少し温かくなる。
「じゃあ、明日アポ取ってくるわね」
「……深入りはするなよ」
「何を今更」
サフィアはわざとらしく肩を竦めた。




