表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

第2話

第2話です。

 翌日、アポイントを取った時刻に、二人は貴族の屋敷を訪れた。

 

 貴族街の外れに佇む屋敷は、白い石材で構築された荘厳な造りをしていた。贅を尽くした門柱の下で、サフィアとカイは並んで立っていた。


「なんか気が張るわね」

「見慣れてるだろこういうの」


 カイはいつもの調子で気怠げに言ったが、手に持った茶封筒の端が僅かに折れているのを、サフィアは見逃さなかった。


「あ。ちゃんと敬語で喋ってよね。貴族相手なんだから」

「やれる範囲で。こういう連中の家って、いつ見ても無駄に金かかってるよな」

 

 カイがぼやく。誰が住んでいるか興味はまるでないようだが、視線はしっかりと建築構造を分析しているように見えた。


「努力はどうしたのよ」

「努力はするけど、保証出来ない」

 

 案の定だ、とサフィアはため息をついた。

 やがて門が開き、中から控えめな身なりの使用人が顔を覗かせた。視線がまずサフィアに向けられ、値踏みするような間を置いてから、カイへと移る。


「お約束された方ですね。どうぞ、こちらへ」


 中へ通される道すがら、庭には手入れの行き届いた花々が咲き乱れ、屋敷の壁面には彩り豊かな装飾タイルが散りばめられていた。どこか、それ見よがしな品の誇示を感じさせる佇まいだった。

 広間へ通され、サフィアは深く礼をして頭を下げる。一方のカイは、無言のまま立っていた。


「これはこれは……お噂はかねがね。よく来てくださいました」


 広間に姿を現したのは、やや年配の男だった。銀の髪を後ろに撫で付け、飾りのついた杖を軽く床に付きながら近づいてくる。その後ろには、まだ若い側近風の青年が控えていた。


「当主のユリウスです。さて、そちらが、あの技術師殿だな?」


 カイは軽く顎を上げただけで応じる。侯爵の目がすっと細くなる。


「まさか、こうしてお目にかかれるとは。実は、直接お話ししたいと思っていたのだ。商会を通さず、そちらから品を譲っていただきたい。特別な取引としてね。それと……そちらは?」


 サフィアは一歩前へ出る。


「この度、ご提案頂きまして、大変ありがたく存じます。ルヴェール商会の者です。弊会を通さずの取引につきましては、既存の契約や流通網への影響もあり――」


 特別扱いなんて余程じゃないと出来ない。それこそ王族でもない限りは。


「商会の人間か? そのあたりは承知している。だが、貴族には貴族の正当な特権というものがある。理解いただけないだろうか?」


 断れば、商会が貴族の不興を買う。受ければ、商会の信用が失墜する。

 どちらにせよ、板挟みになるのは目に見えていた。

 それでも、ここで退くわけにはいかない。

 サフィアは笑みを整えたまま、ユリウスをまっすぐ見返した。

 

「規則を無視してでも俺の品が欲しい。そう言いたいんだな?」


にべもない言い回しだった。サフィアの眉がわずかに寄る。隣のカイが、ようやく口を開いた。


「……っ」


 侯爵のまぶたがピクリと動いたが、すぐに口元に笑みを戻す。


「単刀直入な物言いだ。しかし、職人たる者そういう方が良いな」


 皮肉混じりの声音だった。侯爵は口を閉ざし、横にいた側近がさりげなく視線を落とす。

 サフィアは、知らず息を詰めていた。

 ユリウスは軽く手を振りながら続けた。


「封筒の内容と重複しますが、改めて技師殿。あなたには直接、我が屋敷に製品を卸して貰いたい。そしてゆくゆくは専属の開発者としてお越しいただきたい。屋敷の技術部屋をすべて好きに使っていた報酬も、月金貨10枚どうです?」


 サフィアは内心で舌打ちした。

 金貨10枚は破格の金額だ。だがサフィアはユリウスの話に口を挟む。

 指先が机の縁をなぞる。爪が木肌を擦る音だけが静まり返った室内に響いた。


「ありがたいお申し出ですが、カイ殿との契約は現在、我がルヴェール商会を通してユリウス様に命じられた製品をお納めするという契約となっております。その範囲を逸脱する契約には申し訳ありませんが応じかねます」

「なるほど、商会の契約と。ですが、才ある技師を囲い込むのも、少々不健全では? 他の出入りの商会に確認したところ、技師殿の製品はそちらからしか買えないということも聞いております」

「お言葉ですが、彼の意志で結ばれた契約です。私どもは、ただその信頼を裏切らぬよう立っているだけです」


 そのやり取りの間、カイは無言だった。

 しかし、その目は冷たく、確実に苛立ちを含んでいた。サフィアはその様子を横目でチラリと伺う。


(変なこと言わないでよね……?)


 カイは、自分の技術を軽んじたり、値踏みする態度を何より嫌っている。

 その嫌悪が、少しずつ言葉に滲み始めていた——。

 空気が、ぴたりと張りつめた。

 ふたたび沈黙が訪れた室内に、カイの足音だけが響く。


「そちらの言い分は分かった」


 カイがぴたりと立ち止まり、ユリウスを射抜くように睨みつける。短く息を呑む音が聞こえた。カイの声は低く、間が一拍長い。それだけで、相手の言葉が途切れた。


「おまえたちが俺の技術を理解しているとは思えない。わずか数点の製品を見ただけで、なにがわかる?」

「失礼な。私は鑑識眼には自信がある」


 ユリウスは眉をひそめ、口を閉じた。

 続きの言葉が出ないのは、カイの威圧がそれを許さなかったからだ。


「じゃあ、これがどうやって作られてるか説明してみろよ。どうやってこの光の反射を制御してるか。素材は? 研磨は? 構造は? わかってるんだろ?」


 カイの声は低く、冷たい。だが明らかに怒りが滲んでいた。

 サフィアは思わず椅子を引いて立ち上がり、二人の間にわずかに身体を寄せた。


「……申し訳ありません。カイは職人として、誇りを持っております。かくあるべきという思いが強く、相手にも求めてしまうことがございます。交渉の場で不快に思われたのなら、お詫びいたします。大変申し訳ございません」

「ふん」


 ユリウスは唇を歪め、視線を逸らす。

 サフィアは背筋を伸ばし、堂々とした態度で続けた。


「ただし申し上げます。彼の技術はそれを補って余りあるものだと考えております」

「お前が邪魔だと言っているのがわからないか?」

「えぇ。申し訳ございません。ですが、カイ殿の工房に直接届けられたはず封筒の内容を私が把握しており、尚且つここに来ているということでご理解を頂けると幸いです。一方で、納得できる条件であれば、私共が依頼を受けることは可能です」


 サフィアの言葉に、カイが小さく鼻を鳴らした。


「少しはマシなこと言うようになったな」


 サフィアは表情を崩さず、すっとカイに目を向ける。


「こだわりの強さが良い製品に繋がっているとお考えください」


 ピシャリと釘を刺され、カイは肩をすくめて黙り込む。だがその口元は、わずかに笑っていた。

 そんな二人の様子を見て、ユリウスは深いため息をついた。

「……ではこうしよう。具体的な依頼内容と報酬を改めて提示する。我が屋敷に訪れてもらえるか? 後日改めて、ルヴェール商会を通じて依頼するとするよ」

「わかりました。ご案内をいただければ、日程を調整して伺います」


 サフィアはきっちりと頭を下げ、交渉をいったんまとめに入った。


(この場ではこれが限界……でも、悪くない)


 サフィアはちらりとカイを見る。

 目を伏せ、拳を握り込む彼の横顔は、まだ苛立ちを飲み込めていないようだった。


「そういえばユリウス様。折角ですので、この間、納品させて頂いた彼が製作したた香炉いかがでしたか?」

パッと破顔しながらサフィアは意図的に明るい声を出した。

「見た目も良くご満足頂けるものだと思いましたが?」

「あ。あぁ、そうだな。素晴らしかったよ。これからも末長くお願いしたいね」

「ありがとうございます。私も詳しくはありませんが、恐らく他の類似品と構造から違う可能性が高いです。これからも弊社もよろしくお願いいたします」

「話は終わりだな。失礼する」


 短く言い放ち、カイは踵を返す。その背中にサフィアが一歩遅れてついていった。

読んでくださりありがとうございます。

皆様のPVが励みとなります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ